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ウンディーネ編
第九十話 情報収集
しおりを挟む結局、これまで大人しかったカニがなぜいきなり襲いだしたのかは分からない。シルフに聞いても、原因は分からないと言っていた。なんだか胸騒ぎがする。精霊の王たちに異変があったときと似ている気がした。自然の王たちですら手の届かない場所で、得体のしれない動きをしているような。
以前は人間とは仲良くしていたのに、精霊の王たちは人間を襲うようになった。感情の高ぶりに任せて。そのときは、月がなくなったと言っていたけれど、今回のことに原因があるとしたら精霊の王たちが正常に戻ってきていることだ。
「兄さん! ユメノさん! おかえりなさい!」
ノーマレッジにつくと、さっそくジュリさんが迎えてくれた。
「ただいま、ジュリ」
「どなたですの?」
イオの態度がいつもより柔和なことを不思議に思ったのだろう。ルーシャちゃんがわたしにこっそり耳打ちして来た。
「イオの生き別れていた妹だよ」
「そうですの」
少し寂しそうな表情をするルーシャちゃん。もしかしたら、眠ったままのザックさんのことを思い出しているのかもしれない。
「じゃあ! ルーシャにノーマレッジを案内するね!」
気を遣ったのだろう。エルメラが人一倍元気に飛んでいった。
だけど、わたしとエルメラもびっくりした。少し離れていた間に、ノームとの闘いで荒れ果ていていたノーマレッジは激変していたんだ。
妖精の樹を中心にして、木造の建物がたくさん建っている。周りも畑があって、豊かな農村といった雰囲気になっていた。もちろん、まだ緑は少ないけれど、きっとこれから豊かになっていくだろうという芽生えを感じる。
「巫女さま! おかえりなさい!」
「ただいま!」
村の人たちがわたしに気づいて、あいさつしてくる。みんな、元気そうだ。ここが故郷というわけじゃないけど、何か月も過ごした場所だ。村の人たちも顔見知りが多い。おかえりって言われると何だか落ち着ける場所のように感じる。
「畑作りをしているんだね」
「ええ。宝石はもう取れなくなってしまいましたから、加工できる職人は他の都市に移って行きました。でも、ここはやはり肥よくな土地で作物がよくなりますよ」
身体や手は泥にまみれているけれど、その顔はとても充実していた。人が住みやすいように、ノームが土に何かしているのかもしれない。元々ノーマレッジは花にあふれた町だったけれど、畑の端では可憐な花が揺れている。
「地味だけど、良い村ですのね」
ルーシャちゃんも気にいったようだ。
「おお! イオ、ユメノ、エルメラ! 帰って来たのか!」
「カカ!」
ノーマレッジに残っていた妖精のカカが飛んで来た。珍しくイオが笑みを浮かべる。
「元気だったか?」
「おう! 俺も妖精の樹を復活させるために旅に出ていて、この前戻ってきたばかりだ。すごいんだぞ! ここの妖精の樹には、妖精たちがたくさん帰ってきているんだ!」
「そうなんだ! 良かったね!」
妖精たちは母親である妖精の樹から旅立つと、生命力を集めて来て、戻って来るのが習わしらしい。以前、妖精たちが旅立つ様子は幻想的だった。
「この前、旅立った子たちがもう帰ってきているの?」
「いいや。あいつらはまだ赤ん坊だ。妖精はだいたい、五十年ぐらいで成人するからな。それ以前に旅立っていた子たちが帰ってきているんだ! みんな、他の妖精の樹のために働いてくれているんだぜ!」
カカの言うことにわたしは驚いた。妖精は五十年で成人。それなら――
「カカとエルメラって、五十年以上生きているってこと?」
「そうだぞ! な! エルメラ! 俺たちの方がユメノたちより、ずーっと年上なんだ!」
「う、うん」
エルメラは微妙な表情をする。女の子の年齢なんてあまり詳しく聞かれたくないのかもしれない。
「でも、良かった。みんなが元気そうで」
わたしがそう言ったときだ。
「おいおい、俺たちを忘れていないか?」
振り返ると、カッツェとムウさんがこちらにやって来ていた。
「二人ともノーマレッジにいたんだね」
「まあな。以前と違って精霊たちは襲って来るようになったし、村はまだまだ仕事がたくさんあるしな」
カッツェの言う通り、工事をしている場所はたくさんある。でも、やっぱり精霊は人を襲うようになったんだ。以前のきらびやかなノーマレッジのときは、共存していたのに。
カッツェはわたしに急く様子で詰め寄って来た。
「それで、シルフはどうなったんだ? シルフを倒しに行ったんだろう」
「カッツェさん、恐らく彼女が」
ムウさんがルーシャちゃんの方を示す。ルーシャちゃんはスカートの端を持って、ちょこんと会釈をする。
「初めまして、わたくしはルーシャと言うものです。シルフはわたくしと共にあります」
「やあやあ。よろしくね。君たち」
ルーシャちゃんの杖の精霊石は、緑色に光り、シルフの声が軽い調子で聞こえた。
わたしたちは連れ立って村の中へと歩いていく。
「巫女さまー。おかえりなさい」
「また、紙芝居してー」
ノーマレッジの子供たちが近づいてくる。以前はよくエルメラと一緒に紙芝居や物語を語ったりしていたから、子供たちにはすごく懐かれていた。
「うーん。紙芝居は埋まっちゃったからなぁ」
家ごと埋まったので掘り起こすのは不可能だ。
「後で物語を朗読するね」
「では、わたしは演奏をいたしましょう」
「やったー!」
ムウさんがそう言うので、子供たちは喜んで駆けて行った。カッツェが背後を指さす。
「立ち話も何だ。向こうに宿屋が出来たんだ。そこで話をしよう」
一緒に向かってみると、木の匂いが立ち込める暖かな雰囲気の宿屋だった。一階には食堂があり、昼時からはずれているので客はほとんどいない。
テーブルに並ぶのは、わたしとイオとルーシャちゃん、カッツェとジュリさんとムウさん。エルメラとカカもいるし、サラマンダーたちも見ているから結構な大所帯だ。
でも、これだけいれば何かいい案が浮かぶかもしれない。
「それじゃ、イオとユメノの帰還を祝して。乾杯!」
カッツェが音頭を取り、わたしたちは飲み物が入ったグラスをぶつけ合う。
「かんぱーい……って! それどころじゃないでしょ! ウンディーネを早く見つけなくちゃ!」
わたしは一人だけグラスを置いて立ち上がった。しかし、ちっちっちとカッツェが舌を鳴らす。
「そりゃ、これだけ精霊の王が揃ったならウンディーネを探しに行かなければならいさ。必然ってものだろう。でも、休息も必要だとは思わないか? これまでずっと戦い通しだったんだろ?」
「そうだけど……」
わたしは釈然としないまま椅子に座る。確かにスポーツ選手だって、サラリーマンだって休まないとやっていられない。声優だって例外じゃないし、精霊使いもそうだろう。
「でもなぁ」
どうにも落ち着かないのだ。精霊の王たちの眼の行き届かないところで、精霊たちが動き出している。そうひしひしと感じて、気が急いてしまうのだ。
「ユメノ。気が急くのは分かるが、相手はウンディーネだ。より慎重に事を進めた方がいいだろう」
「イオ。でも……」
「忘れたのか? 精霊の海ではサラマンダーは飛べないし、ユメノの火の精霊は力を弱めてしまう」
「そうだった!」
全力が出せないということは、イオとルーシャちゃんに頼り切りということ。ちらりとルーシャちゃんの方を見る。ルーシャちゃんは髪をかき上げて鼻を高くした。
「ふふん。ユメノは大人しくしていなさいな。わたくしがちゃっちゃっと、ウンディーネを鎮めて見せますわ」
「うむむむ」
鼻をつんと上げるルーシャちゃんはいつも通りだけど、本当にそうするしかないからちょっと悔しい。イオが腕を組んで考え込む。
「しかし、まずはウンディーネの居場所を突き止めなくてはならない。氷ばかりの精霊の海を当てもなく、さ迷うわけにはいかない」
「わたしにあてがあります」
そう言って手を上げたのはムウさんだ。全員がムウさんを注目する。
「わたしが精霊の王たちを信仰する一族だというのは、覚えていますでしょうか」
「うん。……それで、迫害を受けたって」
目が見えなかったムウさん。それも、精霊たちを暴れさせる精霊の王を信仰していたからだというから酷い話だ。
「信仰の厚い一族は、わたしの一族だけではありません。精霊の海、ウンディーネに近い場所にもそのような村があると伝え聞いています。……大体の場所しか分かりませんが」
「本当、ムウさん!?」
まさか、あんなに凍ってしまうほど寒い精霊の海に村があるとは思わなかった。
「じゃあ、次の目的地はそこだね!」
わたしの肩に乗るエルメラが元気に言う。すると、しょぼんとカカがテーブルに降り立った。
「イオたち、もう行っちゃうのか……」
「もっとゆっくりしても……」
ジュリさんもしょんぼりしている。やっとお兄ちゃんが帰ってきたと思ったのに、また出て行ってしまうのだから無理もない。
そのとき、隣のテーブルから声がかかる。
「話は聞かせてもらいました」
「誰?」
五人の男女の知らない人たちだ。イオも首を捻っている。精霊石のついた杖を持っているから、たぶん精霊使いだと思うけれど。糸目の素朴な雰囲気の男の人が立ち上がる。
「おらたちはノームの樹木にされていた精霊使いですだ。巫女さまたちに解放していただいて、とても感謝しているのですだ。だから、感謝のしるしとして、おらたちがその村を探してくるだよ」
「え!」
確かに村の場所だけでも突き止めてくれたら、とっても助かる。
「でも、いいの? 精霊の海ってとっても寒いけれど」
「大丈夫ですだ。おらたち、ノーマレッジに来る前はウンディーネを探しに精霊の海に入ったこともあるですだ」
わたしはイオやルーシャちゃんの顔を見る。すると、二人ともうんと頷いた。土地勘があるなら、わたしたちよりきっと村を見つけやすいはずだ。
「じゃあ、お願いね!」
しばらくはノーマレッジで過ごすことになりそうだ。
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