広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第二章 オランダ旅行編

第五話 夏の課題

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 悩んでいても仕方がない。僕は向井さんに尋ねたいことがあるとメールをした。

 オランダと日本の時差は八時間。オランダの昼の一時なので、日本では夜の九時。仕事も終わっているはずだ。

 そう思っていたら、電話がかかって来た。

「どうした。何か問題でも起きたか」

 いつもより、気遣ったような声色だ。一学期の終業式のときは平然と見送っていたけれど、さすがに生徒だけで海外に行くことに少しも心配しないはずがなかった。

「問題なく倉野さんの家に着きました。ただ……」

 僕は倉野さんのおじいさんからタブレットを渡されたことを説明する。そうか、なるほど、とたまに相槌が入った。

「と、いうわけなんですけど」

「ああ。思い出した。理事長は何でも新しいものにハマる性質でな。確か、亡くなる前に一番はまっていたのは、プログラミングだった」

「理事長が、プログラミング」

 僕が向井さんの言葉をなぞると、三人が一斉にえっと声を上げた。

「つまり、これって理事長が作ったってこと?」

「確かに何でも試してみようとする人だったけど」

「こういうのって、個人で作れるものなの?」

「とにかく、どうするか聞く」

 倉野さんの一言で僕は電話で問いかける。

「どうすればいいと思いますか。これ自体、謎だっておじいさんは言っているんですけど」

 倉野さんのおじいさんも僕たちの会話に耳を傾けているようで、ゆっくりと頷いた。

「それは足りない写真は自分たちで追加するしかないんじゃないか? どうするかは君たちの自由だ」

「自由だと言われても……」

 僕らは既にこの謎の大変さを確認している。

 まず惑星の数の多さもさることながら、要求している写真の内容の難易度も実に多様だった。簡単な空の写真から、赤い服を着た女性、オランダの有名な観光地の写真も指定されている。

 つまり、オランダにいる間に終わらせなければならない。

 その数――

「たぶん、千枚以上……」

 果たして終わるだろうか。実物を見ていない向井さんは軽い口調で言う。

「理事長のことだから、何か仕掛けがあるだろうな」

「うっ」

 間違いないだろう。すべての写真が揃えば解ける謎なのだ。僕らが学園で集めた金庫の暗証番号のように。

「オパ」

 倉野さんがおじいさんを振り返る。当然、おじいさんの願望は同じだ。

「解いて。謎。見たい」

 先ほどより瞳が輝いて見えるのは気のせいではないだろう。倉野さんが力強く頷く。

「よし。じゃあ、計画を練る!」

 僕と水上くんは当然反論する。

「ま、待って。僕たちは旅行を楽しみに」

「旅行ついでに出来る」

「だけど、この量だよ。めちゃくちゃ忙しいと思うよ」

「でも、みんな無計画で来たから、わたしが全てを握っている」

「うっ」

 一応、観光地の情報はチェックして来たけれど、日程を組んでいるわけではない。それに当然、迷うだろう。地元の倉野さんの案内があるとなしでは、安心度が全く違う。

 下調べ不十分な語学が堪能でもない男たち三人では、地獄をみることは目に見えていた。

 津川先輩が降参するように両手を上げた。

「ここは女王さまに従おう。見知らぬ土地で途方に暮れることだけは避けるべきさ」

「そうですね……」

 トレジャーハンター部の女王、もとい部長は地元でさらなる実権を握ってしまったのだ。

「学園の宝を見つけてから活動してなかったっけれど、トレジャーハンター部の夏の課題はこれ!」

 本当なら、バカンスに課題なんて無粋なものだ。

「せっかく、宿題は半分終わらせて来たのに……」

 水上くん、きっと僕も同じ気持ちだ。





 食事を済ませると、僕らはリビングの床の上にオランダの地図とアムステルダムの地図、そしてタブレットを広げた。

 津川先輩が惑星を操作して、次々と指定の写真の場所を紙に書いていく。

「大体、アムステルダムの中で済むようにはなっているみたいね。確実に他の都市に行かないといけないのは、三、四ヶ所ぐらい。おそらくだけど」

「でも、結構人物の指定も多いよね。アイスを食べている人とか、ヴァイオリンを弾いている人とか」

 指定は景色から建造物、人物まで千差万別だ。

「写真は個人のスマホからタブレットに送ったものでもいいみたいだね。勝手にリストにアップされる」

 二人の人物の食事風景なんてものがあったから、食べている間にスマホで撮った写真をタブレットに送っていた。問題なく、指定した惑星の数字は減っている。

 倉野さんが地図をなぞりながら説明する。

「全部の都市、電車で行ける。ただ写真撮るのにどれくらい滞在時間がかかるか分からないけれど」

 ジャカジャカとギターをかき鳴らして、後ろのソファでバートさんが寝そべっている。

「毎回、電車は疲れる。一か所ぐらいオレが車で送ろう」

「ありがとう、叔父さん。あと、アムステルダムはトラムが走っているけれど、たくさん写真を撮るなら自転車で移動する」

「トラム?」

「路面電車のことだよ」

 下調べで知ったのか、津川先輩が教えてくれた。だけど、すぐに顔色が曇った。

「……うん。せっかくだから、トラムに乗りたいかな」

 倉野さんが了解したように頷く。

「貴由先輩が乗りたかったら、一度くらいは乗る。でも、ここからアムステルダムに行くには車か、自転車。毎回、叔父さんが送れるわけじゃない。そう思って、自転車を四台用意してある」

「いや、でも……」

 こんなに津川先輩が言いにくそうにしていることはない。ハッとしたような顔をして、水上くんが気まずそうに切り出す。

「もしかして、津川先輩。自転車乗れない、とか?」

 沈黙が一分ほど続いたかと思うと、津川先輩はゆっくりと頷いた。

 こういうからには倉野さんは乗れるだろうし、水上くんは元々運動神経がいい。僕も実家では買い物のためによく使っていた。

 ひとりだけ乗れないことを言い出しにくかったようだ。

「それなら、明日、練習だ。フォンデル公園に行こう。オレが送っていくさ。帰りは自分たちで帰れるだろう」

 バートさんがあっさりとした口調でいうけれど、津川先輩の返事は渋い。

「たった一日で乗れるようには……」

「あ。フォンデル公園って、写真の指定にもあるよ。大きな公園で、練習するにはちょうど良さそう」

 元々、運動神経のいい水上くんはあまり重く受け止めていないようだ。すぐに乗れるようになると思っているのだろう。スマホで公園のことを調べている。

「明日は交代で先輩の自転車の練習を見ながら、写真を撮って集める。決まり!」

 倉野さんのひと言で、もう津川先輩は観念したようだ。

 そのあと、明後日以降の予定を組んでいき、僕らは就寝した。


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