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第十三話
しおりを挟むそれから爽次郎はアナログ原稿が出来るアシスタントを連れて、日替わりで真咲の家に通うようになった。
行くと大概が真咲一人で作業をしている。夜に来ると言う真尋と会うことはなかった。仕事が終わったアシスタントに話を聞くと、あまり仕事を任せてもらえなかったという。
その代わり真咲の指示は的確で、迷うことなく仕事が出来たそうだ。
とはいえ、進捗が順調とはいえなかった。
あと三日で半分の原稿しか完成していない。その上、この日はアシスタントが一人も捕まえることが出来なかった。
「い、いいんでしょうか。わたしなんかが夢咲先生のアシスタントに……!」
「うん。きっと丁寧に仕事すれば大丈夫だよ。僕も手伝うしね」
猫の手も借りたかった。
そのため、この日持ち込みに来た漫画初心者の亜佳梨を連れて、真咲のマンションに向かう。爽次郎も簡単なことなら手伝うつもりだ。
「お疲れさまです。今日もよろしくお願いします」
もう何度も来ているので勝手も分かっている。
出てくる真咲は不機嫌そうに爽次郎を睨みつけるが、それも慣れたものだ。
「よ、よろしくお願いします!」
べこーっと真咲に向けて頭を思いっきり下げる亜佳梨。
その目の前に、一万円札が差し出された。
「おにぎり」
「へっ?」
目の前に一万円札を見せつけられている亜佳梨は訳が分からず固まっている。
「おにぎりとか、飲むゼリーとか。片手で食べられるもの買ってきて。たくさん」
「は、はいっ!」
亜佳梨は来て早々、パシリに出されてしまう。ただ、彼女は仕事を与えられて嬉しそうだ。エレベーターに向かう足取りも弾んでいる。
無言で中に戻って行く真咲の後を続く爽次郎。毎日来ている真尋のおかげで部屋は綺麗に保たれている。真咲は奥の部屋に引っ込んだ。
爽次郎はインクを乾かすために広げられている原稿を手に取る。
もう十分乾いているようだ。場面は埠頭でヒーローのライバルキャラが主人公の手を引いているところだ。主人公たちの表情、アップだけでなく、俯瞰した夏の空と海。
その全てが夏を感じさせた。『夏の恋は裸足で』の最終話にふさわしいカットだ。
描いているところが見てみたい。根っからの夢咲真子のファンならば思うことだ。
それに指示を出してもらわないと進まない。そう言い訳して爽次郎は隣の部屋のドアを二度ノックした。
「真咲さん、いいですか」
「どうぞ」
それほど棘のない声が返ってきて、ホッとして中に入る。
そこは思ったよりも狭い空間だ。なにせ巨大な本棚が空間を占領している。
漫画用の画材が入った棚が一つに、プリンターが棚の上に置かれていた。机が奥に一つあり、真咲が背中を向けて座っている。
よどみなくGペンが動き、カリカリと音が小刻みに鳴った。そっと背中越しに覗き込むと、主人公が涙を流している顔が描かれている。
「なに」
「あ、すみません。原稿を描くところを見るのは初めてなので」
「そう」
「えっと、何かお手伝いできることは」
「編集のあなたにこの段階で手伝えることはない」
きっぱりと断られた。
確かにネームが終われば、編集者が出来ることはスケジュール管理ぐらいだろう。
ただ、それも今は瀬戸原が管理しているし、まだ何も出来ない自分も最後の原稿に携わりたかった。
「最終話が完成するまで、僕のことはアシスタントの一人と思って下さい」
そうすることに、瀬戸原からも許可を取っている。
「……じゃあ、乾いている原稿に消しゴムかけて」
下絵を消す作業だ。真咲が後ろ手に消しゴムを渡してくる。
「分かりました」
真咲の手から受け取った爽次郎は隣の部屋に戻った。
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