【短編】誘拐されたけど、犯人がコミュ障すぎて大変です。【完結】

ういろうはるさめ

文字の大きさ
6 / 9

脱出作戦開始、うわぁっ!

しおりを挟む
「お帰り。父さん。」
「お前もやろうと思えば、やるじゃないか。」
満と社長であるその父は眼があった。こうして、眼を合わせたのも何年ぶりだろうか。威厳と野心に溢れていたその顔には、何処となく、衰えが溢れており、それは家族のために働いているという証拠だと感じられる。その家族の中に満は入っているのかは分からないが。

「お風呂の準備出来てるよ。」
「そうか。」
礼も言わずに風呂場に父は向かって行く。この家にはしばらく、もしかしたら一生帰ってこないかもしれない。
「どうか、お元気で。皆、ありがとう。」

満は玄関のドアに手をかけた。

一方、希望は恐らく高級車であろう車の席で、レバーを最大に下げて寝た状態をキープしていた。

_____数十分前のこと。

「希望さんは、えっと、運転するのと隠れるのならどちらが得意ですか?」
「運転したいてす!!!」

希望は普段ドライブを出来る時はしており、学生時代は車で峠を駆け抜けていた。運転技術には自信があった。

「じゃあ、逃げるための車に先に逃げ込んでください。本当は父が帰ってきた時にタイミングを見計らって、脱出した方が良いのかなって思ったんですけど、」
「その社長って多少殴っても、問題ないです?」
「問題ありますね、というか本当に殴るという発想あったんだ、こわ……。」
何となく、父と希望を出会わせてしまうと希望が暴挙に走る予感はしていた。案の定、予想は当たっていた。
「とりあえず、この部屋を出ましょう。」

満の後ろに着いていく。地下室かと思いきや、廊下が続いている。元は倉庫か何かだったのだろうか。

「私、てっきり地下室とかに閉じ込められてると思ってたんですけど、広い部屋の一つに閉じ込められてただけって感じですね。」
「この家は本当に無駄な部屋ばかりあるんですよ。希望さんが居た部屋は元々、いや今度話します……。」

自分がいた部屋の訳あり感が凄まじかったので、これ以上何も言わないことにする。そして、廊下の奥の扉を開くとやっと人が住んで居そうな部屋に辿り着く。色んな部屋に繋ぐためにだけに存在してそうな部屋だった。

「少し待っててもらえますか?」
「はーい。」
「一応、言っておきますけど、この部屋から出ようとはしないでくださいね、高確率で迷うと思うので。」
「この家ってダンジョンか何かですか?」
「いえ、ただのいえです_____。ダジャレみたいになってしまった!と、とにかく待っててください!」

満は逃げるようにドアの向こうに去っていった。
希望は花瓶が飾られている謎の部屋で待機していた。もしかしたら、満の父親が帰ってくるかもしれない。最悪、鉢合わせた時のための武器を探した。しかし、武器になりそうなものはこの重そうなソファーと花瓶しか無い。最悪、花瓶で何とかしようかなどと考えていると満は戻って来る。
「こっちです。」
小声でドアを開くと少しずつ一般住宅らしく見えてくる。今歩いているのは高級めな一般住宅にありそうな廊下だった。

「満さんの家って広いですね!」
「色々あって、三件の家を合体してるような物なので……。」
「やっぱり、ここってダンジョンですか?」
「否定できなくなってきました……。」
そんなこんな話しているうちに、廊下のドアを開ける。すると広いリビングルームにたどり着いた。
「……疲れた。」

満はぼそっと呟く。普段は自室に引きこもっているため、こんなに家を移動することはないのだ。ましてや途中、迷いかけたなんて、言えるわけもなかった。
「これが車の鍵です。」
いかにも豪華そうな車の鍵を希望に渡す。

「外に出たら、ガレージの一番右に黒い車があると思います。あと_____、七分くらいで父は帰って来ると思います。僕が車に向かうまで、運転席で待機してください。あと、怪しまれないようにエンジンは付けないように。出来るだけ、窓から見えないように横になって待っててください。……お願いします。あと、この鍵のボタンは押さなくて良いので、むしろ押さないでくださいね?絶対、ですよ。」

満は家の玄関まで、希望を案内し、玄関のドアを開けた。

希望は久々の外の空気を吸う。とても新鮮で良い空気だった。周りは高級住宅ばかり並んでいることがわかる。希望は静かに歩いてガレージを探す。
「あった!」
ガレージには数台の車が並べられていた。その中には希望が連れ去られた車もある。
「一番右って、これぇ……?」
若干埃は被っていそうだが、明らかに普通の車ではないことが分かる。しかも、外車だ。希望が近づくと車のロックを解除する音が聞こえた。オートロック式だ。左側から静かに乗る。そして、何とか窓から見えないようにして、満を待つ_____。
中々来ない。時計も何もないせいか、時間感覚がわからない。一瞬、車のリモコンのボタンでも押してやろうかななどと考えていた時だった。希望の視界、正しくは車の外側が光る。これは満か?一瞬覗こうとする。いや、満の父親の可能性もある。ここは待機しよう。希望は好奇心を必死に抑えた。足音が聴こえる。そして、その足音は玄関へ向かった!ついに奴が帰ってきた!とてつもない緊張感に襲われる。待つしかない。ただ、待つしかない。自分に唱え続けていた。車の助手席をノックする音が聴こえる。見ると、そこには眼鏡姿のマスクから下は真っ黒な服装の満が居た。急いで、希望は助手席のロックを外す。

「お待たせしました。」

満は色々持って来るかと思っていたが、持ってきたのは最低限のPCと例のイルカのクッションだった。

「そのイルカって、必要です?」
「俺の大切な想い出ですから。」
そういうとPCとイルカを持ちながら、丁寧にシートベルトをした。
「よかった、もう少しで鍵のボタンを押すところでした。」
「防犯ブザーが鳴るので辞めてもらって良いですか……?」
満の目が死んでいた。もし、このボタンを押していたら終わっていただろう。色々と。

「この駐車場を出て左折してから、そのまま真っ直ぐ行ったら希望さんがいつも使っているコンビニがあると思います。一度、そこに寄らせて欲しいんです。こちらにも考えがあるので。」
「わかりました!」

希望はエンジンをかける。こんな車を運転するのは初めてだ。
「あと、この車MT車なのを言い忘れてたんですけど、大丈夫ですか、っ!?うええっ!?」
希望は既に運転を開始していた。

「あのっ!この車はスピードが出やすいので気をつけ、て……。」
「うわぁ!気持ち良いですね!」

満は吐きそうになっていた。希望の運転は非常に荒く、その被害者は数知れない。

「あ、あのスピード、もう少し落として……。」
「この先、真っ直ぐですよね?」
「は、い。」

満は無事に気絶した。ちなみにこの運転の荒さが希望に恋人が出来ないランキング圧倒的一位を担っている。
満の存在を忘れて、希望は例のコンビニに向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...