111 / 113
ウンディーネ編
第百十一話 吾輩の名を呼べ
しおりを挟む――闇は観ていた。
「みんな! あいつを閉じ込める方法を考えよう!」
邪魔な存在が眼下をうろちょろとしている。地表から自分を弓で指す、ちっぽけな女の存在。見ているだけで、先ほどから腹の底からぐつぐつと負の感情が湧いてきた。
眼に映るもの全てが憎い。まさか、精霊の王たちの影を消し去ってしまうとは。
そもそも、この女が来てから予定が狂いだしたのだ。ノームがこの十年でやっと自分が撒いた種の罠にかかりだした。サラマンダーは怒りを蓄積し続け、完全にコントロール不能に。シルフ本体を惑わすことは失敗したが分裂した影はシルフから独立し、独自に力を溜めていた。ウンディーネは子を失くしたことをきっかけに影を作り出すことに成功し、獣人の精霊使いを使って上手く凍り付かせることに成功した。
何もかも順調だったのだ。
それが、ロオサ村の巫女の元に向かったのが運の尽きだった。あの村は代々精霊使いとしての技術を子や孫に受け継いでいた。
脅威にはならないだろうが、何百年もかけた計画だ。今が肝心なとき。芽を摘んでおこうと、精霊たちに村を襲わせ、巫女を孤独にすることに成功した。本当ならば、ここで巫女自身を始末しておくべきだった。まさか、念には念を入れて異世界から呼んだ魂が、精霊使いとしての素質があるとは――
『こんなことならば……』
自分の中の闇が膨らむ。どうして奴らは絶望しない。
理由は明らかだ。奴らには希望がある。自分とは違い仲間がいる。
『孤独のまま、捨ておけば良かったのだ!』
そうしたら、巫女も孤独の闇に飲み込まれていただろうに。
◇ ◇ ◇
「な、なに!?」
わたしたちは消し去った影と同じように、闇の眼を閉じ込める方法を考えていた。
でも、相手は空に居てかなり巨大。ノームが土の箱を地上で作っても、追い込むことは困難だ。そんなとき、闇の眼から何かがボタボタと大量に落ちて来た。
「さきほどの闇の人間ですわ!」
精霊の王たちの前に、わたしたちを捕えようとしてきた全身真っ黒の闇の人たちだ。また、攻撃的な言葉を吐くかと思った。けれど、何かをうめきながら緩慢な動きで近づいてくる。
よく耳をすませてみると、微かに音を拾えた。
『捨てられたものの気持ちが分かるか……』
『お前もいずれ孤独になる……』
さっきの攻撃的な言葉とは少し違う。自分の中から苦しみがにじみ出ているような言葉だ。
「……何が違うの?」
「ユメノ! ぼーっとするでない!」
サラマンダーが上に向けて炎を吐いた。近づいて来ていた闇の人たちが炎に照らされて消えていく。
「ご、ごめん!」
そうだ。闇に対抗出来るのは、わたしとサラマンダーしかいない。
残った闇の人たちを炎の矢で射貫いていく。けれど、いくら消しても、居なくならない。闇の眼から際限なく闇は落ちて、人の形へと変化しているのだ。これでは、いたちごっこだ。
イオも剣を振りながら、わたしに向けて言う。
「やはり眼の方をどうにかした方がいいようだな」
同じことを考えていたみたいだ。やっぱり大元をどうにかするしかない。
「……でも、あれだけ巨大なものを炎の光で包むのは、いくらサラマンダーとユメノでも難しいですわ」
「ルーシャの言う通り、風で追い込もうにも相手は闇だ」
「水も通り抜けてしまうでしょう」
シルフやウンディーネも、難しい顔をしている。なんだか、敗戦試合のような雰囲気だ。
「だけど、諦めても……」
わたしの言葉にも力が入らない。そのときだ。
「きっと出来るよ! きっとみんなで力を合わせれば出来る! 今までもそうして来たじゃない!」
エルメラの希望に満ちた声が通る。
「そうだな。炎の光が効くのは間違いないのだし」
「ええ。エルメラの言う通り、色々試してみましょう」
暗かったみんなの顔が一瞬で明るくなった。
「エルメラ、ありが……」
ありがとう。エルメラの声で元気が出たよ。
わたしがそう言おうとしたときだ。
『お前さえ、居なければ!』
「え」
闇の眼から伸びて来た細長い影。あまりに速くてわたしの目の前を一瞬で過ぎた。
「キャアアア!」
「エルメラ!?」
さらったのは、エルメラだった。影に巻き付かれて、眼の方へと連れていかれている。
「エルメラさま!」
「いま、助けに!」
ウンディーネも、ルーシャちゃんも、すぐに反応した。わたしも弓を引いたし、サラマンダーも炎を吐こうとした。だけど息つく暇もなく、影はエルメラを締め上げる。
ピシッ
「え……」
エルメラの身体にヒビが入った。そして青い光を散らしながら、まるで繊細なガラス細工が割れるかのようにエルメラの身体は割れてしまったのだ。
パラパラと空から青い光が落ちて消えていく。
「エ、エルメラ……」
――まさか、そんな……。こんなあっさり粉々にされてしまうものなの?
