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相手を褒める「さしすせそ」

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無事にコンビニに着き、駐車場に停める。希望は笑顔で声をかける。
「着きました!」
その元気の良さと裏腹に満の顔は青ざめていた。
「い、生きてます……。」
「なんか、顔がすごい色してる!大丈夫ですか?!」
これまで、希望の運転により、数しれない犠牲者が出たのにも関わらず、加害者運転手は全く自覚がないのである。
「あの、お願いなんですけど、」
そういって満は自分のスマートフォンを希望に渡す。
「そこに書いてあるメモを見て、俺の代わりに買い物してもらってもいいですか?お金はあとで精算するので。……俺は休みます、ね。」
「は、はい、わかりました。」
メモを見ると生活用品やら今後満の生活に必要そうなものが書いてあった。これらを買うにはそれなりの時間がかかるだろう。
「多分、時間かかっちゃいそうですけど大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫です。申し訳ありませんがよろしくお願いします。」
満の口元が何か動いた気がしたが、気のせいだろうと考え、希望はコンビニに入店していった。

「やらなきゃ……。」
満はポケットから小型GPSを取り出す。このままだとGPSのせいで、真っ先に満と希望は見つかるだろう。このGPSの処理を何とかせねばならない。満にとってはひたすら重荷であった。車酔いにより、視界が揺れる頭で辺りを見渡すとちょうどトラックが停まっていた。このコンビニに時々トラックが停まっていることは希望を誘拐する前の情報収集で知っていた。非常に運が良い。そう満は考える。しかし、勇気が出ない。今更、家を出たというのに決心がついていないのかとさえ思ってしまう。だが、もうここまで来たらやるしかない。

コンビニの前でトラック運転手は煙草を吸っていた。運転手の近くに自然と近づき、満は煙草を取り出す。そして、ポケットをまさぐる。
「あ、あの。」
満は最大限の勇気を出す。
「ライター忘れちゃったので、貸してもらっても良いですか……?」
「おうよ。」
運転手は気前良く貸してくれた。それはブランド製のジッポライターだった。満は思い出す。話し相手が喜ぶ「さしすせそ」というものがあったはずだ。
「へぇ、これ『す』ごいですね!」
「お?わかる?これ、Sの限定モデルなんだよー。」
「そうなんですね、話には聞いたことがあったけど、『し』りませんでした!」
「いや、それ手に入れるの大変だったんだよ_____、」
運転手はジッポライターを手に入れた時の苦労やこだわりについて語り始める。その隙に、満はジッポライターの目立たないところに小型GPSを装着する。
「『さ』すがですね!『す』ごいなぁ!」
そう言いながら満に焦りが生じる。例の「さしすせそ」の「せ」が思いつかない。背が高いですね?いや、そんなはずは無い。たまたま運転手はトラックの方向を見る。ちょうど、満に背を向けた形になる。
「あ、あの!そのままで居てください!『せ』、背中に虫付いてます……!」
例のGが出たとき並みの声を上げる。うおっ、と軽く運転手は驚いた。
「背中の虫取りますね……。」
そう言いながら、背中に触れて虫を取ったふりをする。そして運転手のジャケットのポケットに何とかもう一つの小型GPSを装着した。
「こ、これで大丈夫です……。大きい虫が付いてたので驚いてしまって申し訳ないです。」
「そうか、運が良いんだか悪いんだかって感じだな。とりあえず、サンキューな、兄ちゃん!」
そう言うと、運転手は煙草休憩を辞めて、トラックへ戻って行った。
「あれ?満さんここで何してるんですか?」
ちょうど、お使いを終えた希望と出くわす、が。
「あの、そんなにお使いを頼んだ記憶は無いんですけど……。」
希望は大きいビニール袋を両手に持ってニコニコしている。
「いや、つい栄養ドリンクとかあったので買っちゃいました。満さんも栄養足りてないだろうし、栄養補給は大事かなぁって!」
満からしたら、栄養よりも希望の金銭の危機感覚の足りなさを心配した。今回は自分のお金で支払うから良いものの。
2人は車に乗り込む。
「近くにビジネスホテル無かったかな。」
満は呟く。一旦、自分はホテルに泊まってその後どうするか考えようと思った。家から逃げる時はその後どうするかなんて考えている暇が無かった。
「へ?家に泊まるんじゃないんですか?」
当然のように希望は言う。
「えっ?えっ……。えっ?!」
あまりの驚きように驚き三大活用(えっversion)が出る。
「だって、満さんを誘拐したの私ですし。」
そういえば、そんな台詞を言っていたのを思い出したが、まさか希望が本気で自分のことを何処かに連れ去る前提の台詞だとは思っていなかった。あの時はあくまで、一種の決め台詞のようなものだと思っていた。
「で、でも_____、」
満は反論しようとする。が、すでに時は遅し。希望は車の運転を開始し始めていた。希望はそのまま自分の住んでいた所へ向かう。
「あ、スピードを、なんとか、あっ、無理、」
満は無事に二回目の気絶を起こした。
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