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シルフ編
第八十七話 声よ、届け
しおりを挟む「ルーシャ……」
ザックさんは、遠くでサラマンダーと戦っているルーシャちゃんを見つめている。
「巫女さま、ルーシャは」
「うん。いま、戦っているところ。あの大斧に精霊石がはめ込まれているでしょ? そこにわたしが近づいて、ミルフィーユを呼び出す。それが今のところ唯一できること」
「ミルフィーユを? そんなことで、ルーシャに勝てるのですか?」
「分からない。でも、他に方法はないんだ」
そう。他に手立てはない。ルーシャちゃんは自由に空を駆けることが出来る。そのうえ、天候さえ自在に変化させることも出来る。圧倒的な空の支配者なんだ。
わたしやサラマンダーでは簡単には勝てない。
「シルフが言っていた通り最強だよ。ルーシャちゃんは」
わたしを掴んでいるザックさんの手に力がこもる。答えるように、わたしもザックさんの手に力を込めた。
「では、わたしたちは巫女さまがルーシャに近づくための手助けをします」
「うん! よろしく!」
「みな、行くぞ!」
後ろに待機していた村の男の人たちが、ザックさんの号令で武器を構えてルーシャちゃんに突進していく。
「何ですの? みなさん揃って。やられに来たのですわね」
ルーシャちゃんは向かって来る男の人たちが近づく前に、自らその懐に潜り込む。
「ひっ!」
悲鳴を微かに漏らすと、大斧で上からバッサリ斬られてしまう。
「くっ! 一人でかかるな! 複数人で飛び掛かれ!」
ザックさんの言う通り、男の人たちは三人一組ぐらいになって、ルーシャちゃんに飛び掛かる。
「あら。ちょっと厄介ですわね。でも――」
ルーシャちゃんは一人攻撃を避け、一人の攻撃を受け止め、その防いだ大斧で斬り返す。空での戦いに慣れているはずなのに、誰もルーシャちゃんのスピードには敵わない。
わたしはグッと隙が出来ないか見ていることしか出来なかった。
「ユメノ! 無事か!?」
「サラマンダー!」
わたしは迎えに来たサラマンダーの背中に乗る。
「ホムラ! フォーム、アロー!」
ホムラを再び弓にして、わたしも攻撃に参加しようとする。しかし、その弓を押さえる手があった。ザックさんだ。
「巫女さま。お願いがあります」
「……なに? ルーシャちゃんを殺すなんてことしないよ?」
わたしが不満を込めて言うとザックさんはふっと笑った。
「ありがとうございます。妹を大事にしてくれて。しかし、それでは傷ついた者たちに示しがつきません」
唐突な言葉にわたしは目を見開く。
「そんな!」
「だから、わたしが止めます。ルーシャが止まったら、巫女さま、後はよろしくお願いします」
「ザックさん!?」
あの縦横無尽に駆け回るルーシャちゃんをどうやって止めると言うのだろう。何か策があるのだろうか。わたしが何か言う前に、ザックさんは羽ばたいて行ってしまった。
◇◇◇◇
ザックはルーシャのもとに向かう。すでに村の男たちの半分以上は地に落ちていた。下を見ると、イオが土の手で受け止め、簡単な手当てをしている。
「あーははははッ! 誰もわたくしを止められませんわ!」
ルーシャはそれでも高笑いしていた。
どうして、自分の妹はこうなってしまったのだろうか。いや、おそらくは自分のせいだ。
ザック自身が身に染みて分かっていた。
昔、シルフが村の村長だった頃、ザックは告げられたのだ。ルーシャは強い力を持っている。だから、それを自らを怖がり融合出来ないのだと。それを聞いたザックはまだ子供で、ルーシャに嫉妬してしまった。
本来、村長はザックにルーシャを守って欲しいと思って知らせたのだろう。しかし、逆にザックはルーシャに冷たく当たるようになったのだ。いつまで経っても力の片鱗を見せないルーシャにいらだちもした。
そのうえ、村長がシルフになり、ルーシャを選んだときも納得いかなかったのだ。
しかし、目の前のルーシャは――
「本当に聞いていた通りだったのだな」
ルーシャは自分に歩み寄ろうとしていたが、それすらも跳ねのけてしまった。ザックは責任を取らなければならない。妹を歪んだ化け物にした責任を。
「ルーシャ! わたしが相手だ」
「あら、お兄さま……」
ルーシャは表情をゆがめる。泣く寸前のような顔だ。しかし、すぐにニッと口角を上げる。
「お兄さま如き、わたくしの相手が出来ますの?」
ルーシャが大斧を構えて飛んでくる。何とか風で相殺出来れば対抗できるかもしれない。でも、それではダメなのだ。ザックは槍を手放した。
「え?」
ルーシャは目を見開く。大斧はザックの腹に深々と突き刺さっていた。血も滴り落ちている。それでも、ザックは大斧にしがみついていた。
