声優召喚!~異世界に召喚された声優は最強の精霊使いです~

白川ちさと

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ウンディーネ編

第九十八話 選ばれし巫女

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 エルメラは三人が引きずりこまれた湖面を見つめて震える声でつぶやく。



「もう、みんなに会えないの……?」



 しかし、よく見ると水の底に何かが揺らめいていた。



「なんだろう」



 ゆらゆらと人影が揺れている。顔を近づけてよく目を凝らしてみると、ぼんやりとだが森の中に誰かがいる。



「あれは、……わたし? それと、お父さん、お母さん……」



 今はもういない二人。エルメラは食い入るように、懐かしい揺らめきを見つめる。




 ◇ ◇ ◇





 ウンディーネの神殿にいたはずなのに、ここはただの幻なのだろうか。わたしは隣を歩く二人のことを考える。背の高いあごひげの生えた男性に、髪が波打っている優しい顔の女性。この二人がエルメラのお父さんとお母さんらしい。

 でもエルメラは妖精だ。妖精は普通、妖精の樹から生まれるはず。

 わたしは、そういえばと思い出す。要塞都市ゲーズで水の精霊に話しかけるとき、エルメラからお母さんの話を聞いた。

 あのとき即興で作られたお母さんの話だと思っていたけれど。妖精は生まれる前に世界に放たれるから、あれは妖精の樹の話ではない。

 ということは、わたしが若返っていたと思っていたこの身体。これは、元々エルメラのものだったということなのかもしれない。見た目が似ているから、魂も似ていてわたしが選ばれたのかも。

 でも、エルメラはどうして妖精になったのだろう。わたしを異世界から召喚したからだろうか。そもそも、水の中に落ちたはずなのに、どうしてこんな風に昔のエルメラになっているのだろうか。

 分からないことだらけだ。だけど、どうすることも出来ない。わたしの意識だけ乗せて、身体は勝手に行動していく。森も抜けて、わたしとエルメラの両親はロオサ村に入った。



「エルメラ! おはよう!」



 村の子供たちが声を掛けてくる。エルメラもおはようと返した。



「遊びに行こうぜ!」

「ごめんね。エルメラはこれから精霊使いの訓練なの」



 隣にいるお母さんが代わりに言う。エルメラは精霊使いの卵みたいだ。確かにロオサ村では、最初から巫女さまと言われていた。中身はわたしだったけど。

 エルメラは名残惜しそうに、子供たちを見ていたけれどお父さんに呼ばれると駆け足で追いつく。そして、やって来たのは村の端にある古い家だった。

 お母さんがドアをノックする。



「入っておいで」



 しわがれた声は、間違いなくおばばのものだ。家に入ると、簡素な家具の居間の壁にわたしの杖、鎮霊の杖が飾られていた。暖炉の前に背の曲がったおばばが、椅子に座っている。



「おばば、今日もよろしくお願いします」

「じゃあ、エルメラ。今日もよく勉強するんだよ」

「うん」



 お父さんとお母さんはエルメラを送り届けると、おばばの家を出て行った。きっとこれから仕事をするのだろう。お父さんは木こりで、お母さんは村の集会所で冬のための保存食を作るらしい。



「エルメラ、おいで」



 おばばが手招きする方へと向かう。近づいたエルメラの手を包み込むように、おばばは手を取った。



「エルメラや。お前は選ばれし巫女じゃ。おばばがこの鎮霊の杖を携え、世界を旅したように、一人前になれば、精霊を鎮める旅に出る。それがこの村の習わし、務めじゃ。よいな」

「うん」



 いつも言い聞かせているのだろう。エルメラは素直にうんと頷く。というか、おばばも精霊使いだったことをはじめて知った。引退したけれど、こうやって跡継ぎに精霊使いとしての心得を言い聞かせているのだろう。

 エルメラはおばばから講義を受ける。言葉に魂を込める方法。主に心得や発声、発音の仕方だ。それから、この世界の事情も教えていく。これはおばばが旅していたときよりも、変わっているみたい。おばばが旅での出来事も交えている。エルメラは旅の話が好きなようで夢中で聞いていた。

 エルメラは真面目に話を聞いている。真剣に精霊使いになろうとしているように見えた。それなのに、どうしてエルメラはわたしを召喚したりしたのだろう。そもそも、どうやって召喚する方法なんて知ったのかも謎だ。

 おばばの抗議がお昼をまたいで、昼食を取っているときだ。



「大変だ! おばば!」



 おばばの家のドアがいきなり開いて、男の人が入って来た。肩で息をしていて、かなり汗だくだ。



「なんじゃ、慌ただしい」

「それが! 森に精霊の群れが現れたんだ!」



 おばばが顔色を変えて立ち上がった。

 男の人の話では、群れと言ってもカマキリの風の精霊だということだった。大きさもそんなに大きくなくて、手の平ぐらいのサイズみたい。



「風の精霊がそんなに……」



 大したことないじゃないっていうのは、今のわたしの感想。でも、旅に出る前のエルメラやロオサ村の人々にとっては立派な脅威だ。おばばが立ち上がる。



「エルメラ、鎮霊の杖を」

「うん」



 エルメラは壁にかかっている杖を手に取って、おばばに渡す。精霊石は透明だ。おばばも精霊を使役していたのは昔の話なのだろう。それで大丈夫なのかなとは思うけれど、おばばは男の人を見上げた。