一歩、前に出た瞬間だった。胸に空気砲のような衝撃がぶつかる。
『え?』
突如、ふわりと浮遊感が襲う。地面から足が離れた。
『な、何?!』
「う……。な、なんで……」
わたしのすぐ下で、震える身体。自分の手をまじまじと見つめている。それはわたしの身体だ。
『え? なんで自分の身体が見えるの?』
疑問に思っている場合ではなかった。浮いたわたしはいつの間にか地面からどんどん離れて行っている。
『嘘!』
眼下には闇の人たちに囲まれているわたしとサラマンダー、イオとノーム、ルーシャちゃんとシルフ、そしてウンディーネ。みんな、まだわたしに異変があったことに気づいていない。闇の眼が何かをしたのだ。わたしはエルメラを壊した闇の眼をジッと睨みつけている。
しかし、そんな視線をどこか愉快そうに、闇の眼は細まる。
『フハハハハッ! 最初に計画が狂ったときに、こうしていれば良かったのだ! お前たちは気づいていないだろう! 大事な戦力が無くなったことに!』
ルーシャちゃんも闇の眼を睨みつけた。
「エルメラをよくも!」
「わ、わたし……」
そのとき、わたしの身体が恐る恐る手を上げた。真っ青な顔をしている。つまり、そこには誰かが入っている。誰だかはすぐに分かった。
「わたしがエルメラなの」
「ユメノ、何を言って」
「妖精の身体が砕けて、わたしが元の身体に戻っちゃったの! ユメノの魂を跳ねのけてッ!」
エルメラの悲鳴のような声が響く。みんなの顔が驚愕で固まった。
「そ、それならユメノは……」
「もう、ここにはいないんですの?」
イオとルーシャちゃんも、声が震えている。
『まだ、空にいるよ!』
叫ぶけれど、どんどん身体が地表から離れて行っていた。ずっと一緒に旅をしていた仲間たちが遠ざかっていく。いつかは元の世界に帰るつもりでいた。声優の仕事だって大事だ。
だけど、こんな形で、戦っているみんなを残して帰るつもりなんてなかった。
『みんな』
魂だけになっているはずなのに涙がこぼれる。
『サラマンダーッ!』
――何かあれば吾輩の名を呼べ。友の名ほど力強い言葉はないであろう。
わたしは友の名を叫ぶ。すると、サラマンダーがこちらを振り返った。サラマンダーとわたしの眼が合う。
『え、気づいたの?』
「こんな所にいたのか、ユメノ!」
『聞こえた!』
サラマンダーはすぐに羽ばたいて、近くに来てくれた。わたしをガシッと捕まえる。
『良かった! 魂だけになっても声は届くんだ!』
涙を拭いながら、温かい手に安心した。
「いや、吾輩や他の精霊たちにしかユメノのことは見聞き出来ぬだろう」
ということは、エルメラやルーシャちゃん、イオたちにはもう見えない。少しだけガッカリするけれど、そうも言っていられなかった。眼下では、みんなが闇の人たちに囲まれて悪戦苦闘している。
「ホムラ! お願い! 出て来て!」
エルメラが精霊石に向かって、必死にホムラを呼んでいた。だけど、全く反応がない。魂が違うからだろう。
『もうッ! それぐらい融通利かせてくれてもいいのに!』
わたしはサラマンダーを振り返る。
『サラマンダー! みんなを助けてあげて!』
「だが、それでは根本的な解決にはならぬ。……吾輩は眼の方に向かいたいと思う」
サラマンダーの声はいつもより静かだ。確かに対抗できるのは、サラマンダーだけになってしまった。でも、いくらサラマンダーでも相手が悪すぎる。
『危険だよ。みんなと協力した方が』
「だが、吾輩一人の方が遠慮なく炎も吐ける。それに精霊の王のうち、欠けるのが吾輩だけであるならば、世界各地の火山が噴火するだけで済むであろう」
『でも』
「止めてくれるな、ユメノ。ユメノが何と言おうと吾輩は向かう。まあ、魂だけになったユメノが出来ることは、声をかけてくれるだけであるが」
そうなのだ。わたしは魂だけになったから、ホムラを呼べないし、弓も引けない。
出来ることは、特攻していくサラマンダーを応援することだけ――、あれ?
『待って、サラマンダー!』
「どうした、ユメノ」
『サラマンダーたち精霊なら、わたしの声も聞こえるんだよね?』
「そうであるが」
『なら、あの闇の眼! あいつにも声が届くんじゃない!?』
地上よりは近くにある闇の眼を指さす。すると、眼が一瞬だけど、こちらを向いた。
やっぱりだ。声が聞こえている。
それに、闇の眼とは話が出来る。ただの操り人形の影や闇の人たちとは違う。わたしに出来ることはもうこれしかない。
『わたし、サラマンダーと一緒に闇の眼のところに行く! そこで、なんてことをしたんだって、説教してやるんだから!』
そう力説すると、サラマンダーはふむと考え込む。
「あやつにも魂だけになったユメノをどうにかすることは出来ぬ。それに、ここで何があろうとユメノは元の世界に帰れる。危険はないであろう。……了承した。共に行こうぞ、ユメノ!」
『うん!』
サラマンダーが力強く羽ばたき、闇の眼の元へ向かう。
『待っていて、みんな!』
共に行こう、サラマンダー!
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆
ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる