広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第五章 生徒Xからの挑戦状編

第十五話 本当の目的

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 僕らは椅子を円形状に並べ、南条先輩を中心に座る。吉村さんも一緒だ。

「それで、南条さん。トレジャーハンター部に挑戦状を出した理由を教えてくれるかな」

 回りくどいことはせずに、津川先輩が南条先輩に尋ねる。

 南条先輩はまだ怯えている様子だったけれど、俯いたままゆっくりと口を開く。

「トレジャーハンター部というより、あなたに用があったのです」

「わたし?」

 手のひらで示されたのは倉野さんだ。こくりと頷く。

「もうすぐ冬休みです。それで、みなさん実家に帰られると思います」

 期末テストのことで頭がいっぱいだったけれど、数週間後には冬休みだ。それほど長くなくても、みんな実家に帰るに違いない。特にお正月はお年玉ももらえる。

「だけど、わたしは帰れないんです」

「帰れない? なんで?」

「じ、実は……」

 南条先輩は言い淀んでいる。何か深刻なことなのだろうか。もしかしたら、それが原因で言い出せなかったのかもしれない。僕らは固唾を飲んだ。

「母が里帰り出産するんです。それで、お前は学園から帰って来るなって」

 はぁーと僕らは息を吐く。おめでたいことで、何が彼女をここまでさせたか分からないような理由だった。

「あ! 十七も年下ですけど、母と再婚相手との子供ですから! その父ともほとんど暮らしたこともないこともあって、家には帰って来るなと言うことです!」

 確かに二年も寮生活していた南条先輩とその再婚した男性とは、ほぼ他人だろう。それで冬休みに二人きりにさせるのは、どんな事情でも心配にはなるだろう。

「それで、学園にいることはいいのですが、それはそれで怖いかと思いまして」

「怖い?」

「だって、生徒はみんな帰ってしまって学園には最低限の先生しかいないんですよ」

「……確かに」

 いくら生活するのが寮と言っても、あれだけ広い場所に一人というのは心細いだろう。いつもは、常に人が往来しているだけに余計に寂しさを感じてしまいそうだ。

「雪も積もるでしょうし……。だから」

 南条先輩はチラチラと倉野さんの顔を見る。

「わたし?」

「短い冬休みだから、彼女なら海外の実家にまで帰らないんじゃないかって思いまして。だからトレジャーハンター部の心をくすぐりそうな挑戦状を出して、仲良くなろうと」

 だが、その心はテストという壁によって固く閉ざされてしまったのだ。

「それに、向こうの方はクリスマスを家族と過ごすと決まっていると後から気づきまして……」

 さらに南条先輩の声はしぼんでいく。段々不憫になってきた。頑張って考えただろう挑戦状を無視されて、仲良くしたいはずの倉野さんからはタックルされている。

 だけど、こればっかりは僕らにはどうにも出来ない。僕は当然弟妹たちの面倒があるから必ず帰らないといけないのだし、男子よりも女子に側にいて欲しいのだろう。

 と、思っていたのだけど――

「そういうことなら大丈夫。今年は家に帰らない」

 頼もしそうに倉野さんが胸を叩いた。ちょっとまだ怯えたような表情で南条先輩は倉野さんに顔を向ける。

「……無理はしなくて大丈夫です」

「無理じゃない。毎日通話しているし、オパの調子はいい。それにこっちのお正月にも興味がある」

 確かに倉野さんにとって、日本でのお正月は珍しいだろう。

「そうですか。それなら」

 緊張していた南条先輩の表情が明らかに解けていく。

「三人で年越しね」

 そう言ったのは、意外にも吉村さんだ。みんなが注目する。

「実はわたしも帰って来るなって言われていて」

「えっ!」

「わたしの家、豪雪地帯だから。もし道が雪で埋まったら冬休みどころか春まで出られなくなっちゃう」

 さすがに春までは言い過ぎだろう。学園にも雪が降るが、豪雪というほどではない。もし大量の雪が降っても、先生たちが機械で除雪してくれるそうだ。

「良かったー。南条先輩が言ってくれないと気づかずに一人で年越しでした」

 その場合は二人でとなるのではと思ったけれど、吉村さんがニコニコと嬉しそうにしているので黙っている。

「年越しの準備をしないと」

「おそば、お願いしたら買っておいてもらえるはず」

「餅つきに興味ある」

 気づいたら女子三人で盛り上がり始めた。僕ら男三人はそっと席を外す。

 ふふと津川先輩が笑う。

「挑戦状の一件はこれでめでたしめでたしかな」

「そうですね。大変、踊らされましたけど」

「女子には勝てないなー」

 水上くんが両手で構えるポーズをする。なんだか倉野さんのタックルを思い出して、笑えて来た。

 だが、教室に帰ると笑えない状況が待っていた。期末テストの勉強である。

 ただ、これも次の日には解決策が見つかった。

 南条先輩も特別補修の常連だったのだ。しかも、教えるのが上手い。

「ここは、そう、その数字を」

「暗記が苦手なら、テスト範囲のよく間違える箇所をピックアップして語呂合わせをして」

 倉野さんだけは少し難航していたけれど、それだけはしょうがないだろう。他のテストは良い点数なのだし。

 テスト勉強を見てくれているのは、迷惑をかけたお詫びなのだそうだ。

 同じ特別補修を受けている吉村さんは、教えるのは苦手だそう。昼休みは好きなピアノを弾き、テスト勉強はほどほど。毎日予習復習しているから、それほど急いで勉強する必要はないそうだ。うらやましい限りだった。

 何はともあれ、南条先輩と仲良くしていることでマイナスだったトレジャーハンター部評判も無事にゼロにもどったのだ。

 こうして、生徒Xからの挑戦状と期末テストの赤点問題は揃って解決されたのだった。



 第六章につづく
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