少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

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第四十三話 

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 真咲を豊読社の玄関まで見送って、編集部に戻ってくる。


「よっ! どう? 真咲さんとの話は弾んだ?」


 自分の席にいる瀬戸原がパソコンから顔を上げて、爽次郎を振り返った。


「表面的な情報は答えたと思いますけど、なかなか踏み込んだ話はできませんでしたね」


「そう。尾形のガードが固かったか」


「僕のですか?」


 意外に思えた。真咲の質問の方がぎこちなかったようだった。けれど、確かに受け答えする側が壁を作っていると聞く側はどうしようもない場合もある。


「いかに相手をリラックスさせるかがポイントですね。だから雑談が大事ということですね、瀬戸原さん」


「あー。うん。そうそう」


 何だか適当に返された。


 何となく意志疎通が上手くいっていないようで、もやっとした。


「瀬戸原さん。尾形くんは漫画馬鹿っていうか結構鈍いみたいだから、もう少しストレートに言った方がいいんじゃないかな」


 漫画馬鹿という言葉に反応して振り返ると、編集長が立っていた。


 今日もパステルカラーのファッションで、頭には角のようなお団子を作っている。


「いや、でも一気に進んだら進んだで支障がでると困りますし」


「二人とも奥手っぽいし大丈夫じゃない?」


 瀬戸原と編集長は何を話しているのだろうと不思議に思う爽次郎。


「あのね。尾形くん」


 ニコニコと笑いかけてくる編集長に居住まいを正す。何か助言をくれるのかと思った。


「山中くんの奥さんは元漫画家さんなんだよ。昔も今も、とても仲がいいみたい」


「山中さんの奥さんが……」


 爽次郎は指をあごに当てる。何か漫画のヒントになるのだろうか。


「それは、その元漫画家さんにインタビューの極意を聞くべきってことですか?」


 じっくり考えて、そう結論付けた。


 すると、瀬戸原と編集長は顔を見合わせて苦笑いをする。


「それが、ガードが固いってことよ」


「うーん。まあ、あんまり周りがとやかく言うことじゃないしね」


 瀬戸原は仕事に向き直り、編集長はデスクに戻って行く。何か変なことを言ったのだろうかと、爽次郎は首を捻った。


 その後、仕事をして、終業時間を迎える。帰りに夕食にパスタを作るためにスーパーに寄った。夕食どきは少し過ぎているため、客は少ない。パスタコーナーに行く途中、買い物をしている夫婦とすれ違った。
そういえば、書店で春中さんに会ったとき、真咲さんが彼女と間違えられたな。


 もう二か月近く前のことだ。


 真咲さんが僕の恋人だなんてこと、あるはずが……。


 しゃがみ込んで、パスタの袋を手に取った。その瞬間、爽次郎の頭の中でパズルのピースが繋がる。


「あッ!」


 思わず大きな声を出してしまい、爽次郎は辺りを見回した。幸い他に人はいない。


 パスタの湯で時間を見比べながら、変な汗がだくだくと出てくる。


 瀬戸原と編集長が言っていたことを理解する。


 要するに編集者と漫画家が付き合っても別に構わないってことか!


