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第十二話
しおりを挟む以前と同じく、ヘアバンドをして眼鏡をかけている。真尋がいるというのに、かなりリラックスした姿だ。だが、どことなく以前よりも神妙な顔をしている。
何を言われるのだろうか。もしかしたら、今度こそ本当に漫画家を辞めると言いだすのかもしれない。そう思うと、瀬戸原抜きで止められるのだろうかと不安になる。
真咲は真尋の隣、爽次郎の前に座った。
「瀬戸原さんは……」
「いや、今日は僕だけで」
「そう。まあ、後から瀬戸原さんにも話しが行くと思うんだけど」
もったいぶった言い方に爽次郎はゴクリと唾を飲み込む。
「あと、一週間ちょっとで最終話の締め切りじゃない?」
「……そうですね」
締め切りがどうかしたのだろうか。爽次郎はいぶかしんで眉根を寄せる。
「ネームも出来上がって下絵もほぼ完成しているんだけど」
「あとはペン入れですね」
爽次郎には行程がよく分からないが、下絵まで終わっているなら順調な仕上がりだろう。
「だけど、アシさん全員辞めてもらった」
「は?」
口をポカンと開けて固まる爽次郎。
耳がおかしくなったのだろうか。アシスタントに全員辞めてもらう。どう考えても、一か月早い。アシスタントなしでは締め切りまでに最終話は仕上がらないだろう。
「な、なんで……」
声が自然と震える。締め切り一週間前にアシスタントが全員いなくなる。漫画を描いた経験がなくたって分かる。
これは絶望だ。
「チャットのグループでケンカしちゃって、それなら皆辞めてって言っちゃった」
真咲は天井を仰いで顔を手で覆う。どうやら、自分でも悔いている様子だ。
「今からでも謝って」
「無理。何度も辞めては帰ってきてもらったアシさんもいるし、もう無理って向こうも言ってた」
「じゃあ、どうするんですか!」
思わず爽次郎は声を荒げた。最後の最後で何をやっているんだ、この漫画家は。
しかし、謝るどころか反論してくる真咲。
「仕方ないでしょ! 売られたケンカだったから、買わないとって思ったんだもん!」
「買うなよ! 一応、責任ある大人だろうが!」
「何よ、大人って! そりゃ、あなたは出版社に就職して責任あるでしょうけれど!」
「はあ!? そんなん関係ないだろ! 大体、漫画家に責任ないとか思ってんのか!? どうするんだよ、最終話はページ数も多いんだぞ!」
爽次郎と真咲は真向からにらみ合って、いがみ合う。そこに「まぁまぁ」と言いながら、真尋が真咲をなだめた。
「実際、アシさんたちが居なくなったのは真咲のせいだろ」
「でも、真尋!」
「うん。終わったことはしょうがないよ。最後だし、僕がどうにかするよ」
「本当!? 真尋!」
真咲が真尋の腕に絡みつく。どうやら、真尋は真咲に甘いようだ。
とはいえ、爽次郎には疑問だった。
「でも、どうにかって、真尋さんにどうにか出来るんですか?」
「うん。休みと夜は仕事が終わったら手伝いに来る。まあ、一週間だから何とかなると思う。それから、昔のアシさんに連絡が取れる人には、一日だけでも入ってもらえないか聞いてみるよ」
どうやら漫画家の真咲と付き合っているだけあって、漫画の技術も持っているようだ。
「さすが頼れるのは遠くの編集より近くの真尋ね」
真咲はうまいことを言うが、真尋がすることは担当編集者がするべき仕事である。
「それなら、僕もなんとかアシスタントさんを集めてみます」
まだ入社仕立てで爽次郎自身には伝手はないが、先輩たちに相談すればどうにか出来るだろう。
「あ。でも、気をつけてもらいたいのが、真咲はほぼ全部アナログで原稿を描いているんですよね」
「アナログで……?」
その言葉の意味を爽次郎はすぐに理解した。最近漫画を描き始めた人間は全てをデジタルで書いている人が多い。ネームは紙でも、原稿段階ではタブレットやパソコンを使う。
トーン貼りなどやったことのない人もいるはずだ。ましてや、背景を描くのを頼むのは……。二年近く連載していた夏ハダの最終話。雑な仕事では終わらせられない。
「分かりました。何とか、当たってみます」
爽次郎はそう言って、一度会社にもどった。
編集部に戻るとすぐに瀬戸原に相談する。
「そんなことだろうと思った。分かったわ。なんとか当たってみる。わざわざ出向かせてごめんね」
瀬戸原は腕を組んでため息交じりに頷いた。
「い、いえ。こんな大事なこと電話口では言えないですから」
「でも、アシさんが全く来なくなること年に一回は必ずあるのよね」
「はい?」
爽次郎は耳を疑った。アシスタントが来なくなるなんて大事件が年に一度もあってたまるものか。
「理由は毎回様々なんだけど、なんだかんだ真尋くんがなんとかしてくれるのよ。わたしたちも彼がいろいろ出来るから頼っちゃってさ」
「真尋さん、そんなに前から真咲さんと付き合っているんですか?」
瀬戸原はキョトンとして爽次郎の顔を見つめる。そして、すぐに「はははは」と笑いだした。
「何か変なこと言いましたか?」
爽次郎にはどうして笑うのか分からない。
「違う、違う。真尋くんは、真咲さんの弟!」
「弟!?」
てっきり彼氏だと思っていた爽次郎。だけど、だから真咲のことを苗字ではなく名前で呼んでいたのかと思う。苗字の小野田で呼ぶと二人とも振り返ってしまうからだ。
「二人は双子なのよ。真尋くんは真咲さんが漫画を描き始めたときから、ずっと手伝っていたの。でも、それも今回で卒業でしょうね」
「え。何でですか?」
素早く手配を決めてしまう手腕を見ても、頼りになる存在だ。
「あなたと同じで、今年から就職したのよ。真咲さんの手伝いをしている場合じゃないわ」
そういえば、仕事が終わった後に来ると言っていた。
「弟さんに迷惑をかけて、何がしたいんでしょうね。真咲さん」
これまで彼女の描いたものを見て来たときとは違う感情が芽生える。
どちらかというと、マイナスの。その感情を読み取ったのだろう。瀬戸原がフォローするように言う。
「それでも、漫画に賭ける情熱は人一倍よ」
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