少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

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第七話

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 真咲のマンションから会社に戻り、何だかんだと残っていた雑用の仕事をしていると終業の時間になった。シュシュ編集部の先輩たちも、荷物を片付けている。



「それじゃ、行こうか尾形くん」



 隣の山中が立ち上がって爽次郎の肩を叩いた。



「え。どこにですか?」



「あれ? 瀬戸原さんから聞いてない?」



 爽次郎は反対側の瀬戸原を振り返る。



 瀬戸原は触っていたスマホを置いて、爽次郎を振り返った。



「あ! ごめん! 尾形に言うの忘れていたかも! でも、入社二日目で予定なんて入れてないでしょ」



「瀬戸原さんは相変わらず漫画以外は抜けているなぁ。いまから、シュシュ編集部の尾形くんの歓迎会だよ。行くよね?」



 新人の歓迎会。シュシュ編集部の皆さんと打ち解ける機会であるし、それに漫画編集の裏話も聞けるかもしれない。



「行きます!」



 爽次郎は勢いよく立ち上がった。






「それでは、お堅い話は無しにして、カンパーイ!」



 編集長の軽い調子の音頭で歓迎会は始まった。



 場所はシュシュ編集部御用達の居酒屋の個室。乾杯の後は串焼きやから揚げなどの居酒屋の定番メニューがどんどん運ばれてくる。



「お疲れ様です。これからよろしくお願いします」



 爽次郎は新人らしく先輩たちを回ってジョッキで乾杯して回った。



 それにしても、シュシュ編集部のお姉さま方はいい飲みっぷりだ。爽次郎が去った途端に、ぐっぐっぐとジョッキを傾け、白い喉をさらして、ビールを一気に流し込む。



 ジョッキが空くと、すぐさま店員に自ら追加注文をしていた。



「美味い! やっぱ、ここのビールが一番美味いわ!」



 瀬戸原も例外ではなく、席に戻ると隣の瀬戸原が空いたジョッキをテーブルに叩きつけていた。



「瀬戸原さん、改めてご指導よろしくお願いします」



 爽次郎は正座して瀬戸原に頭を下げる。しかし、瀬戸原は枝豆をつまんで言う。



「堅い、堅い。無礼講とまでは言わないけれど、編集長の言った通り、今日はお堅い話は無しだからね。ビールおかわり! ほら、尾形も飲みなよ」



「は、はい! いただきます!」



 爽次郎はビールをちびりちびりと飲む。



「あの、ところで一つ聞きたいことがあるのですが」



「なに?」



「夢咲先生と僕が新連載の企画を立てるって嘘ですよね。新人に対する恒例のドッキリ的な……」



 これはもう何かの冗談だと思っていた。



 いくら何でも、入社したばかりの爽次郎が夢咲真子のお役に立てるとは全く出来るはずがなかった。先生と企画を作るなんてファンからしたら、羨望の的かもしれない。



 だけど、爽次郎は恐れ多くてとてもじゃないが意見など言えないだろう。



 例え相手があの、『真咲』だとしてもだ。これでは編集として仕事にならない。



「嘘じゃないわよ。ちゃんと編集長にも了承済みだからね」



 瀬戸原は追加で来たビールを片手にニッと笑った。編集長の方を振り返ると、指で丸を作っている。



「いや、オッケーじゃなくて……。お願いします。本当に夢咲先生のファンなんです。外してもらえませんか」



「よかったじゃない。一編集者として、尊敬できる先生と仕事ができるなんて幸運中の幸運よ。他のファンにも喜ばれる作品を企画する。それだけだもの」



「いや、それだけって」



 それだけではないことは、入社したての爽次郎にもさすがに分かる。



「尾形さん、大変ですね。はじめて組まされるのが、あの真咲さんなんて」



「え……?」



 ポソポソとした声に振り返る。隣には水野が座っていた。豪快なお姉さま方と違い、水野はビールをちびりちびりと飲んでいる。



 そう言えば、一度担当が水野になったけれど、また瀬戸原に戻ったと言っていた。



「えっと、真咲さんだと大変なんですか?」



 やっぱりとは思うが、なるべく情報が欲しくて水野に尋ねる。水野は思い出しただけでゲッソリとした顔で、ポツリポツリと言葉をこぼした。



「わたし、春リボの最後の方で編集を交代したんです。その頃にはもう次回作の夏ハダを真咲さんは描く気満々でした」



 新作のアイディアもない、漫画家を辞めると言っている今とは大違いだ。



「夏ハダって、沖縄を舞台にしているじゃないですか。だから、沖縄の写真を撮ってこいって言うんですよ。自分は春リボの連載があるからって動かずに」



「それって、資料の写真じゃダメなんですか?」



「でしょ! それでいいと思うでしょ!」



 水野は爽次郎に顔を近づけてくる。その勢いに爽次郎は思わずのけ反った。



「でも、資料に載ってない。実在する漁村の写真が欲しい。まぁ、そこまではいいですよ。でも撮って来たら、これじゃ気に入らないって、突っ返されるし。メールで確認してくださいって言ったのに! 何度も何度も、沖縄と東京を往復させられたの! しかも、実際に使われているのちょっとだし!」



 叫び散らした水野はテーブルに突っ伏してしまった。夏ハダにそんな苦労話があったとは。ファンは知らなくていい情報だ。



 もしかして、新連載の企画を作るのに、自分も無理難題の指示をされるのだろうか。



 ふと、不安が胸をよぎる。



「うう。瀬戸原さんはそんなことしなかったんでしょ。いいですよね、強く言える人は」



「いや、一応二人で沖縄には取材に行ったけれどね。わたしも大変よ。夏ハダ終わったら漫画家辞めるとか言ってんのよ、真咲さん」



「わたしも……、転職しようかな、ハ、ハハ」



「水野は体力がないのよ。編集は体力勝負よ。ほら、肉を食べなさい、肉を!」



「う、うぐ」



 爽次郎越しに瀬戸原は水野の口にから揚げを無理やり突っ込む。それでも咀嚼しながら水野は爽次郎の方を向き直った。



「とにかく、あの真咲さんに振り回されないように頑張ってください。あの人は暴れ馬です」



「逆にあの真咲さんを制御出来るようになれば、編集者としてはどこに行ってもへこたれないようになるわよー」



 話を聞いていたのか、奥から編集長が声を掛けてきた。



 暴れ馬とか、制御とか。なんと不吉な言葉の並びだろう。



 つまり夢咲真子こと真咲は、シュシュ編集部の問題児作家と認定されているということだ。いきなりそんな人に当たって、爽次郎は一人前の編集者になれるのだろうか。



 不安の増す新人歓迎会だった。


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