「案内をするのじゃ」

「こっちです」



 男の人が出て行くのにおばばは続いていく。エルメラもその後に続こうとした。でも、ドアをくぐる前におばばが振り返る。



「エルメラは留守電じゃ」

「え。でも、少しでも精霊を止めた方がいいんじゃ」



 確かにエルメラでも言霊を使える。授業の様子を見ていても、村に近づかないように留めることぐらいは出来るだろう。だけど、おばばの目は厳しい。



「エルメラは選ばれた巫女じゃ。じゃが、まだ精霊と対峙するには早い。ここは大人たちに任せてここで待っておれ」

「……うん」



 エルメラが頷くと、ドアが目の前で閉じられた。本当は一緒に行って役に立ちたいという思いがわたしにまで伝わってきた。










 エルメラは静かに本を読んで待つ。だけど、森の様子が気になるのか、窓の外をそわそわとしながら眺めた。空も薄暗くなっていき、もうすぐ本を一冊読み終わるというときだ。家のドアが大きな音を立てて開かれる。



「エルメラ! 大変だ!」



 村の少年だ。エルメラを見ると、すぐに腕を掴んでくる。



「ど、どうしたの?」

「エルメラの母さんが精霊にやられたんだ!」

「え!」



 エルメラが震えるのが分かった。バクバクと心臓が大きく脈打つ。足がもつれそうになりながら、腕を引かれるまま少年に続く。

 やって来たのは村にある一軒の民家だ。慌ただしく人が出入りしていた。



「エルメラ! こっちへ、早く!」



 おばさんがエルメラの顔を見て背中を押す。そこでは朝に別れたエルメラのお母さんが横たわっていた。体中に包帯を巻きつけて、苦しそうに息をしている。



「おかあ、さん……」



 エルメラが話しかけても、返事はない。



「どうやら、精霊が出たと知らずに森を歩いていたらしい。町に行けばもっといい治療が出来るとは思うが、その頃には……」



 手当をしただろう男性が言う。



「そんな……」



 わたしが見てもエルメラのお母さんは、助かりそうにない。そこに立て続けに知らせが入る。



「大変だ! また精霊に襲われた人が!」

「なに!」



 ロオサ村は騒然となっていた。ちゃんとした精霊使いがいないと、人が住んでいるところに精霊が出るって大変なことなんだと実感する。大人たちは怒鳴るように話し合う。



「軽傷だけど、まだまだけが人は出そうだ!」

「おばばはどうしているんだ!」

「村に入らないように食い止めているけれど、現役じゃないから……」

「俺たちで追い払うしかないのか」

「でも、精霊は森に散っているらしい」



 みんなどうしていいか右往左往しているようだ。大人たちの様子を見ていたエルメラは、何を思ったのかフラフラと近づいていく。



「お父さん……、お父さんはどうしていますか?」



 震える小さな声で尋ねた。エルメラじゃないけれど、わたしも気になる。



「あ、ああ。フラベルさんなら精霊を追い払うために、おばばと一緒にいるはずだよ。あ! エルメラ!」



 エルメラは民家を出て駆けだした。怪我をした人たちが道端でしゃがみ込んでいる。その横を通って、裏の森に入っていく。



「お父さん、お父さん……!」



 どうやらエルメラはお父さんのことが心配になったようだ。お母さんが酷いことになって、お父さんも同じことになるんじゃないかと思ったのだろう。

 ――でも、大丈夫かな……。

 おばばは家にいろって言っていた。エルメラは精霊使いとして教えを受けていたけれど、ちゃんと通用するのだろうか。それに森の中は暗い。慣れているエルメラでも、簡単に迷ってしまいそうだ。



「どこにいるの」



 でも、エルメラはそれどころじゃない。必死にお父さんやおばばを探している。



「あ!」



 森の奥に炎が見えた。きっと、大人が持つ松明の炎だろう。それを見て、わたしもちょっとだけホッとした。



「お父さ……!」



 焦ったせいか、エルメラは木の根に足を取られて転んでしまう。そのとき、目の前の木の幹に傷がつく。



「え……」



 頭上に風が通ったのを感じた。エルメラは背後を振り返る。

 キシ、キシキシ……

 そこには野生のうさぎぐらいの大きなカマキリがいる。風のオーラを纏っているので、どう見ても風の精霊だ。



「だ、大丈夫」



 エルメラはカマキリを見て立ち上がる。相手は一体。きっとまだ精霊と対峙したことないエルメラでも、何とかなる。それぐらい、お腹に力が入っていた。

 カマキリがエルメラに向けて、鎌を振り上げた。



「鎮まれ! さ迷える精霊よ!」



 ちゃんとお腹から声が出ている。声に魂がこもっているのを感じた。その証拠にカマキリが振り上げていた鎌を下ろす。



「お前があるべき場所に帰るのです!」



 わたしは、おお!と感嘆の声を心の中で漏らす。エルメラの声に応えて、カマキリは羽を広げて飛び去っていく。



「よ、良かった……」



 エルメラはへなへなと座り込んだ。さすがに巫女に選ばれただけあって、エルメラは精霊使いとしての素質がありそうだ。そう思ったときだ。



「エルメラ!」



 わたしも全く気付かなかった。



「え?」



 突如、大人の男の人に抱きかかえられる。背中に回した手には血がついた。



「エル、メラ、無事か……」



 この声、エルメラのお父さんだ。

 お父さんの背中越しには、カマキリが飛びまわっている。

 ――ああ、確かカマキリはたくさんいるって言っていた。



「お父、さん? ……お父さんッ! や、やだ! お父さんッ!」



 エルメラが泣き叫ぶ声が森に響く。



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