 中山の奥さんは元漫画家だから。二人とも大人だし、問題はないかもしれないけれど。


 二人がそういう目で、自分と真咲を見ていたことは驚きだ。いたって真面目にやり取りをしてきたのは二人とも分かっているはずなのに。


 ガードが固いもなにもない。真咲はあの夢咲真子だ。一緒に仕事するのにやっと慣れて来たとこなのに、恋愛対象になんて。何かあれば、ドキドキはするけれど。


 爽次郎にとっては、雲の上の存在だった。担当編集になった今でも、少しは近づいたかもしれない。けれど、まだまだ真咲から教わることの方が多い。


 それに、と京都旅行のときのことを思い出す。


 全く意識されなかったし、僕はイケメンじゃないし……。


 爽次郎はしょんぼりとしながら、買い物かごにパスタの麺を入れる。帰ってからも一人でぐるぐると同じことを考えながらパスタを作った。







 十二月初め。クリスマスソングが街中に流れている頃。都内にあるとある高校に爽次郎と真咲は連れ立って向かった。


「豊読社の尾形です。今日はよろしくお願いします」


 受付を済ませて、事務員の人に案内された体育館。そこで迎えられたスラリと足の長い女性に頭を下げた。


「はい。よろしくお願いします。わたしはこの高校の新体操部のコーチをしている木之本です」


「わっ、わたしは漫画家の小野田です」


 真咲も遅れまいと頭を勢いよく下げる。ここは取材先の高等学校であり新体操の強豪校だ。団体でも、個人でも毎年全国大会に出場している。


「生徒たちはもう少ししたら、練習に来ると思います。それまで少しお話しましょうか」


 木之本は体育館の端に置いてあるパイプ椅子を勧めた。


 ちょうど三人分、あらかじめ用意しておいてくれたのだろう。


「あ。これはちょっとしたものですが、お菓子です。皆さんで食べてください」


 爽次郎は忘れないうちに手土産を渡す。会社の近くにある洋菓子店の焼き菓子だ。女性に評判が良く、手土産にちょうど良かった。


「お気遣いありがとうございます。生徒たちも喜ぶと思います」


「生徒たちって、新体操部員ですよね。食べても大丈夫なんですか? 減量とか……」


 さっそく気になったのか真咲が尋ねる。木之本は座って「そうですね」と考える。


「間食が全くダメな訳ではありません。美しいスタイルを保つためにはもちろん暴飲暴食は絶対にしてはいけませんが、問題は選手自身が考えてバランスよく食事をとることです。美しく動くためにもエネルギーが必要ですから」


「新体操部の子は寮生活の子がほとんどだとか。食事は栄養バランスが整っているのではないですか」


 爽次郎は少しばかり調べていた情報を元にしゃべる。それに木之本は頷いた。


「確かに寮では専属の栄養士の方がいて、メニューを考えてくれています。でも、生徒たちにはそれをただ口にするだけではなく、その食事がどういう風に自分たちの身体を動かしているのか考えなさいと言っています。お昼は学食になるので、自分で考えてメニューを決めていますね」


「なるほど。あとで、学食や寮にもお邪魔しても大丈夫ですか?」


 真咲はメモをしながら、木之本に尋ねる。


「学食は大丈夫だと思いますが、寮は後で確認を取ってみますね」


 生徒たちは何もずっと体育館で練習しているわけではない。教室や校庭など学校の様子も、出来れば取材したいとあらかじめ申し出ていた。


「えっと、木之本さんは元々新体操の選手だったのですか」


 少し沈黙が続いて、なにから切り出そうかと爽次郎が思っていると真咲から質問した。


 確かに現役の生徒たちのことも気になるけれど、木之本さんも同じくその道の人だ。話をよく聞いておくべきだろう。


「わたしですか? ……そうですね。大学まで新体操を続けていました。全国大会にまで出場を決めていたのですが、その前に怪我をしてしまって。結局棄権という形になり、そのまま引退してしまいました」


「そう、だったんですか」


 真咲は聞いてはならないことを聞いてしまったと思ったのか、俯いてしまう。


「でも、それでも新体操が好きだったんです」


 木之本は真咲の目を見て微笑む。


「すごく嫌になった時期も落ち込んだ時期もあったけれど、それでも新体操の映像を見たら心が躍るんですよね。だから、たくさん指導者のことを勉強して、いまもこうして新体操部のコーチとして関わっていられるんです。それに、小さい子供たちに教える新体操教室もやっているんですよ」


 木之本はどこか誇らしげだ。爽次郎は真咲も漫画家を辞めようとしたことを思い出す。


 少し話しただけだが、二人はどこか似ている気がした。


 二人とも好きなことに真摯に向き合っている。だから、辞めようとしたり、自信が無くなったりしても、元の世界に戻ってきた。


「それに何をするにしても新体操に繋げてしまって。新体操って芸術そのものではないですけれど、芸術を競うスポーツでもあるんですよ。芸術って何でも、作品に昇華するイメージがありますよね。漫画もそうじゃないですか?」


 木之本の質問に、「そうですね」と真咲は頷く。実際、真咲はいつでも漫画のことを考えていて、何があっても漫画のネタに結びつけようとしているだろう。彼女の少しだけ垣間見えたメモを見たらそう思える。


「昔は苦しいことに目が行きがちでしたけれど……。新体操がわたしの人生の全てだって、今なら言えます」


 木之本の言葉は爽次郎の心にも真っ直ぐに響いた。


「わたしも、わたしも漫画が人生の全てです!」


 木之本さんに呼応するように、真咲は声を大にする。爽次郎と木之本は目を丸くするが、すぐに二人でクスリと笑った。


「ですよね。夢咲先生はそうじゃないかと思っていました」


「僕も、胸を張って漫画が人生の全てだって言えるようになりたいです」


 こうして二人と話している自分も、もっともっと編集者として成長したい。


 人生を漫画に捧げたい。そう思ったのだが――


「何言っているの? もう、あなたはこっち側でしょ」


 真咲が何の疑いもなく言う。一瞬、意表を突かれた爽次郎だったが、すぐに微笑む。


「ああ。真咲さんが言うなら間違いないですね」


 すごく彼女は僕のことを分かってくれている。そんな彼女が愛おしいと思うのは自然な感情なのではないかと爽次郎はそう思った。




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