少女漫画と君と巡る四季

白川ちさと

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第四十一話

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 緩やかに時は過ぎ、十一月になっていた。



 外の空気はキンと冷え、木枯らしが吹く。すっかり季節は冬だ。



『夢咲先生の新作まだ発表ないね』



『この前、読み切りがあったばかりだよ』



『やっぱり準備に一年ぐらいかかるんじゃない?』



『わたしは何年だって待つけれどね』



 読み切りが掲載されてから二か月が過ぎ、気の早いファンはこんな会話をSNS上で繰り広げている。それを微笑ましく見ながら、はぁと爽次郎は小さくため息を漏らした。



 夢咲真子のファンは次回作を待っている。



 そう急ぐ必要はないが、何かと話題に出ているうちに始めた方がいいだろう。なによりファンを大事にしている真咲はそう思っているに違いない。



「それで、結局ベタに困っているアキをヒーローが助けることにしたんですね。うん。いいと思います」



 ネームは出来ていないが打ち合わせをしたいということで、この日は真咲がシュシュ編集部に来ていた。真咲は爽次郎が出したコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れる。



「やっぱり、少女漫画はベタが一番! 一番きゅんと来るでしょ。あんまり元気いっぱいっていうヒーローでもないし、スマートにアキを助けるのよ!」



 真咲の手元のスケッチブックにはキャラクターの絵が描かれていた。



 そこには四人の女子高生たちの他に一人の男子高校生が描かれている。少し斜に構え、ブレザーの制服を着崩して着ている。もちろん、顔はかっこいい。シュッとしていてどちらかというと塩顔だ。



 このヒーローとアキをメインキャラクターにして、他の三人はサブヒロインといった立ち位置で新体操と恋と学生ならではの青春をしていく。



 方針は固まって来ている。



 そう、方針だけは―― 



「それで、その後はどういう接点があって二人がもう一度出会うことにしますか? やっぱりロマンチックな方法がいいですか? それともここは少し外して、日常の中で自然と出会ったほうが、ナチュラルに恋心も育っていくでしょうか?」



 ペラペラとスケッチブックを見たあと、顔を上げて真咲を見る。



 すると、真咲は固まっていた。



「ロマンチック? 自然? 恋心を育てる??」



 真咲は頭のキャパシティーをオーバーしていると言わんばかりに、爽次郎が言ったことを繰り返していた。爽次郎は頭を抱えそうになるのをぐっと堪える。



「大丈夫ですよ、真咲さん! 今は調子が悪いだけです! 夏ハダで描けたんだから、アキリボでも恋愛ものが描けますよ!」



 爽次郎は精一杯の笑顔を浮かべて励ました。



「でも、カナデに話してももう聞いたことのある話ばかりだし、真尋の彼女に聞いても詳しいことまでは話してくれないし」



 ずいぶんと身近なところに聞きにいったなと思うが口にはしない。



「あら、ずいぶん近場で済ませたものね」



 いま、まさしく考えていたことが背後から聞こえて、爽次郎は振り向いた。



 腰に手を当てて立っているのは瀬戸原だ。どうやら、隣のブースでやっていた打ち合わせが終わったらしい。



「どう? 新作の進捗具合は」



 瀬戸原が爽次郎の持つスケッチブックを覗き込んでくる。爽次郎はポリポリと後ろ頭をかいた。



「以前に出した企画書にヒーローを追加して、また最初から練り直しています。けど……」



 爽次郎のけどの続きは瀬戸原がハッキリと言葉にした。



「肝心の真咲さんが恋愛が分からなくなっている」



「……はい」



 瀬戸原に隠しごとをしてもしょうがないので素直に頷く。



「分からないっていうか、分かっているんだけど、もうちょっと深い深層心理的なものをついた方がいいんじゃないかと思ったり」



 真咲はもじもじとよく分からないことを言う。



 深層心理など漫画で表現して、どれだけの読者が付いて来られるのだろうか。真咲の顔を見て「ふーん」と瀬戸原は何やら考え込んだ。



 しばらくして、「そうね」と話を切り出す。



「周りの女の子たちには結構、恋愛話を夏ハダでしてもらったでしょ」



 瀬戸原は人差し指を立てて言う。確かに真咲は以前夏ハダで恋愛の話を周りに聞きまわったと言っていた。



「分からなくなっているなら、今度は男性側から話を聞いてみるのはどう?」



「男と女の恋愛観ってのは月とスッポンとは言わないけれど、人間とアホウドリぐらい違うと思いますけど」



 瀬戸原の提案に真咲は渋い顔をする。どちらがどちらとは突き詰めないでおこう。



「そうね。確かに違う。けど、見る角度を変えることはそれなりに刺激になるはずよ。それに話を聞いて自分がどういう気持ちになるか。その変化を直に観察するのもいいんじゃないかしら」



「でも恋愛の話を女の子とするのだって恥ずかしいのに……」



 なおも真咲は首を縦に振らない。確かに人見知りの真咲にはハードルが高い提案だと爽次郎は思った。



 しかし、瀬戸原には言い訳など通じない。



「でもも、何もない! この壁を乗り越えないと、新作なんて夢の夢! さぁ、まずは目の前の尾形にインタビューするのよ!」



「え、ええッ! 僕ですか!?」



 いきなり指名された爽次郎は盛大に驚いた。



「い、いや。僕から聞いたって少女漫画の参考になるなんて……」



 一応、大学時代に彼女はいたが、ロマンチックな出来事など全くなかった。



「いいの、いいの。別に期待してないから普通ので。これから尾形だって意見を求められることなんていくらでもあるし、これまで持ちこみのときに聞かれることもあったでしょ」



「は、はぁ」



 確かに亜佳梨にネームを見せられて、こういう恋愛ってどう思いますかぐらいのことは聞かれていた。



「尾形の練習になるし、真咲さんだってインタビューの練習になる。インタビューの予定が入っているんでしょ? これは、ある意味チャンス! でしょ、真咲さん!?」



「う、うぅ……」



 インタビューと聞くと真咲は緊張したかのように肩を震わせる。



 ちょうど来週、高校の新体操のコーチにインタビューできるよう、爽次郎が連絡を入れて都合をつけてもらっていたのだ。



 相手は女性とはいえ、人見知りの真咲が緊張しないはずがない。



「インタビューの基本は雑談! 聞きたいことを押さえるのも重要だけれど、相手をリラックスさせて思ってもみない情報を引き出すことが重要よ! じゃ、がんばって」



 手を上げて瀬戸原は去って行く。



「インタビューの基本は雑談、雑談……」



 爽次郎は反芻する。基本は真咲が話を聞くことになるだろうが、爽次郎だって補助的な役目をしなければならない。



「よし。じゃあ、真咲さん。いまからインタビューの練習をしましょう」



 爽次郎が笑顔を向けると、緊張気味の真咲が小さく頷いた。



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