広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第二章 オランダ旅行編

第十三話 明るい夜

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 そのとき、横から声を掛けられる。

「コンニチハ」

 すごくぎこちない、日本語を使い慣れていない挨拶だ。振り返ると、頬の痩せた男性が紙袋を持って立っていた。きっと現地の人だろう。

「えっと? 倉野さん知り合い?」

 倉野さんに尋ねてみると、二人は会話を始める。倉野さんはうんうんと頷いているので、危険な人ではなさそうだ。

 しばらくすると、倉野さんが説明を始める。

「この人、叔父さんの友だち」

「バートさんの?」

「このコンサートに誘われたみたい。それで、叔父さんの代わりに食事を用意してやってくれって、お金を渡されたって」

 そういえば、家族だけじゃなくて、友だちも来ると言っていた。

 バートさんも誘って、僕たちの面倒を見てくれと頼んだのだ。何から何まで世話を焼かせて、少し申し訳なくなってくる。

「あの、わざわざありがとうございます」

 僕たちが頭を下げると、バートさんの友だちは少し困ったような顔で紙袋を差し出してきた。

 津川先輩がジェスチャーでレジャーシートの空いている場所を示す。

「遠慮せずに座ってください」

 伝わったようでバートさんの友だちは座って、持っていた紙袋の中身を広げだした。

「わあ!」

 水上くんが出て来た料理に瞳を輝かせる。

 ピザにフライドポテトにチーズをかけたもの、クロケットに他にも揚げ物がたくさん。飲み物まで用意してくれている。

 倉野さんがバートさんの友だちの言葉を通訳してくれた。

「叔父さんがこれぐらい買っていけって」

「さすが、バートさんだなぁ」

「うんうん。優しい叔父さんを持って、倉野さんは幸せ者だよ」

 そういう意図だろうからと、僕らはバートさんのことを褒めちぎる。こうなるとコンサート前にちょっとしたパーティになってしまう。

 大体、お腹が膨れた頃に、コンサートは始まる。




 オランダの夜は本当に明るい。

 いや、まだ陽が沈んでいないから夜とは言わないのかもしれない。でも、日本ではほんの短い時間しか感じられない狭間の時間が続くような、そんな時間だ。

 そんなときに、バートさんのヴァイオリンの音から始まる。

 コンサートは僕らのことを気遣ってか、有名な曲を混ぜて、ずっと楽し気な雰囲気で進行する。歌もある曲は当然オランダ語だけど、それこそアップテンポな選曲をしてくれていた。

 もちろん、僕は写真も撮らないといけない。

 ひとり、前に行くことは気が引けたけれど、バートさんがアイコンタクトをしてくれた。

 邪魔にならない程度に近づいて、一人ずつ写真に収めていく。薄暗いせいか、ランプの灯りで幻想的な写真が撮れた。

 曲が終わり、シートの場所に戻ると、バートさんの友だちがシャッターを切るような動作をする。写真が撮れたか聞いているのだろう。


 僕は頷く。

「はい。撮れました。見ますか」

 僕がタブレットの写真を寄せたことで、日本語でも通じたようだ。バートさんの友だちも顔を寄せて来る。

 そこにはバートさんはもちろん、コントラバスを弾いている男性や歌っている女性が映っていた。すると、バートさんの友だちが何かをつぶやくように話し始める。

 ただ、やはりオランダ語なので、何を言っているか分からない。

 すると、倉野さんが横から教えてくれる。

「いい写真だって」

「あ、ありがとうございます」

 今回の謎で機会は増えたけど、やっぱり褒められることには慣れない。バートさんの友だちの話は続いている。

 けれど、倉野さんはすぐには訳さなかった。

「どうしたの?」

「えっと」

 倉野さんが言い淀んでいると、バートさんの友だちは横で微笑んでいる。

「……元々、自分も楽団にいたんだって」

「え」

「だけど、いろいろあって辞めちゃって。心が病気になったって」

 最初に元気がないように見えたのは、間違いではなかったみたいだ。でも、いまは優しく微笑んでいる。

「家にこもりきりになっていたけど、今日突然叔父さんが来た。……面白い連中がいるから、お前も来いって」

 僕は自分のことを指さす。

「面白い連中って、……僕らのこと?」

 少し渋い顔を作って、倉野さんが頷く。

「それで久しぶりに外に出て、とても楽しい」

 なんだか少しホッとした。僕らが何か変なことをして、さらに外が嫌にでもなっていたらすごく複雑な気持ちになっていただろう。

「叔父さんもいつもは会うこともないけれど、ほんの少し気にかけてくれているだけで嬉しい。それが友だちだからって」

 僕らは毎日一緒にいて笑い合っているから友だちのような気がする。けれど、大人になると少し違うのかもしれない。

 大人になってみないと分からないけれど、そう思った。



 
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