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シルフ編
第八十八話 運命
しおりを挟むしばらく、空中に留まったまま、ルーシャちゃんが動かなくなった。
なんとかわたしはザックさんをサラマンダーの背中に移動させる。ザックさんの傷は深く、早く村へ手当てに行かなければならないけれど、ルーシャちゃんに背中を向けることはできない。
ミルフィーユの大きな羽に包まれているとはいえ、まだ黒い羽は消えていなかった。シルフが願いを込めて言う。
「大丈夫。ルーシャなら、きっと」
「うん。そうだよね」
ルーシャちゃんは優しい子だ。わたしのことを何回も助けてくれた。本来ならあんな歪んだ笑みを浮かべるような子じゃない。笑顔が似合う女の子なのだ。
そのとき、戦いの間中、ずっと吹き荒れていた風がピタリと止んだ。
「どうしたというのだ」
サラマンダーも辺りに首を巡らせて、不思議そうにしている。すると、強い風の代わりにルーシャちゃんから優しい風が吹き始めた。二つのみつあみを揺らして、エルメラが指をさす。
「あ! ルーシャが!」
「わぁ」
一応、まだ戦闘中だって言うのにわたしは感嘆の声を上げた。ルーシャちゃんにミルフィーユが重なり、二人は一つになる。それと同時に、ルーシャちゃんの背中から生えていた八枚の羽が白く染まっていく。興奮したように、シルフが叫ぶ。
「ルーシャが心の中で影を浄化したんだ!」
「すごいよ、ルーシャちゃん!」
大きな二枚の白鳥の羽がルーシャちゃんから新しく生える。他の羽はルーシャちゃんから離れて丸い球体の中に納まった。いつも精霊石から精霊が現れるときに浮かぶ球体とそっくりだ。
同時にルーシャちゃんは大きな瞳を開けた。
「シルフ! シルフの力ですわ! 受け取ってくださいませ!」
ルーシャちゃんが手の平でシルフの方へと球体を押しやる。シルフは風に乗って、球体の方へと飛んでいく。
「ありがとう、ルーシャ」
今度は球体とシルフが重なる。緑色の風が吹き荒れた。
「これが、本当の僕の姿だ。三百年ぶりに取り戻した」
そこには八枚の白い羽を生やした、男性とも女性ともつかない大人の人が浮かんでいた。神々しくも見える姿を見て、わたしは息をつく。
「やっと、終わったんだ」
でも、全てがめでたしめでたしとはいかない。
地上に戻ると、村はめちゃくちゃになっていた。村の人たちの疲労はたまっている。それでも、もうシルフの影が現れないと知ると、安堵の表情を浮かべていた。
シュルカさんも自分がシルフの影に憑りつかれていたことに、ショックを受けていた。けれど、動けない身体でも村の人たちに声を掛けている。
そして――
「ザックお兄さま……」
ルーシャちゃんは横たわるザックさんの手を握る。村の広場の中央、ザックさんは目を閉じたまま。胸には深い傷を負っていた。薬箱を持ってきた女の子も、どうしようもない様子で立ったままだ。
ザックさんは薄っすらと目を開けて、虚ろな瞳で空を見ている。
「ル、ルーシャ。よ、良かった。ごめんな。本当は、お前は自慢の妹だよ……」
「そ、そんな! そんな言葉なんていりませんわ!」
ザックさんだけに認められたかったルーシャちゃんは、願いが叶っても悲しみの涙を流している。わたしはグッと拳を握った。ザックさんをサラマンダーの背中から移動するときから考えていた。ザックさんを助けるにはこの方法しかない。
「ルーシャちゃん、わたしに出来るかは分からない。けど、このまま見ていることなんて出来ない!」
「ユメノ?」
「傷を焼こうと思うの」
わたしがそう宣言すると、周りがざわついた。
「傷を焼く? 確かにそれ以外に方法はない」
「けれど、あれだけ深い傷だぞ? それに、もう……」
確かに焼いて塞げる深さではないし、血を流しすぎている。助かる見込みは少ない。
だからこそ、急がないといけないんだ。
「ホムラ!」
精霊石から炎の蛇が出て来る。解放はさせない。わたしは額に汗をにじませて、深呼吸をした。
「いいか。これから、手術を始める」
海外ドラマの女医さんの声を意識して、慎重にコントロールを心がける。
「丁寧に傷を縫い合わせていこう」
ホムラは身を細くして、ザックさんの傷を這っていく。
ゆっくり、じりじりと。
焼きすぎないように、でも傷をしっかり塞ぐように――
「よし。いいぞ、ホムラ」
斜めに入った大きな傷。ホムラが完全に通り過ぎると、もう血が出て来ることはない。
「う、はっ……」
それでも、ザックさんは苦しそうだ。
「すぐに治療をして!」
傷を塞いだだけでは、助かったとは言えない。ザックさんはすぐに家の中に担ぎ込まれた。わたしは額の汗を手の甲で拭う。
「ユメノ……。ありがとう」
ぽろぽろと涙をこぼすルーシャちゃんは、ボロボロでまるで迷子になった幼子のようだ。エルメラがその頬を両手で抱きしめるようにくっつく。
「良かったね、ルーシャ」
ルーシャちゃんは、シウンの村を見下ろせる場所に立っていた。
「お兄さま、わたくし、旅立ちますわ」
ザックさんは目を覚ましていない。けれど、あの日よりも健やかな呼吸をしている。なんとか、命だけは助けられたのだ。ルーシャちゃんの髪が風に揺れる。いつものようにハーフアップの二つのお団子にしていた。
「何か運命のようなものがあると思うのです。わたくしが人より大きな力を授かったことも、ユメノがこの世界にやって来たことも」
確かに、ノームが黒い花の言うことに憑りつかれ始めたのも、三百年という長い時間から考えると最近のことだ。わたしがイオと出会ったことも、ルーシャちゃんと出会ったことも、何か運命的なものを感じる。
いや、そもそもエルメラに呼び出されたことだって――
精霊の王は四人中三人が仲間になった。残りは水の精霊の王ウンディーネ。
「行きましょう、みなさん」
振り返ったルーシャちゃんの瞳は、決意と覚悟が宿っている気がした。わたしたちは一路、ウンディーネがいると言う精霊の海へと旅立つ。
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