少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

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第三十九話 

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「うーん、アキリボかぁ。新体操って題材は悪くないと思うんだけどね。一話も読ませてもらって面白いことは面白いんだけどね。ただやっぱりシュシュでやるには、熱血過ぎるかなー。ヒーロー不在なも問題かも。というわけで、次がんばってね」



 編集長のお言葉は爽次郎に苦く染み渡った。



 いまはシュシュ編集部の企画会議中だ。ちょうど最終回を迎える漫画があり、その次に始まる新連載を決める会議をしていた。そこに爽次郎も真咲の新作のネームと企画書を出したのだが、真っ先に編集長にはねられてしまった。
そうだよな。だから、題材は新体操でも恋愛中心の話にした方がいいって僕は言ったんだ。



 真咲からSOSがあった後、ネームの打ち合わせもあくる週には行った。場所はいつもの真咲の家の近くのファミレスだ。



 ドキドキしながら読むと、すごく面白い。



 第一話から少女たちが正面からぶつかり合い、その後の成長を予感させる。



 そんな漫画だった。



 確かにすごく面白い。だが、内容は少女たちのスポコン物といったところだ。



「あのー……、すごく面白いんですけど、これはたぶんシュシュには合わないというか、載せられないというか」



 期待の眼差しを向ける真咲に爽次郎は遠慮がちに切りだした。



「うん。でも、たまにはこういう新しい作品もシュシュには必要だと思うの」



 真咲は爽次郎の言うことは知ったことかといった様子で自信は揺るぎそうにない。



「わたしは少女漫画界に新しい風を送ろうと思うのよ! それがきっと春リボを超える作品になるはず!」



 キラキラとした瞳で拳を握る真咲。



 きっと彼女には輝かしい未来が見えているのだろう、が――



「いや、ですけどね。これは新しいというより、少年漫画に寄り過ぎているんですよ」



「女の子四人組の話なのに?」



「女の子だけが出て来る男性向け漫画もあります」



 それを聞くと、むぅっといかにも不機嫌になる真咲。



「じゃあ、どうしろっていうのよ」



「例えば題材はこのままでカッコいい男の子も出してみるとか」



「ダメ! 確かに新体操は男性競技もあるけれど、ここに男性が入る余地はない。コーチだって、友達だって、全部女性! 絶対女子高! これは女の園の物語なんだから!!」



 結局、爽次郎は真咲を説得できなかった。



 最初のネームからあまり手をくわえていないものを企画会議に出したのだ。爽次郎も納得いっていないのに、それで編集長を説得することなど出来なかった。









「はぁ……」



 企画会議が終わり、デスクに戻って盛大なため息をつく。予想していたこととはいえ、これから先が思いやられた。



 あの絶賛猪突猛進中の真咲に何とかネームを直させなくてはならない。いや、それならば一から考え直した方が早いだろうか。



「初の企画会議、ご苦労さま」



 隣の山中が労うように爽次郎のデスクの上に湯気の立つコーヒーを置いた。



「あ、すみません。ありがとうございます」



 爽次郎は恐縮しつつも、コーヒーに手を伸ばす。



 学生時代はブラックのコーヒーなんて苦くて飲めなかったが、働き出してからいつの間にか飲めるようになっていた。



 甘いと眠くなるし、砂糖を入れる手間も省きたかった。



「山中さん、おめでとうございます。新連載、山中さんが担当している方ですね」



 企画会議で決定したシュシュの新連載の漫画は爽やかな王道恋愛漫画だ。



 続きが読みたいし、真咲にもこういう漫画を描いて欲しいと思えるものだった。



「ありがとう。作家さんもさっき連絡したら、すごく喜んでいたよ」



 いいなと爽次郎は素直に思う。自分も連載決まりましたよと、連絡することが出来たなら真咲はどんな顔をして喜ぶだろうか。



 先ほど電話で編集長から言われたことを話すと、真咲は分かったとだけ答えていた。もしかしたら、落ち込んでいるかもしれない。



「尾形くんも、きっと真咲さんと連載する漫画が出来るよ。今回連載を取った作家さんだって三度目の正直だったからね」



 山中が爽次郎のことを気遣ってくれて、そう言う。



 そういえば山中は春に行われた新連載の会議で落とされていたことを思い出した。



「そうですよ。一回目ぐらいで何言っているんですか? わたしなんか四回目だったんですよ? はぁ、作家さんになんて連絡すればいいか……」



 幽霊のような顔をした水野がフラフラとしながら後ろを通り過ぎる。彼女はまだ連載会議の結果を担当作家に伝えられないようだ。



「よ、四回は辛いですね……」



「まぁ、まだ連載の経験もない作家さんだから仕方ないといえば仕方ないんですけれど。このまま、辞めるとか言いださないかな」



 水野は俯いて黙ってしまう。



 その表情を見て、真咲のときには感じなかったリアルな肌触りを感じた。肝心の一歩を進めなければ、辞めてしまうことも十分に考えられる世界だからだ。



「ま! 水野が才能があるって思って引き留めたかったら次があるって励ますことね!」



 デスクにやって来た瀬戸原が水野の背中を思い切り叩いた。



 バチンッと痛そうな音が響く。



「うう……。手加減してくださいよ、瀬戸原さん。でも、そうですね。辞めるには早すぎる作家さんです! わたし、連絡して来ます!」



 顔を上げた水野はスマートフォンを手に駆けて行った。さすがに瀬戸原の喝は効くなと爽次郎はその背中を見て思う。



「尾形も」



「は、はい!」



 瀬戸原が振り返るだけで背筋が伸びた。瀬戸原は人差し指を立てて、爽次郎の鼻先を指さす。



「会議落ちたからって、暗いオーラ出すんじゃないの! 大体、真咲さんはこんなの慣れているはずよ。夏ハダだって、連載会議は一度落ちているんだし」



「え。そうなんですか」



 意外なことを聞いて、目から鱗が落ちた気持ちだ。



「だから、もっと気合い入れないとね。夏ハダより連載会議を通すのはきっと難易度は高いはずだから」



「な、何でですか?」



 寝耳に水なことに、爽次郎は目をしばたかせる。



「そりゃあ、夢咲真子に対する期待が大きいからよ。生半可な新作じゃ編集長は首を縦に振らないはず。読み切りは一話限りだからすぐにゴーサインが出たけどね」



 爽次郎はゴクリと生唾を飲み込む。



 確かに大ヒットを飛ばした夢咲真子という看板を中途半端な作品でお茶を濁すことなんて出来ない。



 いまさらながらに、爽次郎はとんでもない仕事を任されているのではという気持ちになった。



「それは真咲さんだって分かっているに違いない。落ち込んでいる暇はないはずよ」



 確かに瀬戸原の言う通り、真咲は落ち込んではいなかった。



 だが、かなり悩んでいた。



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