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シルフ編
第六十五話 最初の島に上陸
しおりを挟む風に吹かれながら、わたしたちは少しだけしんみりしている。
「結局、三人だけになっちゃったね」
カカとムウさんがいなくなって、旅はわたしとイオとエルメラ、三人だけだ。
大騒ぎするのはいつもカカだった。わたしとエルメラもおしゃべりはするけれど、火が消えたみたいに静かだ。
「吾輩を忘れていないか、ユメノ」
「わたしも呼ばれれば、いつでも参上します」
そうだったと思い出す。サラマンダーは首を後ろに向けて話しかけてくるし、ノームもイオの精霊石の中から様子を見ているみたいだ。
イオの杖の精霊石は以前よりも濃い黄色になっている。ノームが宿っている証拠だ。
それでも寂しさはぬぐいきれない。しょんぼりしているわたしに気を使うように、肩に乗っているエルメラが話題を変える。
「シルフがすぐに見つかるといいね、ユメノ」
「すぐに見つかったら見つかったで、困らない?」
きっと、これまでのように大変な戦闘があるはずだ。
「でも、サラマンダーとノームまで味方にいるんだよ。この二人がいれば例え四大精霊の王のシルフだって怖くないよ!」
「うーん、そうだね」
わたしは一応頷くけれど、そう簡単に行くのだろうか。
サラマンダーもノームも、どちらも黒い影に憑りつかれていた。もしもシルフもあんな風に強い感情に支配されていたら、どう解決すればいいのだろう。ただ戦闘をすればいいというものじゃないことは、これまでの経験で分かっていた。
黒い花のように燃やせばいいっていうならいいけれど――
「見えて来たぞ。未開の地だ」
イオの言うことに考え事を中断させて、わたしも前を向く。未開の地は大陸の北東側。地図では雲に隠れて見えなくなっていた。
どんなところなのだろうと構えていたけれど、わたしは目の前の光景を見つめて口をあんぐり開ける。
「未開の地って……」
「ああ。空に浮いている浮島だ。大地自体が浮いていて、常人には簡単には進入出来ない」
驚くべきことに、そこにはいくつもの地上から切り離された島がいくつも浮いていた。これまでマグマだまりや土で出来た巨人を見て来たけれど、これほどの現実離れした景色は見たことがない。
「常人にはって……、人は住んでいるの?」
「まさか。行けるのは精霊使いぐらいだ。それも風の精霊使いじゃないと、あそこまでたどり着けないだろう。俺たちはサラマンダーに乗って行けるがな」
「なるほど」
わたしはイオの荷物を見つめる。だから、やけに量が多いんだ。食料も調達できないし、泊まるところもないなら持参するしかない。
というか、人がいない所では、お風呂には入れないし、紙芝居も披露できないじゃない。完全サバイバル状態。わたしはさっそく旅立ったことを後悔した。
サラマンダーは島の高度まで飛ぶと、島の間を風に乗って飛び回る。島々のほとんどは雲で覆われていた。
「いっぱい島があるけれど、どの島に行くの?」
「さて、シルフがいるかは分からないが、以前訪れたときにシルフと会った島に向かってみるか」
どうやら、ノームと会ったときにも感じたけれど、昔は精霊の王たちは仲良くしていたみたいだ。
「……それって何年前のこと?」
「確か、四百年前であった」
四百年前。そりゃサラマンダーから見たらあっという間の年月かもしれないけれど、今もシルフがその島にいるとは思えない。でも、他に手がかりはなかった。
「よし! 行ってみよう!」
「うむ!」
サラマンダーは羽を羽ばたかせて、さらに上空へと舞い上がった。
サラマンダーが降り立った島は、うっそうとした木々が生えていた。ノームの森とは違う、モミの木のような針葉樹林の森だ。わたしは少し歩くと、両腕をさする。
「うう。ちょっと冷えるね」
氷で覆われた精霊の海ほどではないけれど、上空だからか結構寒い。わたしはサラマンダーにピタッとくっついた。ほんのり暖かい肌が心地よい。
サラマンダーはあごに尖った指を当てる。
「さて。この島であることは間違いないが、どこを探したものか」
イオも視線を巡らせた。
「その前に、水の確保をした方がいいんじゃないか? シルフを見つけるのに、どれだけかかるかも分からない」
「そうだね。そうしよう」
イオの言うことにわたしも頷く。ノーマレッジでは彼らも生活に必要だから、水は少ししか分けてもらえなかった。水の確保が最優先。じゃないと、すぐに干上がってしまう。
上空からだと雲がかかってよく見えなかったけれど、水のせせらぎの音がどこからかした気がした。おそらく水はあるに違いない。
「では吾輩は一度、山に戻るである。何かあれば、すぐに呼ぶのだぞ」
「うん。ありがとう、サラマンダー」
サラマンダーは赤い光の玉になって、わたしの精霊石に吸い込まれていった。残ったのは、わたしとイオとエルメラだけだ。わたしたちは針葉樹の落ち葉をザクザク踏みつけながら奥へと進む。
「そういえば、今更なんだけど……。エルメラはカカと一緒に妖精の樹に残らなくてよかったの?」
カカだって妖精の仲間がいたら心強いはずだ。横を飛んでいたエルメラはあまり気にした様子もなく頷く。
「うん。カカとはちゃんと話したよ。わたしはユメノを導かないといけないんだって。おばばと、そう約束したんだって」
――おばばか。最初にわたしが召喚されたロオサ村のおばばのことだ。いまは、どうしているのだろう。数か月と経っていないのに、かなり昔のことのように思えた。
「ロオサ村がエルメラの第二の故郷ってことなのかな。ほら、妖精たちは実になっていて、風に飛ばされて散らばっていったでしょ」
きっとエルメラがあの実から出てきた場所が、ロオサ村なのだろう。エルメラはゆっくりと頷く。
「……うん。そんなとこ。だから、ユメノ。わたしはこの先何があってもずっと一緒だよ」
「うん」
ただ使命で付いて来てくれるだけじゃない。エルメラからの絶対的な信頼を感じた。わたしとエルメラの魂が結びついていとサラマンダーは言っていたけれど、なんとなくわたしにも感じる。わたしとエルメラは離れられない運命なんだって。きっと、エルメラもそう思っている。
ふと、前を歩いていたイオが立ち止まった。
「二人とも、静かに。水の音が聞こえる」
口元に指を当てて振り返る。わたしたちはすぐに黙った。耳元に手を当てて耳を澄ませるイオ。
「……あっちだ」
イオが右を向いて進みだした。歩いていくと、確かに水の音が聞こえてくる。さらに近づくと、ドドドッと音まで聞こえてきた。
「あ。滝だ!」
森が開けた場所に滝と滝つぼが見つかる。
これで水の問題は解決だ。――と、思ったのは一瞬のことだった。
「ユメノ! イオ! 精霊がいるよ!」
エルメラが対岸の方を指さす。そこには大きなカニが何匹も横歩きしている。わたしとイオは杖を持つ手に力を込めた。
「水の精霊みたいだね。でも、わたしの火力なら蒸発させちゃうんだから」
「待て。様子がおかしい」
精霊を呼び出そうとしていたわたしだったけれど、イオに止められる。どうしてだろうと思いながらイオの言う通り待機することにする。すると、カニの精霊たちはお腹を見せて、のんきに日向ぼっこをし始めた。
「え? 襲ってこない??」
イオは杖を引っ込める。
「どうやら、戦意はないようだな」
「戦意はないって、どうして?」
今までの野生の精霊はすべてと言っていいほど、こちらの存在を認めたら襲い掛かって来ていた。いきなり襲わなくなったのは、こちらとの実力差を感じ取ったとかいう訳ではなさそう。
「分からない。もしかしたら、未開の地だからかもしれない」
「未開の地だから?」
「ああ。人間がそもそもいない。だから、こちらを敵と認識しないのかもしれない」
「ふーん。人間を敵と認識しない、か。そんなこともあるのかな」
でも、そもそも精霊はどうして人間を敵だと思うようになったんだろう。精霊と話せるわけじゃないから考えても仕方ないけれど気になった。
「精霊が襲ってこないならちょうどいい。これからここを本拠地にして、この島を探索しよう」
イオは河原の石を並べて、火を焚く準備を始めた。
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