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第十四話
しおりを挟む亜佳梨はすぐに戻ってくる。走って来たようで、大量におにぎりやゼリー、スナック菓子などを買っていた。
「はぁ……、まさか夏ハダの最後の最後にわたしが関われるなんて。感激です」
消しゴムかけも終わって、簡単なトーン貼りを始めても亜佳梨は幾度となくため息をついた。爽次郎も同じように、感激していたが態度には表さないようにしていた。
「でも、出来れば最終話も完成したものを最初に見たかったかもしれません」
「それは言えているね」
だけど、爽次郎も亜佳梨もただの読者ではいられない。
爽次郎は編集者であるし、亜佳梨も出来るだけ漫画の勉強をしなければならなかった。とにかく今は丁寧にトーンを貼るのみだ。
「でも、先生。すごく集中していますね。さすがだなぁと思うけれど、ちょっとでもお話したいです」
「原稿が終わったら、話せると思うよ」
確かに真咲の原稿に向かう姿は鬼気迫るものを感じた。軽く話しかけるのはためらわれる。線を一本引くにも細やかな神経を使っているようだ。
その分、出来上がる原稿はどのカットを見ても美しい。夏ハダは元々絵が綺麗だと思っていたけれど、最終話に来てそれが際立っている。
「……終わるの惜しいな」
つい、ポツリとこぼしてしまう。
まだまだ、見ていたい。そう思わせる絵ばかりだ。確かに瀬戸原が言う通り、漫画に賭ける情熱は強い。――それ以外がダメすぎるのだけれど。
「こんばんはー。尾形くん、それから宮下さんだったかな」
やって来たのは真尋だ。「初めまして」と亜佳梨が頭を下げる。
「真尋。待っていたわよ」
真尋が来るなり、開かずの間の扉が開いた。真咲が原稿を持って、真尋に突き付ける。
「ここに背景を書いて」
「うん。どんな感じに――」
話し込みだす二人。どうやら島の形に添って建物を描くようだ。二人は対等に話し合い、かなり細かくイメージを共有させていた。
「じゃあ、よろしく」
そう言って、真咲は岩戸の中に戻って行く。
やはり双子でこれまで共に漫画を描いてきた真尋とは、以心伝心でイメージもよく伝わるようだ。ただ、その真尋も学生ではなく、社会人。
もう手伝ってもらうことは出来ない。
――今回が最後じゃない。最後にはさせない。
爽次郎は原稿と向かい合いながら、密かに心に決めていた。
締め切り最終日。しかし、まだ白いページがある。
幸い、この日は真尋が休日だった。アシスタントは男性が一人だけ来ている。爽次郎も朝から詰めて、手伝っていた。カリカリとペンが動く音しかしない。
深夜になっても続き、最後の原稿。真尋が最後にトーンを綺麗に貼った。
「お、終わったーッ!」
時計の針は十二時を過ぎている。全員が伸びをして、開放感を味わった。そこに真咲がやってくる。眼の下にはくっきりと隈ができていた。
「お疲れさま。これから原稿データを送ります」
トントンと原稿を揃えて、真咲の部屋のスキャナーへ。
これで全ての作業が終わりだ。
「あ。何か飲みましょうか」
どうせ、終電の時間は過ぎている。
あと数時間は時間を潰す必要があるだろう。爽次郎も付き合うつもりで、ウキウキと買いこんでいた飲み物や食べ物をテーブルに乗せていく。
「真咲さんも、一緒にお疲れさま会しませんか?」
爽次郎は真咲の部屋を覗き込んだ。
しかし、真咲は机に向かっていた。何か調べものだろうか。
「真咲さん?」
「わたしはいい。みんなで打ち上げしていて」
そう言う真咲の手元はペンを握っていた。
机には夏ハダの主人公がアップの横顔が書かれた原稿が置かれている。そこにいるヒロインに肌の色が乗せられていく。真尋が爽次郎の肩を叩いた。
「こればっかりは僕らは手伝えないよ」
爽次郎は失念していた。夏ハダの最終話は巻頭カラーで、カラーの作業が終わっていない。真尋に言われるまま、部屋を出る爽次郎。
「すみません。一人で浮かれてしまって」
「いや、いつもなら終わっているから。尾形くんは初めてだし、気づかないのもしょうがないよ。こっちで話しをしながら待とう」
結局、真咲のカラー原稿が終わったのは始発が出る直前だった。
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