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第五章 生徒Xからの挑戦状編
第十話 十分間の記録
しおりを挟む次の日。午前の授業が終わると、僕たち急いでトレジャーハンター部は東棟の食堂に集まった。放送部のお昼の放送は十二時十五分から。それまでになるべくお昼ご飯を食べ終えないといけない。
「今日のA定食はハンバーグか。B定食は鳥のトマト煮。確か寮は竜田揚げだったはず。夜ご飯はやっぱりハンバーグがいいかな。とすると、久しぶりにミートパスタと言う手も。でも、昼でハンバーグが売り切れちゃうかな」
水上くんは注文の順番が来ても迷っていた。夜ご飯も早い時間なら東棟と西棟の食堂を利用できる。昼は温室で過ごしているので、夜ご飯は三か所の食堂を気ままに利用していた。ただし、人気メニューは昼のうちに売り切れてしまうこともあるのだ。
「深志、早く決める」
迷いに迷う水上くんを後ろの倉野さんがせっついていた。
結局、売り切れの心配を取ったのだろう。ホクホク顔で水上くんはハンバーグ定食をトレイに乗っけてテーブルにやって来る。倉野さんは海老天の乗った温かいそば。津川先輩と僕はB定食の鳥のトマト煮だ。
四角いテーブルを囲んで四人でテーブルについていると、まるでいつもの温室のようだ。違うのは周りが樹木ではなく、生徒たちだということ。
「あ、……トレジャーハンター部」
「ついに来たんだ」
しかも、腫物を触るようにひそひそと声を潜めて話している。
だけど――
「これは、当たりじゃないかな」
津川先輩の言葉に僕らは口をもぐもぐさせながら頷いた。
生徒たちの反応がその証拠だ。居心地は悪いけれど、食堂に居て放送部の放送を聞かないと、昼休みの十分間の記録の中の意味は分からない。
「急いで食べる。……ごほっ」
「倉野さん、そんなに急がなくていいよ」
僕は咳き込んでいる倉野さんの背中をさすった。
そして、まだ半分は食べ終わっていない中、放送部の放送が始まる。
『慈従学園の生徒のみなさん、こんにちは。放送部のお昼の放送の時間です。三十分間お付き合いいただけたらと思います。お送りしますのは放送部二年の持田です』
放送の主は持田先輩だ。女の人の声のときもあるから、どうやら曜日ごとに担当が決まっているようだ。
『では、最初の質問コーナーです。質問は一年生のホビッツさんから。もうすぐ期末テストですが、好きな人のことを考えてしまい、勉強に力が入りません。どうしたらいいでしょうか? という、質問です。可愛らしい質問ですね。これには恋人のいる三年生三人に答えを聞いてきました』
ちゃんと聞いたのは初めてだけど、すごく放送部の放送には熱が入っていると思う。質問に答えるのに自分たちの意見だけではなく、放送部以外の人の意見も聞いている。
『――三人の方の意見を聞きましたが、僕も大方同じ意見です。慈従学園の生徒は真面目な生徒が多いですから、テストに集中していい点を取った方が、相手にも好印象じゃないでしょうか。あとは――』
持田先輩の意見も、もっともなものばかりだ。質問コーナーが終わりに近づき、倉野さんが首をかしげる。
「これが十分間の記録?」
「確かに十分ぐらいだけど……」
時計を見ると、ちょうど十二時二十五分少し前。質問コーナーは十分ぐらいで終わった。時間は十分間だけど、記録というにはそぐわない気がする。
『続きまして、映画の紹介コーナーです。今日はええ感じに伝わるかと思います』
ずっと標準語で話していた。持田先輩が少しだけ関西弁でなまる。
僕らは顔を上げた。
「映画の紹介だって」
「たぶん、これも十分ぐらいじゃないかな」
「映画は映像だから記録という意味合いも強い……」
僕らの耳に神経をとがらせる。水上くん以外の箸も止まっていた。
『今日おすすめするのは、サウンドオブミュージックです。かなり昔の映画ですが、見応えがありますので、ぜひ観てください』
僕でも知っている有名な映画だ。でも、名前だけで中身は良く知らない。
『おてんばな修道女のマリアはトラップ大佐の子供たちの家庭教師になるように言われます。厳格なトラップ大佐に軍人のように育てられていた子供たちは、破天荒なマリアと触れ合い、子供らしさを取り戻していくのです』
へーと、簡単なあらすじに生徒Xのことを忘れそうになる。気を引き締めて、再び耳を傾けた。
『ミュージックとタイトルにあるように、数々の歌と音楽が映画を彩ります。実は有名なドレミの歌は、この映画に使われている歌です。いまでは映画より歌の方が有名になってしまったのではないでしょうか。では、ドレミの歌の原曲をここで流したいと思います』
今のところ生徒Xの情報は出てこない。ただ、この紹介自体映画の観劇記録と言っていいのではないだろうか。
『ドレミの歌以外にも歌と映画は切っては切り離せないものです。例えば、最近の映画でいうと――』
歌が終わると、再び映画紹介に戻る。生徒Xの居場所とはまったく関係のない話ばかりになり段々と不安になって来た。
「もしかして、このまま終わり?」
「それはないさ」
とにかく終わるまでは確証は出来ない。再び耳を澄ませる。
『それでは、今日の映画紹介はここまでです。紹介していただいたのは、いつもお世話になっています。文芸部の南条葉月さん。今日は音楽といえばここ、ブロードウェイがニューヨークで最新映画をチェックしているそうです。ほな、急いでやってなー』
最後は明らかに持田先輩がトレジャーハンター部に向かって言っていた。
「いま、ニューヨークって!」
「というか、完全に名前言っていた!」
生徒全員が答えを知っているはずだ。場所まで名言している。まさか本当にニューヨークにいるわけがない。
地球の大陸を模した学園だ。ニューヨークと同じ位置にいるに違いない。
「急ごう!」
水上くんは立ち上がった。けれど、僕らはまだご飯を食べ終わっていない。急いで残りのおかずを口に押し込んだ。
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