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第十一話
しおりを挟むとある事件が起きたのは、四月始めに雑誌シュシュが5月号を発売してから半月以上たったときだ。シュシュ編集部に電子音が鳴り響く。
瀬戸原が素早く机に置いていたスマートフォンを手に取った。
「はい。瀬戸原です。はい。分かりました。わたしは今日は動けないので尾形を向かわせます」
自分の名前が出てきた。隣のデスクで次号予告を作っていた爽次郎は、何事かと瀬戸原の方を向く。お使いか何かだろうか。瀬戸原はスマートフォンの通話を切ると改めて向き直る。
「尾形、大変よ」
「な、なんですか」
瀬戸原の口から大変だなんて、この半月聞いたことがない。
どんな非常事態だと身構えた。
「今のは真咲さんからの呼び出しよ」
「呼び出し? ……真咲さんから」
大したことないと思いつつ、真咲からという点で不安を覚えた。
「詳しくは来てから話すそう。原稿中だから差し入れ持って、直行してちょうだい」
「わ、分かりました」
鞄を手に取り、編集部の壁に置かれているネームプレートに外出の札を張る。エレベーターに行こうとしていると、誰かの会話が聞こえてきた。
「もしかして、あの件でしょうか」
「あの件でしょうね」
あの件? 爽次郎には全く何のことだか分からない。とにかく急がなくてはと、エレベーターの下に行くボタンを押した。
快速の電車に揺られて、真咲のマンションに爽次郎は再びやってきた。
それにしても憂鬱だった。何の一大事が起きたのか分からないし、またあの汚部屋に入らないといけない。この前は一応片付けたと言っていたので、それよりもカオスになっている可能性がある。
その上、今回は頼りになる瀬戸原はいない。
「はぁ」
ドアの前で一回だけ大きくため息を吐いておく。
「よしっ」
シャキッと気合を入れて背筋を伸ばし、チャイムを押した。
すぐに「はい。すぐに出ます」と返事があって、ドアが開かれる。
「お疲れさまです! これ、差し入れです!」
頭を下げて、プリンが入った紙袋を差し出した。
「ああ、ありがとう」
ありがとう? 素直にお礼の言葉が返ってきて、何か違和感を覚える。顔を上げると、そこにいるのは真咲ではない。男性だ。しかも中性的な顔立ちのイケメンだった。
「え、あ、ま、間違えました!」
部屋を間違えたと思った爽次郎は頭を下げて、回れ右をして駆け出す。
「待って! 間違えてないよ、尾形くん!」
名前を呼ばれて立ち止まる。恐る恐る振り返ると、イケメンがドアの前でにこやかに手招きしていた。
「お邪魔します」
どうぞと中に入るように促された爽次郎。ここが間違いなく真咲の部屋ならこのイケメンは、もしかして――
「いま、お茶用意してくるね」
気の利くイケメンは台所に行き、お茶まで淹れてくれるようだ。
奥へと進むと驚いた。
「え! 綺麗になってる!」
つい二週間前に来たときにはこの部屋にはゴミが入った袋や本が散乱し、ほこりが被っていた観葉植物が置かれていた。
それらが全て取り払われている。床もピカピカで、開かれた窓から入る風が気持ちいい。爽次郎が想像していた夢咲真子の部屋、とまでは行かずとも、以前来た部屋と比べたら天国だった。
「ああ、僕が掃除したんだ。あ、ごめんね。ペットボトルのお茶で」
爽次郎には彼が天使に見えた。あのカオスに手を入れられる人物がいるとは。イケメンがお茶の入ったコップをお盆に乗せて持ってくる。
「いえ、何でも構いません」
この前は水さえ出なかった。テーブルに置いて、二人で向かい合わせに座布団に座る。
「尾形くんのことは真咲から聞いているよ。新しい編集さんだって。あ、すみません。同じ年だって聞いていたから、ついタメ口で」
「い、いや。いいよ。タメ口で。だって、あれだよね。僕たち直接の関係はないんだから」
真咲の彼氏ならば編集者の爽次郎とは直接的には取引関係はない。
「うーん。そうだね。じゃあ、タメ口で」
にっこりと爽やかに笑う中性的イケメン。
「名前を聞いていいかな」
「ああ。僕は真尋だよ、尾形くん」
爽次郎は少し浮かれていた。波長が合うというのだろうか。
真尋とは何故だかよい友人になれる気がしたからだ。真尋の物腰柔らかな口調がそう思わせるのかもしれない。
「ちょっと待ってね。真咲を呼んでくるから」
真尋は立ち上がって、隣の部屋のドアを開けて覗き込む。
「真咲。尾形くん、来たよ」
「分かった」
中から返事がして、すぐに真咲が出てきた。
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