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第四十二話
しおりを挟む思えば真咲と雑談するのは、京都の夜以来ではないだろうか。
あのときは漫画の話ばかりをしていた。それからはずっと真面目に新作漫画の打ち合わせばかりをしてきた気がする。
「では、真咲さん。どうぞ」
すこし緊張した面持ちで爽次郎は手で真咲を促した。
「えッ! ど、どうぞ!? なんでわたしから?!」
「だって、真咲さんのインタビューの練習じゃないですか。僕は受け答えの練習ですし」
うっと声を詰まらせて、口を真一文字に結ぶ真咲。爽次郎が黙っていると、追い詰められた犯人のようにジリジリとした口調で口を開いた。
「お、お名前は……?」
そこからか、と思いつつも爽次郎は笑顔で答える。
「尾形爽次郎です。漫画編集者をしています。あなたのお名前は?」
「お、小野田真咲です。漫画家です。えっと、今日はいいお天気ですね」
真咲は架空の窓を見つめる。雑談に入ったのだろう。
「そうですね。このところ冷えてきましたが、今日は暖かい陽気で寒がりの自分にはありがたいです」
「そうですね……」
天気の話の後、二人の間には沈黙が立ちこめる。
「えっと、それで、恋愛の話を聞くのよね」
今度はいきなり本題に行くのかと思いつつも、爽次郎は頷いた。
「ええ。具体的で答えやすい質問がいいかもしれません」
「じゃあ、えっと、尾形さんは彼女はいますか?」
「いいえ、いません。大学時代はいましたが、就職と同時に別れました」
「どうして別れたんですか」
真咲は少し前のめりになった。踏み込んでくるなと思いつつ、爽次郎は答えを考える。
えっと、確か彼女に言われたのは――
そのことを思い起こすと爽次郎はポッと火が点ったように、頬が熱くなった。
彼女に自分の心には他の女性が住み着いているって言われたことを思い出す。
それが真咲のことで……。い、いやいや。実際に住み着いているというより、ずっと頭の中にあるのは真咲の漫画なわけで。
中々、話さない爽次郎に真咲は首を捻る。
「なに? そんなにこっぴどい理由で振られたの?」
「い、いや、別れたって言っただけじゃないですか。まぁ、振られたんですけど……」
「ふーん? なんだかもったいないことをしたわね、彼女」
「えッ!」
もったいない。爽次郎を振るのはもったいないということは、真咲はそれだけの価値を爽次郎にあると思っているのだろうか。
そう思い、まじまじと真咲の顔を見つめてしまう爽次郎。
「え、あ! ち、違うからね!」
自分の言ったことに気づいて、真咲は手を広げて横に振る。
「これは、その! わたしだったら次の彼氏なんて早々出来るわけないし、就職して新しい出会いがあるからって、彼氏を振るなんてもったいないって意味だから! 別にあなたがどうとか、そういう訳じゃないんだから!」
「そ、そうですよね。は、はは」
「そうよ。あはははは」
二人でぎこちない顔で笑い合う。
「そ、それでその振られた彼女とはどこで出会ったの?」
真咲は話題を変えようと、質問を投げかけて来た。
「そうですね。彼女とは大学の同級生だったんです」
爽次郎は当時のことを思い起こす。
「同じ授業を取っていることが多くて、自然と話す機会も多くなったんです。彼女は最初、漫画に興味がなかったんですけれど、僕が春リボを勧めたらすっかりはまっちゃって」
「ふーん。趣味が合ったってことね。……そういうの、大事かも」
真咲のつぶやきには実感がこもっているように感じた。
「真咲さんはそういう人いなかったんですか? 鈴城さんみたいな女性じゃなくて、男性で……ほら、高校時代仲がよかったって言う」
以前、真尋は真咲やカナデを含めた男女七人でよく遊んでいたと言っていた。その中に漫画好きの男の子もいたのではないのだろうか。
「うーん。あいつらは少年漫画ばっかり読んでいたみたいだから、男で少女漫画の話に付き合ってくれるのは真尋ぐらいだったかな」
「そうなんですね」
自然とホッと息をつく爽次郎。
あれ――、なんでホッとしているんだろう。
それからは大学時代の踏み込んだ質問はされることはなく、高校時代や中学時代のことを聞かれる。
残念ながらその頃に青春らしい青春をしていない爽次郎はいい答えを話すことは出来なかった。
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