「な、なんですの!? 離してくださいませ!」
「だめだ。この斧でもう誰も傷つけさせはしない」
ザックはいくら振り落とされようとしても身体を離さない。
「ルーシャ、ごめんな。本当にごめん」
「お兄さま……」
大斧に込めたルーシャの力が弱まる。
◇◇◇◇
サラマンダーは急いで、ルーシャちゃんたちのもとに飛んでいく。
「ザックさん!」
ザックさんが命をかけて作ってくれたチャンスを無駄にしてはいけない。サラマンダーに気づいたルーシャちゃんが動き出した。
「は、離してくださいませ!」
ルーシャちゃんは大斧を動かして、ザックさんを引き離そうとする。でも、ザックさんはがっちり掴まえて離さない。間違いなく、わたしのために止めているのだ。
わたしはサラマンダーの背中から飛び降りた。大斧に飛び乗り、ルーシャちゃんの精霊石に触れる。
「ミルフィーユ! お願い、出て来て!」
精霊石が一層、緑色に光った。緑の玉が精霊石から出てくる。それはすぐに小鳥の姿に――
「あれ?」
小鳥にしては大きい。わたしとルーシャちゃんは、ポカンとその姿を見つめた。ミルフィーユはその純白の羽を広げる。首も長くて、くちばしも大きい。
「ミルフィーユ……。白鳥に」
それは間違いなく、白鳥の姿だった。ルーシャちゃんが呼び出して、言霊で強化した姿でもある。
「わたくしじゃなくて、ユメノが呼び出したから」
ルーシャちゃんはぎゅっと大斧の柄を握り込む。だけど、すぐに何かに呼び掛けられたように顔を上げる。
「ミルフィーユ?」
ルーシャちゃんとミルフィーユは見つめ合う。エレメンタルハーフとそのパートナーの精霊は言葉を交わすことが出来るらしい。ミルフィーユが何か話しかけているのかもしれないと思った。
◇◇◇◇
辺りは真っ暗な闇だ。そこで、ルーシャはしゃがみ込み、膝を抱えている。
「ルーシャ、いったい何をしていますの」
「ミルフィーユ」
大きな羽を持った純白の服を着た女の子、解放した姿でミルフィーユは立っている。
「そこで縮こまっていても、何も始まりませんわ。シルフの影に自我を乗っ取られたままですのよ」
「……わたくしは弱いですの。影の言う快楽に任せて、ザックお兄さまを……」
シルフの影は辛いことなど忘れて楽しみましょうと、心の中のルーシャに直接呼び掛けてきたのだ。その圧倒的な誘惑に、ルーシャは簡単に負けてしまった。
「しかもまた、ミルフィーユをユメノに取られてしまって」
ミルフィーユは首を横に振る。
「それは違いますわ、ルーシャ。ユメノと最初出会ったときは、あなた調子に乗っているようだったから、わたくしがお灸を据えようとしたの。今回はあなたにわたくしが必要だったからですわ」
「ミルフィーユが必要?」
ルーシャの問いかけにミルフィーユは頷く。
「ええ。ルーシャ、ごめんなさい。今まで辛かったのは、ルーシャのせいじゃないの。わたくしがあなたを選んだから。だから、村の人たちはあなたに辛く当たった」
「ミルフィーユが選んだ?」
はじめて聞く話だ。パートナーの精霊は生まれたときから、ずっと一緒にいる。一緒に生まれるものだと思っていた。
「わたくしは元々力の強い精霊。あなたが生まれたとき、村の近くの風に乗って過ごしていましたの。そこであなたを見つけた。他にもあなたとパートナーになりたいという精霊はたくさんいましたわ。でも、それを跳ねのけて、わたくしがあなたのパートナーになった」
「どうして?」
赤子のルーシャに力があったわけではない。ミルフィーユは口元を緩める。
「だって、あなたの笑顔がとても楽しそうだったから」
「ミルフィーユ」
ルーシャの頬に手を触れるミルフィーユ。
「ごめんね、ルーシャ。あなたのコントロールしきれない力の原因はわたくしなの」
そのままミルフィーユはルーシャの手を取る。ルーシャの目から、涙がこぼれ落ちた。
「わたくし、自分の力が嫌いでしたわ。でも、ミルフィーユがいたおかげで村を出て、ユメノともエルメラとも出会いましたの。二人はわたくしのことを友達といってくださいますの」
「ええ。三人で笑っているときが一番ルーシャらしいですわ。さあ、立ち上がって。みんなが待っている。大丈夫。わたくしがついていますわ」
ルーシャは顔を俯けたまま、すぐには立ち上がらない。
「でも、みんなを傷つけてしまって……」
「確かにしてしまったことは、元には戻りませんわ。でも、あなたには闇を晴らす力がある」
ルーシャは辺りを見る。暗い闇はルーシャの心ではない。ここは、シルフの影の中なのだ。
「さあ、ルーシャ」
「ええ。ミルフィーユ」
ルーシャは立ち上がり、ミルフィーユを抱きしめた。
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