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ウンディーネ編
第百一話 いなくなった人々
しおりを挟むエルメラにこんなに辛い過去があるなんて、思いもしなかった。
もちろん召喚された当初は勝手に呼び出して何してくれているんだって怒っていたけれど、片時も離れずに過ごした今は召喚してくれて感謝している。感情が変わってしまうくらい、今はもう、わたしの大事な仲間なんだ。
「ユメノ、ありがとう」
「えへへ」
わたしとエルメラは笑顔で見つめ合う。だけど、そんな和やかな空気はすぐに払しょくされた。
「なぜ、なぜなの……!」
水面の上では黒い霧が自分を抱きしめている。まるで身体の中から湧いて出て来る感情に苦しめられているようだった。
「あれは、ウンディーネの?」
「うん。たぶんそうだよ」
湖の水がうねり始める。わたしたちは地面の上にいるけれど、今にも襲い掛かってきそうだ。ルーシャがわたしたちの前に出る。
「大丈夫ですわ。何があっても風で跳ね返しますもの」
「俺が本体に斬りつけるか」
イオも武器を構えた。ウンディーネの影はそんな二人にぎろりと鋭い視線を向けた。
「待って!」
「エルメラ!?」
エルメラが飛んでルーシャちゃんとイオの前に出て腕を広げる。
「どうしたのですの、エルメラ」
「あのね。ウンディーネの影は、わたしに任せて欲しいの」
「「え!?」」
エルメラの言うことにわたしたちは驚いた。確かにエルメラは元々精霊使いの卵なのかもしれない。でも、一体も精霊を使役していない。
わたしたちが言いたいことは分かっているようで、エルメラは口を開く。
「確かにわたしは戦えない。けど、言葉は通じると思うの! ユメノの歌がサラマンダーに届いたみたいに!」
エルメラの言うことに、ハッとした。ノームやシルフとは戦闘で目を覚ましてきたけれど、サラマンダーはわたしの声が届いて正気を取り戻したんだ。
「……うん。きっとウンディーネにも届くよ!」
わたしはぐっと拳を握る。エルメラの声は過去の記憶で聞いた。あの声と今の気持ちなら、きっとウンディーネの影にも届く。
「ユメノ……!」
「危ない!」
イオがエルメラの前に出た。水のサーベルがエルメラを襲い、イオの剣が防ぐ。湖の水はいつの間にか、鋭い刃物のように高速で回転している。
「どうして抗うの。共に水の中にいれば誰にも邪魔されないのに……!」
ウンディーネの影は叫びながら、水のサーベルを襲わせて来た。
「させませんわ!」
ルーシャちゃんが皆の前に出て、風の盾を作る。激突する水と風。風によって水は弾かれるけれど、散り散りになった水は再び集まって襲って来る。
「エルメラ。少しの間だけだ」
「そうですわね。わたしが防いでいる息継ぎをするまでの間だけですわ」
イオとルーシャちゃんがエルメラを横目で見て言う。少しだけというけれど、その瞳にはどこにも焦りはなかった。わたしだけじゃない。二人だってエルメラのことを信じている。
「……うん!」
エルメラはしっかりと頷いて、ルーシャちゃんが作る風の盾のギリギリ前まで行く。わたしも出来るだけそばに近づいた。
「ウンディーネ」
エルメラはいつもとは違う声を出す。優しいけれど、か弱いわけじゃない。強く芯のある声だ。
「どうして泣いているの?」
確かに影は泣いていた。絶えず流れる涙は、あふれた悲しみが彼女とは切って離せない存在だと象徴しているようだ。
「わたしはあなたの悲しみに寄り添いたい」
「黙れ……!」
水の勢いが増す。
「っ……! ミルフィーユ!」
けれど、ルーシャちゃんも踏ん張って、風の盾を強くした。エルメラは胸に手を当てて続ける。
「わたしにも悲しいことがあった。だけど、あなたの言う通り誰かがそばにいたから前に進めたの! あなたもこんな暗い洞窟にいたら前には進めないよ!」
「黙れ! わたしの悲しみは理解できない! 例え誰がそばに居ようとも!」
ウンディーネの言うことは、さっきまでの言葉と道理が合わない。わたしたちを一緒に悲しみの渦に沈めようとしていたのに。だけど、エルメラは分かっている様子で頷く。
「うん。そうだよ。わたしの悲しみはきっと誰にも本当には理解できない。でも、だからこそ、一緒に歩いていける! きっと、それがいなくなった人たちの望みでもあるから!」
過去を見ただけのわたしにだって分かる。エルメラのお父さんとお母さんは、きっと悲しみに沈むことを望んでなんかいない。それだけは確かだ。
「あなたの両親はそうでしょう。でも、あの子は……!」
「あの子?」
「あの子はわたしの子に生まれたばかりに、命を落としてしまった……」
ウンディーネに子供がいたっていうことだ。でも、亡くなってしまった。
「……僕たち精霊は人間と子を為すことが出来る。けれど、その存在はすごく不安定なんだ。すぐに亡くなっても不思議じゃないよ」
シルフがルーシャちゃんの杖から話す。シルフも子孫がいるから、元は人間との子供がいたことは間違いない。ウンディーネの影は苦し気に自分の頭を抱え込む。
「あの子はきっとわたしを恨んでいた」
「そんなことない!」
エルメラが叫ぶ。
「その子はきっとお母さんのことが大好きだったよ! わたしのお母さんもわたしが巫女に選ばれたとき、すごくわたしに謝っていた。普通の村の子に生まれるより、ずっと辛い運命が待っているから。でも、だからって、わたしはお母さんのことを恨んだりしていない! お母さんがそんなことを言っている方がきっと悲しい!」
「うん。そうだよ、エルメラ。ウンディーネの子供が悲しむとしたら、大好きなお母さんが自分に恨まれているって思いこんでいることだよ!」
ウンディーネの動きが止まった。一瞬で湖面の水が凪ぐ。
「あの子は、わたしを恨んでいない……?」
本当のところは、その子ではないから分からない。けれど、失くした子供のことをずっと悲しんでいるウンディーネの子供なら、きっとそう思うんじゃないだろうか。
「絶対にそうだよ」
エルメラはハッキリと言い切った。
「そう。そうなのね」
またウンディーネの影は涙を流す。でも、それまでの悲しみに苦しむ涙ではなく、どこか納得して受け入れたような涙だった。そのまま水が蒸発になるようにウンディーネの影は霧散していった。
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