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シルフ編
第八十五話 遊びましょう
しおりを挟む黒い羽を生やしたルーシャは村の広場に、音もなく降り立つ。村人たちは騒動に気づいていて、男たちは武器を持ち、ルーシャの家へ向かっていた。だから、広場にいたのは女性や子供ばかりだ。
「みなさま、ごきげんようですわ」
広場の中央でルーシャは頭を丁寧に下げる。すると、ルーシャを中心にして風が吹いた。やっと、その場にいた人々が振り返る。
「え、だ、だれ?」
「その羽? まさか黒い風の……」
ルーシャと同年代の女の子たちが、怯えた視線を向けてくる。
「あら? 誰とは失礼ですわね。わたくし、ルーシャですわ。融合出来ましたの。さぁ、これで仲間はずれはなしですわ。これで遊んでくれますわよね」
ルーシャは黒いオーラをまとったまま、にっこり笑う。その場にいた人々はすぐに顔を真っ青にした。
「みんな! 逃げるの!」
「あら、遊びましょうと言っているじゃありませんの。小さいときは遊んでくださいませんでしたけど、今なら遊んで下しますでしょう?」
女の子たちが走り出すが、風に乗ってルーシャが先回りする。羽ですくいあげるような仕草をした。すると、彼女たちを風に乗せて、空高く舞い上がっていく。
「きゃあああ!」
「アハハハハ! ほら楽しいでしょう?!」
屋根よりずっと高いところにまで行くと、巻き上げていた風が止む。当然、女の子たちは真っ逆さまに落ちて行った。だが、地面に激突する前に自分の精霊たちとなんとか融合して、空に浮かんだ。二人は抱き合うように震えながら支えっている。
「ル、ルーシャ、止めてよ。ご、ごめんなさい。謝るから!」
「そ、そう、子供のときから、できぞこないだなんて、あなたを笑って、仲間はずれにして。謝るから、もう止めて」
引きつった顔で女の子たちは必死に頭を下げる。それでも、ルーシャは怪しく笑った。
「あら? わたくし、謝って欲しいだなんて一言も言っていませんわ。ただ、遊んで欲しいだけですの。さあ、遊びましょうよ。遊べないなんてもう言いませんわよね」
ルーシャは羽の一枚を女の子たちに向かわせる。翼が生えていても、それを避けることは不可能だ。
「ルーシャちゃん!」
ガガガガッと音が鳴り、ルーシャの羽に白い矢が何本も刺さる。女の子たちに向かっていたが、軌道を変えられて逸れた。女の子たちは涙目で後ろを振り返った。
そこにはサラマンダーの背に乗ったユメノが弓を構えている。
「巫女さま!」「助けに来てくださったのですね!」
「いいから。早く安全な所へ」
ユメノが厳しい声で指示すると、きまり悪そうに女の子たちは村の方へと降りて行く。ルーシャは伸ばしていた羽をしまった。
「あら、ユメノではありませんの」
「ルーシャちゃん! 助けに来たよ!」
「助けに? 何を言っていますの? でも、そうですわね。よく、来てくださいましたわ。わたくしの遊び相手になるのは、やっぱりユメノしかいませんものね!」
ルーシャは黒い羽を大きく、広く伸ばした。
◇◇◇
わたしを背に乗せたサラマンダーは、ルーシャちゃんを追って空に舞い上がる。
「ユメノよ! 声をルーシャに届けるのだ! 吾輩に届いたのであるから、ルーシャに届かぬはずがない!」
「うん!」
わたしはしっかり頷く。それしか手はないだろう。髪に掴まっているエルメラが不安そうに尋ねてくる。
「でも、歌を歌ってもきっとルーシャには……」
ルーシャちゃんには歌ではきっと効果はない。今回は精霊に声を伝えるわけじゃない。一対一の人間同士。ただ、心地よい声を出しているだけじゃダメだ。
小さくなったシルフも一緒にいる。
「ルーシャもああしているけれど、影を追いだすために心の中では戦っているはずだよ。声援を送ろう」
「うん! 絶対!」
ルーシャちゃんが影を追い出してくれれば、シルフが後はどうにかしてくれるはずだ。
「さぁ、遊びましょう」
だけど、どう声を掛ければいいのだろう。とにかく、何でも言ってみるしかない。
「ルーシャちゃん! 気をしっかり持って!」
「何を言っていますの? わたくしは、しっかりしていますわ!」
声掛けにはまともに答えず、ルーシャちゃんは黒い羽を大きく羽ばたかせる。黒い羽がひとたび羽ばたくと、やはり凄まじい風が吹き荒れた。
「吾輩がこの程度やられると思っておるのか!」
サラマンダーは向かってくる風を避けながら、ブレスを吐いた。炎のブレスの勢いで、ルーシャちゃんの風を何とか相殺する。黒い羽が一枚燃え落ちた。
「やった!」
さすがはサラマンダーの炎だ。わたしは思わず拳を握る。もしかしたら、全部の羽を燃やしたらルーシャちゃんも元に戻るのではないだろうか。
しかし、そんな考えは甘いとすぐに思い知らされる。ルーシャちゃんはその今も燃えている羽を別の羽で自ら落とした。
「羽なんて、いくらでも再生できますわ」
ばさりと同じ場所に黒い羽がまた生えて来くる。
「……そんな」
でも、まさかルーシャちゃん本体を攻撃するわけにはいかない。
「さあ、遊びましょう」
また同じ合図だった。ルーシャちゃんの八枚の羽が一斉にこちらに向かって来る。
「これは、まずいである!」
サラマンダーは必死に空を飛んで、襲い掛かってくる羽を避ける。けれど、相手は風そのものと言ってもいい。向こうの方が断然早い。
「のろまさんですわね。こちらですわ」
手を叩いたルーシャちゃんが、サラマンダーの横を悠々と飛んでいた。わたしはサラマンダーの背中にしがみつくので必死だ。そこに羽が襲い掛かる。
またクスクスとルーシャちゃんは笑う。
「あらあら。背中を丸めて、カメさんのようですわね」
サラマンダーがかばってくれるけれど、襲い掛かってくる風で身体が痛い。
「ルーシャちゃん! 目を覚まして! こんなことして何になるの?!」
「そうだよ、ルーシャ!」
わたしとエルメラは猛烈な風に耐えながら、必死に声を掛ける。だけど、ルーシャちゃんは口元を釣り上げて笑う。
「何にって、遊んで楽しむ以外ありませんわ」
どうすればいいのだろう。遊びに満足すれば影は消えるのだろうか。でも、その前にわたしたちが倒れてしまう可能性の方が高い。
「サラマンダー! こっちへ!」
イオの声だ。声の方向を見ると、かなり上空だというのに岩を高く積んだ頂点に立っている。ノームが協力しているのかもしれない。剣を構えていた。
「うむ! 任せたまえ!」
サラマンダーは急ブレーキをかけた。そのまま、後ろ足でルーシャちゃんのことを蹴る。
「何をしますの!」
蹴った先にはイオが待ち構えている。
「ハアッ!」
イオは剣を振って、ルーシャちゃんの八枚の羽を一刀両断にした。
「きゃああ!」
羽を失ったルーシャちゃんは落下していく。
「ルーシャちゃん!」
「ユメノ! 声を掛けろ!」
そうだ。ルーシャちゃんは羽を再生できる。でも、羽を斬られた今なら声が届くかもしれない。サラマンダーが気を効かせて、落下するルーシャちゃんの近くまで飛んでいく。
「ルーシャちゃん! 元のルーシャちゃんに戻って! ルーシャちゃんはわたしの大切な友達だよ!」
エルメラも一緒に叫ぶ。
「そうだよ! わたしもそうだよ! わたし、ユメノ以外に仲のいい女の子ってルーシャぐらいしかいないんだもん!」
「ユメノ、エルメラ……」
薄っすらと目を開けて、ルーシャちゃんはこっちを見る。もしかして、声が届いたかもしれない。そう思ったけれど……。
「最初から何でも上手く行っていた、あなた達にわたくしの気持ちなんて分かりませんわ!」
「ルーシャちゃん!」
ルーシャちゃんは羽をまたバサリと一気に生やして上空へと飛び立つ。
「待って!」
サラマンダーも懸命に追いかけてくれる。
「さあ、ユメノ。遊びの続きをしましょう。今度は本気の遊びですわ」
「本気の……?」
ルーシャちゃんは天高く、杖を掲げる。
「わたくし、分かりましたの。自分のことが」
杖に緑色の光が集まり、武骨な柄に変化していく。
「ユメノのような繊細なイメージをすることは向いていませんの。そもそも、ちまちました遊びは楽しくありませんわ。でも、豪快な力なら」
巨大な、ルーシャちゃんの身の丈よりも大きな刃が現れた。
「誰にも負けませんわ!」
その手に現れたのはエメラルドに光る大斧だった。
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