100 / 113
ウンディーネ編
第百話 エルメラの想い
しおりを挟む天井からしずくが落ちてくるが、湖に波紋を作ることはない。エルメラは湖の底に映し出される自分の過去を食い入るように見つめていた。
「ごめんなさい。……お父さん、お母さん……」
誰もいない洞窟にエルメラの声だけが響く。しかし、問いかけるような静かな声がどこからか聞こえてきた。
「なぜ、あなたが謝るのですか」
「だって、わたしのせいでお父さんが……。わたしがお母さんのそばを離れなければ、こんなことにはならなかったのに」
いつの間にか天井の穴からの光が無くなっている。洞窟内は霧のような暗闇に包まれていたが、エルメラはそれには気づかない。流れる涙は湖面に落ちてはすぐに凍り付く。
「だけど、あなたが森に向かわなければ追い返せなかった精霊が村を襲ったでしょう。これは仕方のないことだったのです」
黒い霧がエルメラの頬を撫でた。ひんやりとしたその手にエルメラは顔を上げる。
「仕方がなかった……?」
黒い霧は神殿で見たウンディーネとよく似た形をしていた。
「ええ。この世には誰にも、どうしようもないことがあります。それは悲しいことだけど、運命なのです。受け入れるしかありません」
「そう、だよね」
エルメラが何をしようと、両親が帰って来るわけではない。
「ただ、わたしと一緒に悲しみに寄り添いましょう」
黒い霧がエルメラを包み込む。エルメラの身体は足元から次第に凍っていく。
「そうだよね。わたしが今更何をしたって……」
――どうにもならない。
「本当にそう思うか? エルメラ」
「だ、誰?!」
真下から声がした。そこには赤い光がポツンと浮かんでいる。
「吾輩の声が分からぬとは。共に旅をした仲ではないか」
「サラマンダー……」
声の主はサラマンダーだ。ユメノと共に湖の底にいるに違いない。小さいが確かな声が届く。
「エルメラ。お主は確かに巫女としての責任をユメノに押し付けてしまった。だが、共に旅をして見て来たであろう。どんな困難にも立ち向かい、手を取り合って戦う仲間たちの姿を。悲しみに沈むことは自分の心にとっては、よい選択なのかもしれない。しかし、沈んだままでは大事な仲間たちを救うことなど出来ぬ」
エルメラはユメノたちのことを思う。強引に召喚したユメノはエルメラを怒りはしたけれど、この世界のために戦っている。イオやルーシャも、悲しい過去があっても立ち向かっている。
「わたしも、……戦えるかな?」
エルメラはそっと自分の喉を触る。いつしか、声に魂を込めることが怖くなっていた。でも、ユメノと物語を語ることで声の新しい魅力にも気づいた。この巫女として鍛えた声を使って人々を笑顔に出来るのだ。
「お止めなさい。戦ってもまた悲しみの連鎖を引き起こすだけです。そうでしょう?」
黒い霧がエルメラに問いかける。確かに、ユメノを召喚したときはそうだった。逃げ出すだけで必死だった。だけど、エルメラは首を横に振る。
「それじゃ、また逃げるだけだよ。わたしは……!」
エルメラはいつの間にか身体についていた氷の粒を振り払いながら立ち上がった。
「そうである、エルメラ! 妖精になろうとも、声が出なくなったわけではあるまい!」
サラマンダーの鼓舞にエルメラは黒い霧を睨みつける。
「ウンディーネの影よ! ユメノたちを水の中に引きずり込んだのは、あなたの仕業ね! 今すぐみんなを元に戻して!」
しかし、黒い霧は理解できないという様子でエルメラを見つめる。
「なぜですか? 心に悲しみが巣くっているというのに、それを無理に戦わせようなどと、なぜお思いになるのです」
よく見ると黒い霧は泣いているようだ。きっと共に悲しんでくれる人を求めて、こんなことをしているのではないか。エルメラはそう思った。
「わたしたちの心は悲しみだけで出来ているわけじゃないよ。確かに悲しいことがあると、全ての心が悲しみで満ちているように思える。寄り添ってくれる人が居て欲しいって思える。でも、だからってずっと逃げていちゃいけないんだ!」
黒い霧は揺らめく。
「でも、でも、わたしは……あの子は……」
「あの子?」
「せめて、わたしだけでも悲しまなくては……」
ウンディーネの過去にも何かあったのだろうか。
「エルメラ! 今は三人を助け出すことを優先するのである!」
水の底からサラマンダーが叫ぶ。
「う、うん。でも、どうやって」
「悲しみに沈んでいる皆に声を掛けるのである! 影の力が弱まっている今なら自力で脱出できるであろう!」
サラマンダーの言う通り、黒い霧の力が弱まったのか水の底に沈んでいる三人が見えた。凍っている湖面にエルメラは手をつく。
「みんな、悲しい過去を見せられているんだよね。忘れたくても忘れられないこと。わたしにもある。でも、みんながいたからまた前に進めた。――ううん。進むんだ。わたしにはみんなが必要なの! だから、戻って来て!」
エルメラは思いの丈を思い切り叫んだ。
「みんな……」
エルメラは指を組んで祈る。
「だめ、だめよ。みんな、一緒にいて」
黒い霧が湖面を覆った。しかし、次の瞬間、凍っていた湖面に亀裂が走る。それと同時に剣が黒い霧を斬りつけた。
「イオ!」
水から飛び出て来たのはイオだ。土の地面を精霊のキツネが作って、その上に立つ。霧が少し晴れて、洞窟内に再び光が差した。
「声が聞こえた。昔のように、また、妖精に救われたようだ」
そして、亀裂の入った湖面は渦を巻く。水の底から風が吹いているように見える。エルメラが底を覗き込むと、手を広げたルーシャが立っていた。
「ルーシャ!」
「お兄さまの優しさを忘れていたことは悲しいですけれど、わたしはもう誰も傷つけられて欲しくありませんの!」
エルメラはユメノの姿を探す。でも、水の底には居ない。
「エルメラ!」
声をした方を見上げる。ルーシャの風に押し上げられたのだろう。ユメノは宙を飛んで来た。
「ユメノ!?」
水に濡れたユメノが思い切り抱き着き、エルメラもびしょびしょになる。
「エルメラ。わたし、エルメラの過去を見たよ」
「あ……」
さっきまで、自分が見ていた過去のことだろう。きっとユメノは怒っている。エルメラはユメノに巫女の責任を押し付けたのだから。しかし、ユメノは涙を流しながら言う。
「エルメラ、すごく悲しかったね。よくわたしを呼んでくれたよ! ずっと一緒だったけれど、エルメラが前に進むって言うなら、当然、わたしも隣を歩くよ!」
「ユメノ……!」
エルメラもユメノを強く抱きしめた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆
ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる