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サラマンダー編
第3話 ロオサ村の夜
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はぁと息を吐いて空を見上げた。
赤くなっていた空は、元々は夜空だったようだ。明かりの多い都会では絶対に見られない、たくさんの星が瞬いている。
わたしを強引に火の精霊の前に押しやった男の人がやって来る。
「巫女さま! ありがとうございます! おかげで助かりました!」
手にしていたランプを地面に置いて、伏してまで頭を下げた。
「そ、そんな。やめてください。助けたって言っても、村は……」
周りを見渡してみると、炎の大蛇が襲った家々は全焼。他の家も全焼とはいかずとも、骨組みしか残っていない家も多く無事とは言えない。全く無事だったのは、わたしがいた村はずれの家だけじゃないだろうか。
「いえ。火の精霊はかまどに宿って、あれほど巨大化していました。森にも広がらず、この程度で済んだことは奇跡です。隣の村では家は跡形も無く焼け落ち、周りの畑、家畜小屋も全て炎に飲み込まれたそうです。それでも火の精霊は鎮まらず、国の精霊使いたちが大勢やってきて、やっと収まったと聞いています」
そんなことまでしないと収まらないなんて、きっと炎の大蛇よりもっと巨大な火の精霊だったに違いない。
男の人と話していると、ガヤガヤと声が聞こえていた。大人数で牛を引いている人もいる。避難していた人たちが続々と戻ってきていた。
「巫女さまはお疲れでしょう。こちらでお待ちください。わたしたちは食事の準備をします」
半分焼けた家には、壁際に椅子が置かれている。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
疲れてはいないけれど、見知らぬ村の、しかも家が焼かれた人たちとどう接していいか分からなかった。
杖を壁に立てかけて、大人しく椅子に座る。ぼんやりと作業をしている人たちの姿を見つめた。
村の人は全員、忙しく立ち回っている。
まず明かりが無い。ろうそくやランプに灯りをつけ、軒先や家々の角に置いて回った。女の人たちは大きな鍋を出して、焼け残った家から食材を集めて、炊き出しの準備をしていた。こちらも火を使っている。
あれだけ火の精霊に村を焼かれたのに皮肉な光景に見えた。
ふと、同じ年頃の、十二、三歳の子たちがいるのが眼に入る。みんな、母親だろう人物たちの側で炊き出しの手伝いをしていた。
一人の女の子と目が合う。わたしは目をそらすのも感じが悪いので遠慮がちに手を振った。しかし、女の子はふんと顔をそらして、近くの男の子にこそこそと耳打ちする。こっちをチラチラ見ながら。
とても感じの悪い態度だ。
イーッと歯を剥きたかったけれど、外見は子供でも中身は大人。踏みとどまった。
「巫女さま、お食事の用意ができました」
しばらくすると、一人の女の人が呼びに来た。
「どうぞこちらへ。おばばの隣に」
案内された先には地面に布が敷かれ、大鍋を囲むように車座で村人たちが座っていた。わたしに杖を渡した小さなおばあさんも座っている。どうやらおばばと呼ばれているようだ。言われた通りはおばばの横に腰を下ろした。
おばばが顔を上げて尋ねて来る。
「エルメラは……」
「エルメラ? それが、どこかに行っちゃって、どこにもいないの」
火の精霊を鎮めた後、どこかに飛んでいってしまった。未だに姿を見せない。
だけど、おばばは納得したように頷く。
「……そうか」
それきり黙っていると、目の前にスープが出された。見たところ、ほとんどが野菜で肉類はない。村が焼けたばかりだから、あまり期待はしていなかったけれど、これでお腹が満たされるのかと疑問に思う。
周りを取り囲んで村人が全員座ると、男の人が立ち上がってパンパンと柏手を打った。みんなが居住まいを正し注目する。
「あれだけの大火を鎮められたのは、全て巫女さまのお力でございます。みな、感謝しても感謝しきれません。ロオサ村一同、心よりお礼申し上げます」
取り仕切る男の人がわたしに頭を下げると、次々と大人たちが頭を下げた。隣のおばばもゆっくりと首をもたげる。
「えっと、顔を上げてください。わたしは出来ることをしただけです」
