少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

文字の大きさ
12 / 50

第十二話 

しおりを挟む


 以前と同じく、ヘアバンドをして眼鏡をかけている。真尋がいるというのに、かなりリラックスした姿だ。だが、どことなく以前よりも神妙な顔をしている。



 何を言われるのだろうか。もしかしたら、今度こそ本当に漫画家を辞めると言いだすのかもしれない。そう思うと、瀬戸原抜きで止められるのだろうかと不安になる。



 真咲は真尋の隣、爽次郎の前に座った。



「瀬戸原さんは……」



「いや、今日は僕だけで」



「そう。まあ、後から瀬戸原さんにも話しが行くと思うんだけど」



 もったいぶった言い方に爽次郎はゴクリと唾を飲み込む。



「あと、一週間ちょっとで最終話の締め切りじゃない?」



「……そうですね」



 締め切りがどうかしたのだろうか。爽次郎はいぶかしんで眉根を寄せる。



「ネームも出来上がって下絵もほぼ完成しているんだけど」



「あとはペン入れですね」



 爽次郎には行程がよく分からないが、下絵まで終わっているなら順調な仕上がりだろう。



「だけど、アシさん全員辞めてもらった」



「は?」



 口をポカンと開けて固まる爽次郎。



 耳がおかしくなったのだろうか。アシスタントに全員辞めてもらう。どう考えても、一か月早い。アシスタントなしでは締め切りまでに最終話は仕上がらないだろう。



「な、なんで……」



 声が自然と震える。締め切り一週間前にアシスタントが全員いなくなる。漫画を描いた経験がなくたって分かる。
これは絶望だ。



「チャットのグループでケンカしちゃって、それなら皆辞めてって言っちゃった」



 真咲は天井を仰いで顔を手で覆う。どうやら、自分でも悔いている様子だ。



「今からでも謝って」



「無理。何度も辞めては帰ってきてもらったアシさんもいるし、もう無理って向こうも言ってた」



「じゃあ、どうするんですか!」



 思わず爽次郎は声を荒げた。最後の最後で何をやっているんだ、この漫画家は。



 しかし、謝るどころか反論してくる真咲。



「仕方ないでしょ! 売られたケンカだったから、買わないとって思ったんだもん!」



「買うなよ! 一応、責任ある大人だろうが!」



「何よ、大人って! そりゃ、あなたは出版社に就職して責任あるでしょうけれど!」



「はあ!? そんなん関係ないだろ! 大体、漫画家に責任ないとか思ってんのか!? どうするんだよ、最終話はページ数も多いんだぞ!」



 爽次郎と真咲は真向からにらみ合って、いがみ合う。そこに「まぁまぁ」と言いながら、真尋が真咲をなだめた。



「実際、アシさんたちが居なくなったのは真咲のせいだろ」



「でも、真尋!」



「うん。終わったことはしょうがないよ。最後だし、僕がどうにかするよ」



「本当!? 真尋!」



 真咲が真尋の腕に絡みつく。どうやら、真尋は真咲に甘いようだ。



 とはいえ、爽次郎には疑問だった。



「でも、どうにかって、真尋さんにどうにか出来るんですか?」



「うん。休みと夜は仕事が終わったら手伝いに来る。まあ、一週間だから何とかなると思う。それから、昔のアシさんに連絡が取れる人には、一日だけでも入ってもらえないか聞いてみるよ」



 どうやら漫画家の真咲と付き合っているだけあって、漫画の技術も持っているようだ。



「さすが頼れるのは遠くの編集より近くの真尋ね」



 真咲はうまいことを言うが、真尋がすることは担当編集者がするべき仕事である。



「それなら、僕もなんとかアシスタントさんを集めてみます」



 まだ入社仕立てで爽次郎自身には伝手はないが、先輩たちに相談すればどうにか出来るだろう。



「あ。でも、気をつけてもらいたいのが、真咲はほぼ全部アナログで原稿を描いているんですよね」



「アナログで……?」



 その言葉の意味を爽次郎はすぐに理解した。最近漫画を描き始めた人間は全てをデジタルで書いている人が多い。ネームは紙でも、原稿段階ではタブレットやパソコンを使う。



 トーン貼りなどやったことのない人もいるはずだ。ましてや、背景を描くのを頼むのは……。二年近く連載していた夏ハダの最終話。雑な仕事では終わらせられない。



「分かりました。何とか、当たってみます」



 爽次郎はそう言って、一度会社にもどった。







 編集部に戻るとすぐに瀬戸原に相談する。



「そんなことだろうと思った。分かったわ。なんとか当たってみる。わざわざ出向かせてごめんね」



 瀬戸原は腕を組んでため息交じりに頷いた。



「い、いえ。こんな大事なこと電話口では言えないですから」



「でも、アシさんが全く来なくなること年に一回は必ずあるのよね」



「はい?」



 爽次郎は耳を疑った。アシスタントが来なくなるなんて大事件が年に一度もあってたまるものか。



「理由は毎回様々なんだけど、なんだかんだ真尋くんがなんとかしてくれるのよ。わたしたちも彼がいろいろ出来るから頼っちゃってさ」



「真尋さん、そんなに前から真咲さんと付き合っているんですか?」



 瀬戸原はキョトンとして爽次郎の顔を見つめる。そして、すぐに「はははは」と笑いだした。



「何か変なこと言いましたか?」



 爽次郎にはどうして笑うのか分からない。



「違う、違う。真尋くんは、真咲さんの弟!」



「弟!?」



 てっきり彼氏だと思っていた爽次郎。だけど、だから真咲のことを苗字ではなく名前で呼んでいたのかと思う。苗字の小野田で呼ぶと二人とも振り返ってしまうからだ。



「二人は双子なのよ。真尋くんは真咲さんが漫画を描き始めたときから、ずっと手伝っていたの。でも、それも今回で卒業でしょうね」



「え。何でですか?」



 素早く手配を決めてしまう手腕を見ても、頼りになる存在だ。



「あなたと同じで、今年から就職したのよ。真咲さんの手伝いをしている場合じゃないわ」



 そういえば、仕事が終わった後に来ると言っていた。



「弟さんに迷惑をかけて、何がしたいんでしょうね。真咲さん」



 これまで彼女の描いたものを見て来たときとは違う感情が芽生える。



 どちらかというと、マイナスの。その感情を読み取ったのだろう。瀬戸原がフォローするように言う。



「それでも、漫画に賭ける情熱は人一倍よ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...