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ウンディーネ編
第九十九話 謎の商人
しおりを挟むエルメラは泣き続ける。でも、もちろん精霊は去ったりはしない。視界の端にカマキリが再び鎌を振り上げているのが見えた。
――エルメラ! 逃げなきゃ!
でも、どれだけわたしが思っても過去のことを変えられるはずがない。もうダメだ。そう思ったときだ。
「主なき精霊よ! 立ち去れ!」
喝のこもった声が聞こえる。杖を持ったおばばだ。後ろには松明を持った男の人たちがいる。エルメラはやっと顔を上げた。
「おばば! おばば、お父さんを助けてッ!」
エルメラは立ち上がって、おばばに助けを求める。
「急げ! 村へ、早く!」
すぐに男の人がお父さんを担ぎあげた。だけど、おばばの眼は厳しい。
「エルメラ、家にいるように言ったはずじゃが」
泣きじゃくりながらエルメラは話す。
「ご、ごめんな、さい。お父さんが、心配になって……。あ、待って!」
エルメラはお父さんを担いだ男の人について行こうとする。だけど、その腕をおばばのしわだらけの手が掴んだ。
「おばば?」
「……置いてきたばかりに。エルメラや。これも巫女としての使命じゃ。思ったよりも精霊の数が多い。おばばと共に森を回るのじゃ」
「でも!」
エルメラは当然、お父さんについていたい。お母さんも危篤状態だ。だけど、おばばは首を振る。
「先ほどのエルメラの声は聞こえておった。言霊が使える者が、精霊を退けなければならないのじゃ。これ以上、犠牲者を増やさないために」
そう言われると、エルメラは嫌だとは言えなくなった。お父さんが連れていかれた後ろを気にしつつも、おばばの後をついて行く。
エルメラは先導する村の男の人とおばばについて、懸命に声を出した。
「早く、早く終わらせないと……」
暗闇の中、散っていた風の精霊を見つけるのは困難で、全てが終わる頃には夜が明けていた。満身創痍で村に戻ると、エルメラの両親は息絶えていた。
エルメラは亡骸にしがみついて、涙をこぼすことしか出来ない。
「……エルメラ、すまぬ」
おばばはお母さんまでこんな状態だなんて知らなかった。だから、付いて来いって言ったのだろう。
「エルメラ、いや、巫女さまは立派に役目を果たしたんだ。二人も誇らしく思っているはずだ」
村の人はなぐさめるように言うけれど、当然エルメラの心は晴れなかっただろう。二人の葬儀が終わると、一人になったエルメラの家に村の女の人たちが料理を届けに来た。エルメラはそれを黙って受け取る。
一緒に付いてきた子供が母親に大きな声で話すのが聞こえて来た。
「でも白状だよな。両親が大怪我しているってときにさ」
「しっ! 巫女さまは村を守ってくれたんだよ!」
「はいはい。巫女さまはご立派だよな」
それからエルメラは気丈に振舞うけれど、やっぱり苦しかったのだと思う。おばばとの精霊使いの訓練も身が入らない。それでも、半年後には村の習わしでエルメラは巫女として精霊使いになり、旅立たなければならなかった。
「どうしよう。……声が出ない」
暗い部屋でひとりつぶやく。普段の声は出るけれど、精霊使いとして魂のこもった声は出なくなってしまったようだ。
仕方ないことだ。両親が亡くなったショックや村の人たちからのプレッシャー、いろんなものが一気にエルメラにのしかかって来たのだから。
それでも、無常に時間は流れていく。ついに旅立ちの日の前日になった。
でも、エルメラがわたしを召喚する様子はない。そもそもエルメラは、どうやって召喚する方法なんて知ったのだろう。
家にやって来たおばばが尋ねる。
「エルメラや。明日じゃが、先延ばしにしても良いのだぞ」
でも、エルメラは力なく首を振った。
「……村にいる方が辛いから」
「しかし、精霊と戦うには……」
おばばもエルメラの声に気づいたようだ。けれど、エルメラは大丈夫と空元気で笑って見せた。だけど、夕方になり、一人で食事をとっているときだ。
コンコンと家のドアがノックされる。もしかして、また村の女の人が食事を届けに来てくれたのかな。ドアを少し開けると、そこには知らない男の人が立っていた。
村の人だろうかとわたしは思う。
「どちら様ですか」
エルメラも知らないなら村の人ではない。男の人は長い黒髪を後ろに縛っていて、黒いマントを羽織っていた。
「わたしはフラベルさんと友人だった商人です。彼の訃報を知って訪ねてきました」
「……そうですか。お父さんの」
商人という割には軽装だ。
――なんか、この人怪しくない?
でも、エルメラはそうと言われたら、疑っていないようだ。エルメラは幼いし、父親の友人関係なんて分からないから仕方がないかもしれない。
「お嬢さん、お困りじゃないですか」
「……大丈夫です。村の人が助けてくれています」
「いいや。お困りのはずだ。あなたは巫女として、旅に出なければならない。しかし、声が出なくなっている。違いますか?」
「どうしてそれを……」
エルメラも少し警戒したようだ。旅に出ないといけないことは村で少し話を聞けばわかるけれど、声が出なくなっていることをどうやって知ったのだろう。
「しかし村に留まることも辛い。同情や非難の眼にさらされているから」
「……。」
暗い顔のエルメラの前に、商人は人差し指を立てる。
「それでしたら責任を他人に押し付けて、自分も旅に出てしまえばいいのですよ」
エルメラは目を見開くけれど、すぐに顔を伏せた。
「……そんなこと出来ない。巫女に選ばれたのはわたしだから、他の誰かになんて。村の誰も代わってくれない」
エルメラは首を振った。けれど、商人はずいと顔を近づけて来る。笑顔だけど、眼が笑っていないように見えた。
「それが村の誰かではなく、違う世界の誰かだったら?」
「違う世界?」
「そうです。この世界の理など何も知らない誰か。ただ選ばれた、それだけで責任を負う。あなたと同じです。あなたと同じならば、代わりになっても構わないはずでしょう」
「わたしの代わり……」
そうか。エルメラの代わり。それが、わたしだったんだ。
「ええ。あなたは妖精になって、その誰かと旅に出るのです。導くためだと言ってね」
商人はマントの中から、本と青い小さな瓶を取り出す。
「本に書かれた召喚の紋様を紙に描き、このエーテルを飲むのです。すると、あなたの魂は身体から抜けて、代わりの魂が召喚されるでしょう。なに、お代はいりませんよ」
腕に押し付けられるそれらをエルメラは受け取った。
「でも、どうして」
エルメラは商人を見上げる。素直に信用できないのは当然だ。
謎が多すぎる。彼は一体何者なのか。どうして、こんな方法を知っているのか。どうして、エルメラにこんな助言をするのか。
何か裏がある。エーテルは確か物凄く高価なはずだ。だけど、商人は口の端を上げて言う。
「辛そうにしている子供を見るのは、わたしも苦しい。ただ、それだけですよ」
そのまま背を向けて商人は去っていく。結局、彼が何者だったのかは分からない。
エルメラも怪しんでいたけれど、悩んだ末にエーテルを飲み、わたしをこの世界に召喚したのだった。
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