男の人は声高らかに続けた。
「明日、巫女さまは旅立たれる!」
「え!」
ぐるんと首を回して、男の人の顔を見上げる。旅立つことなんて予定していない。
「わ、わたし、精霊の王と話をしないといけないんだけど」
必死に否定したけれど、これが逆効果だった。
「おお! あの荒れ狂う四人の精霊王たちと対峙なさるとおっしゃられるとは。さすがは巫女さま、さっそくこの世の安寧の為に旅立たれるのですね!」
わたしは眼を見開く。いまの言葉だと精霊の王と話すのには、わざわざ旅に出ないといけないということだ。エルメラの話で、てっきり交信する術があるのかと思っていた。
「それって、ここからじゃ」
わたしの言葉は遮られる。
「ここから旅立つ巫女さまの成功とご無事を祈って、乾杯!!」
男の人はスープの皿を掲げた。次々と乾杯と声が上がって、皿がぶつかり合う。
わたしはその様子をポカンと見ていることしか出来ない。
旅に出るのならば、すごく時間がかかる。
――わたしは明日、仕事があるって言ったのに。
だから、エルメラは後ろめたくて姿を見せないのだ。
「あのくそ妖精、だましたわね!」
夜の空に怒りの声は響き渡った。
「ふわぁ」
退屈な宴で、あくびが出る。音楽があるわけでもなく、十代の見た目だからお酒が飲めるわけでもない。隣にいるおばばが声をかけて来る。
「巫女さまは、そろそろお休みになさいますか」
どうやら眠くてあくびをしたと思われたみたいだ。
「うーん、いいのかな?」
わたしが主役の宴だ。真っ先に抜けるのは失礼な気がする。
「構わないでしょう。みな、気にすまい」
「そうですか? それでは、皆さん、お先にお休みさせていただきます」
立ち上がって、村の人に向かい頭を下げた。
あれ、と思う。
予想だと、おー、巫女さま、ごゆっくりお休みくださいとか、いやいやまだ居て下さいよとか。そんな言葉が返ってくるものだと思っていた。けれど、何も返ってこない。
どうしたのかと思って頭をそっとあげると、大人たちは皆ぽかんとしていた。
「はっ! 巫女さまお休みなさいますか。お疲れでしょう。ごゆっくりなさって下さい」
我に帰ったように男の人が言う。
「あ、あと。もしよろしければですが、今夜、巫女さまの家におばばを家に泊めてもらえますか。おばばの家はほとんど焼けてしまって」
しかし、これにおばばは首を振る。
「いいや。ばばは毛布でもあれば地面で十分じゃ」
これにはわたしが反論した。
「焼け出された老人を放っておけるわけないでしょう。わたしの家に来てください。……わたしの家って、あの村はずれの家ですよね」
「その通りじゃ。……ではご厄介になりますかの。お話することもございますゆえ」
おばばはゆっくり歩き出した。わたしはその後をついていく。
お話すること。こういう場合、巫女の心得を言い聞かせられるのだろうか。見たところ、村で一番年寄りみたいだし、言霊にも詳しそうだ。
森の中の道を通って家に着くと、誰かが家の前にランプを置いてくれていた。
家の中に入ると、この世界の人の暮らしぶりが何となく想像できた。
部屋は一つしかない。水道は通っていない台所は水の張った桶が置かれている。おそらく井戸からくむのだろう。
暖かいからか、いまは使っていない暖炉。手作り感あふれる木製の家具。ベッドカバーは布を縫い合わせたパッチワークで作られている。
ちょっと昔の欧風の田舎といった雰囲気と言っていいだろうか。
「では、巫女さま、おやすみなさいませ」
二つあるベッドの一つに、さっさと潜り込もうとするおばば。
わたしは慌てて引き留める。
「え! いや、ちょっと待って! なんかこう、巫女の心得とかお話してくれるんじゃないの?」
しかし、ベッドに潜ったまま、今にも眠りそうな声で言う。
「あれほどの大蛇をお鎮めになられた巫女さまに、ばばから言うことなど何もありますまい」
「いや、でも話すことがあるって言っていたじゃないですか。わたし来たばかりだし、この世界のことも分からないし!」
「後々エルメラが話すでしょう。では、おやすみなさいませ」
おばばはそう言って、今度こそ黙った。一分もしない内に、寝息を立て始める。
その様子を見て、きっと疲れているのだと思う。おばばもきっと精霊を鎮めるのに奮闘していたに違いない。ああは言っても、明日起きたときにでも話すのだろう。
わたしも疲れている。明日に備えて寝ることにした。
赤くなっていた空は、元々は夜空だったようだ。明かりの多い都会では絶対に見られない、たくさんの星が瞬いている。
わたしを強引に火の精霊の前に押しやった男の人がやって来る。
「巫女さま! ありがとうございます! おかげで助かりました!」
手にしていたランプを地面に置いて、伏してまで頭を下げた。
「そ、そんな。やめてください。助けたって言っても、村は……」
周りを見渡してみると、炎の大蛇が襲った家々は全焼。他の家も全焼とはいかずとも、骨組みしか残っていない家も多く無事とは言えない。全く無事だったのは、わたしがいた村はずれの家だけじゃないだろうか。
「いえ。火の精霊はかまどに宿って、あれほど巨大化していました。森にも広がらず、この程度で済んだことは奇跡です。隣の村では家は跡形も無く焼け落ち、周りの畑、家畜小屋も全て炎に飲み込まれたそうです。それでも火の精霊は鎮まらず、国の精霊使いたちが大勢やってきて、やっと収まったと聞いています」
そんなことまでしないと収まらないなんて、きっと炎の大蛇よりもっと巨大な火の精霊だったに違いない。
男の人と話していると、ガヤガヤと声が聞こえていた。大人数で牛を引いている人もいる。避難していた人たちが続々と戻ってきていた。
「巫女さまはお疲れでしょう。こちらでお待ちください。わたしたちは食事の準備をします」
半分焼けた家には、壁際に椅子が置かれている。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
疲れてはいないけれど、見知らぬ村の、しかも家が焼かれた人たちとどう接していいか分からなかった。
杖を壁に立てかけて、大人しく椅子に座る。ぼんやりと作業をしている人たちの姿を見つめた。
村の人は全員、忙しく立ち回っている。
まず明かりが無い。ろうそくやランプに灯りをつけ、軒先や家々の角に置いて回った。女の人たちは大きな鍋を出して、焼け残った家から食材を集めて、炊き出しの準備をしていた。こちらも火を使っている。
あれだけ火の精霊に村を焼かれたのに皮肉な光景に見えた。
ふと、同じ年頃の、十二、三歳の子たちがいるのが眼に入る。みんな、母親だろう人物たちの側で炊き出しの手伝いをしていた。
一人の女の子と目が合う。わたしは目をそらすのも感じが悪いので遠慮がちに手を振った。しかし、女の子はふんと顔をそらして、近くの男の子にこそこそと耳打ちする。こっちをチラチラ見ながら。
とても感じの悪い態度だ。
イーッと歯を剥きたかったけれど、外見は子供でも中身は大人。踏みとどまった。
「巫女さま、お食事の用意ができました」
しばらくすると、一人の女の人が呼びに来た。
「どうぞこちらへ。おばばの隣に」
案内された先には地面に布が敷かれ、大鍋を囲むように車座で村人たちが座っていた。わたしに杖を渡した小さなおばあさんも座っている。どうやらおばばと呼ばれているようだ。言われた通りはおばばの横に腰を下ろした。
おばばが顔を上げて尋ねて来る。
「エルメラは……」
「エルメラ? それが、どこかに行っちゃって、どこにもいないの」
火の精霊を鎮めた後、どこかに飛んでいってしまった。未だに姿を見せない。
だけど、おばばは納得したように頷く。
「……そうか」
それきり黙っていると、目の前にスープが出された。見たところ、ほとんどが野菜で肉類はない。村が焼けたばかりだから、あまり期待はしていなかったけれど、これでお腹が満たされるのかと疑問に思う。
周りを取り囲んで村人が全員座ると、男の人が立ち上がってパンパンと柏手を打った。みんなが居住まいを正し注目する。
「あれだけの大火を鎮められたのは、全て巫女さまのお力でございます。みな、感謝しても感謝しきれません。ロオサ村一同、心よりお礼申し上げます」
取り仕切る男の人がわたしに頭を下げると、次々と大人たちが頭を下げた。隣のおばばもゆっくりと首をもたげる。
「えっと、顔を上げてください。わたしは出来ることをしただけです」
男の人は声高らかに続けた。
「明日、巫女さまは旅立たれる!」
「え!」
ぐるんと首を回して、男の人の顔を見上げる。旅立つことなんて予定していない。
「わ、わたし、精霊の王と話をしないといけないんだけど」
必死に否定したけれど、これが逆効果だった。
「おお! あの荒れ狂う四人の精霊王たちと対峙なさるとおっしゃられるとは。さすがは巫女さま、さっそくこの世の安寧の為に旅立たれるのですね!」
わたしは眼を見開く。いまの言葉だと精霊の王と話すのには、わざわざ旅に出ないといけないということだ。エルメラの話で、てっきり交信する術があるのかと思っていた。
「それって、ここからじゃ」
わたしの言葉は遮られる。
「ここから旅立つ巫女さまの成功とご無事を祈って、乾杯!!」
男の人はスープの皿を掲げた。次々と乾杯と声が上がって、皿がぶつかり合う。
わたしはその様子をポカンと見ていることしか出来ない。
旅に出るのならば、すごく時間がかかる。
――わたしは明日、仕事があるって言ったのに。
だから、エルメラは後ろめたくて姿を見せないのだ。
「あのくそ妖精、だましたわね!」
夜の空に怒りの声は響き渡った。
「ふわぁ」
退屈な宴で、あくびが出る。音楽があるわけでもなく、十代の見た目だからお酒が飲めるわけでもない。隣にいるおばばが声をかけて来る。
「巫女さまは、そろそろお休みになさいますか」
どうやら眠くてあくびをしたと思われたみたいだ。
「うーん、いいのかな?」
わたしが主役の宴だ。真っ先に抜けるのは失礼な気がする。
「構わないでしょう。みな、気にすまい」
「そうですか? それでは、皆さん、お先にお休みさせていただきます」
立ち上がって、村の人に向かい頭を下げた。
あれ、と思う。
予想だと、おー、巫女さま、ごゆっくりお休みくださいとか、いやいやまだ居て下さいよとか。そんな言葉が返ってくるものだと思っていた。けれど、何も返ってこない。
どうしたのかと思って頭をそっとあげると、大人たちは皆ぽかんとしていた。
「はっ! 巫女さまお休みなさいますか。お疲れでしょう。ごゆっくりなさって下さい」
我に帰ったように男の人が言う。
「あ、あと。もしよろしければですが、今夜、巫女さまの家におばばを家に泊めてもらえますか。おばばの家はほとんど焼けてしまって」
しかし、これにおばばは首を振る。
「いいや。ばばは毛布でもあれば地面で十分じゃ」
これにはわたしが反論した。
「焼け出された老人を放っておけるわけないでしょう。わたしの家に来てください。……わたしの家って、あの村はずれの家ですよね」
「その通りじゃ。……ではご厄介になりますかの。お話することもございますゆえ」
おばばはゆっくり歩き出した。わたしはその後をついていく。
お話すること。こういう場合、巫女の心得を言い聞かせられるのだろうか。見たところ、村で一番年寄りみたいだし、言霊にも詳しそうだ。
森の中の道を通って家に着くと、誰かが家の前にランプを置いてくれていた。
家の中に入ると、この世界の人の暮らしぶりが何となく想像できた。
部屋は一つしかない。水道は通っていない台所は水の張った桶が置かれている。おそらく井戸からくむのだろう。
暖かいからか、いまは使っていない暖炉。手作り感あふれる木製の家具。ベッドカバーは布を縫い合わせたパッチワークで作られている。
ちょっと昔の欧風の田舎といった雰囲気と言っていいだろうか。
「では、巫女さま、おやすみなさいませ」
二つあるベッドの一つに、さっさと潜り込もうとするおばば。
わたしは慌てて引き留める。
「え! いや、ちょっと待って! なんかこう、巫女の心得とかお話してくれるんじゃないの?」
しかし、ベッドに潜ったまま、今にも眠りそうな声で言う。
「あれほどの大蛇をお鎮めになられた巫女さまに、ばばから言うことなど何もありますまい」
「いや、でも話すことがあるって言っていたじゃないですか。わたし来たばかりだし、この世界のことも分からないし!」
「後々エルメラが話すでしょう。では、おやすみなさいませ」
おばばはそう言って、今度こそ黙った。一分もしない内に、寝息を立て始める。
その様子を見て、きっと疲れているのだと思う。おばばもきっと精霊を鎮めるのに奮闘していたに違いない。ああは言っても、明日起きたときにでも話すのだろう。
わたしも疲れている。明日に備えて寝ることにした。
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