少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

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第六話

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 夢咲真子こと小野田真咲はどこから発掘したのか、一人だけ座椅子に座り、その正面に瀬戸原が座布団に座った。爽次郎は瀬戸原の後ろの床に正座する。フローリングが地味に痛い。



 それにしても、本当にこの人がとまた思ってしまう。



 確かに、サイン会ではよそ行き用の装いだったかもしれない。女子は家ではリラックスした姿でいることは元カノで現実を知っている。



 それでも、これはない。



 爽次郎は思わず周りを観察した。観葉植物が置かれているが、葉にはホコリがかぶっている。そもそも圧迫するゴミのせいで生活スペースがあまりにも少ない。



 人が通れる通路がやっとあるだけに見えた。



「人の部屋をあまりジロジロ見ないでくださいます?」



 低い声の真咲にガンつけられた。いや、どこの元ヤンだよ。



 とはいえ、爽次郎の方が悪いので「すみません」と謝って、視線を手にしている手帳に戻す。



「じゃあ、まずはこれからの予定を確認するわね」



 瀬戸原がコホンと咳ばらいをして話し始めた。



「お願いします」



 真咲は爽次郎への態度とは打って変わって、腰が低くなり瀬戸原に向けて頭を下げた。



「明日にはシュシュの5月号が発売になります。そこで読者は夏ハダが最終回だと初めて知ることになる。SNSにコメントが殺到すると思うけれど、お知らせだけして直接は返信しないでね」



「はい。承知しました」



 夢咲真子はSNSのアカウントを持っている。たまに近況報告と絵をアップするだけだが、爽次郎はもちろんフォローしてこまめにチェックしていた。



 ただ、匿名とはいえ直接話しかけることは爽次郎には出来ない。積極的なファンの女の子たちは頻繁にメッセージを送っていたから、最終回となると大騒ぎになることは容易に予想出来た。瀬戸原の判断は妥当だろう。



 話を聞いていて、やっぱり真咲さんが夢咲先生なのだと再認識する。



 改めて思う。夢と現実は違う。



 こんなにただれた生活をしている真咲でも、ファンたちに会えるサイン会には気合を入れる。さすがにあんまりな格好だと瀬戸原に注意されるだろうし、サイン会ではファンのために精一杯オシャレをしていたに違いない。



 まだ、現実を受け入れきれなかった。けれど、真咲が夢咲真子だと認めないといけない。



 爽次郎はただの一人のファンではなく、作家を支える編集者になったのだから。



 瀬戸原は続ける。



「これからネームの打ち合わせをします。いつものことだけど、どう最後をまとめるかは基本的に真咲さんに任せます」



「……はい」



「あとはいつもと同じ流れです。締め切りは厳守です。その後のことは、またこちらからご連絡します」



 その後のこと。つまり夏ハダが終わったあと、どうするかということだ。



 春リボのときは、一か月だけ休みがあって新連載の夏ハダが始まった。



 今回も同じような形にするのだろうか。



 もしかしたら他の雑誌に移籍することもあるかもしれない。でも夢咲先生はファンも多い人気作家だからシュシュが手放すとは思えなかった。それでも夢咲真子がもっと対象年齢が高い雑誌に移りたいと言ったら引き留められるだろうか。



 そんなことを爽次郎が考えていると、真咲は座椅子の背もたれにだらしなくもたれた。



「今後かぁ。やめよっかな、漫画家」



「えっ!」



 いきなりの爆弾発言に爽次郎は目が飛び出そうなぐらい目を見開いた。



 どうしてですかとか、本気ですかとか、爽次郎が口を開く前に瀬戸原がドンと力強くテーブルを叩く。



「何言っているんですか。真咲さんから漫画を引いたら何も残りませんよ」



「お金、一応あるし」



「そりゃ一応ありますよ。でも、ずっと暮らしていけるほどはないじゃないですか」



「違う仕事を……」



「高卒のあなたに漫画を描く以外に何か技能がありますか?」



 厳しい意見だ。厳しいがもっとやれと、爽次郎は心の中で瀬戸原を応援していた。



 何と言っても爽次郎は夢咲真子の作品のファンだ。



 ファンならば夢咲真子が漫画家を辞めるというならば、全力で止める。休むならまだしも、漫画家を辞めるにはあまりにも若い。



 何より推しが居なくなるということが、どれだけファンを悲しませることになるだろうか。全夢咲真子ファンの代表として、爽次郎は辞めようとする彼女を全力で止めなければならない。そう、爽次郎は密かに決意する。



 しかし、そんなファンの心理を知らずに真咲はグダグダと続けた。



「でも次回作のアイディアもないし、新人編集を押し付けられるんだもん。そりゃ、やる気も無くすって。鴨が葱を背負って来るどころか、ゴーヤを背負って来たようなものよ」



 それはゴーヤに失礼だ。だけど、新人編集とは爽次郎のことだ。

 

 分かっていたけれど、歓迎されていない。



「あの、僕はなるべく……」



 なるべく邪魔にならないようにします。という言葉を、また瀬戸原のドンとテーブルを叩く音で遮られた。



「何言っているんですか! もう七年も描いているんですよ! 本来なら担当替えがあるはずなのに、うちの水野が気に入らないって、わたしに戻ったんじゃないですか! 新人を育てるのぐらい協力してください! それとゴーヤぐらい、大人なら喜んで食べなさい!」



 さすがに瀬戸原の喝は効くらしく、真咲は居心地悪そうに目をそらす。



「で、でも……」



「でもも、何もありません! 真咲さんには尾形と新作の企画を考えてもらう。これは決定事項です!」



「え……」



 決定事項――、僕は初めて聞いたのですが!



 しかし、もう何を言おうと瀬戸原は一ミリたりとも動かないという顔をしていた。



「分かりました……。とりあえず、これ最終回のネームです」



 結局は真咲が折れて、ネームを描いた紙を取り出す。ネームとは漫画の設計図だ。それを元に瀬戸原がいくつか意見を言うだけで、その後はスムーズにネームのチェックは終わった。この後、真咲は直しを入れて、下書き、ペン入れと行程を経て原稿が出来上がる。



 結局、爽次郎は言いだせなかった。真咲と新作の企画を立てるって本当ですか、と。



 今はとにかく、夏ハダの最終回に集中してもらわないといけないからだ。



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