余命一年と言われたギャルの話

白川ちさと

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第五話 

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 チャイムが鳴って朝のホームルームが始まっても、心臓は収まってくれない。

 たった二週間前に付き合いだしたのだから、慣れないのも仕方がなかった。陽介はとにかくスキンシップが多い。

 それはわたしに限らず、元カノたちと付き合っていたときもそうだったし、クラスの男子たちとはよく肩を組んでいる。元々そういう奴なのだ。

 わたしも中学のときと、高一のときに彼氏がいたから、陽介は三人目の彼氏。

 だけど、元カレたちとは、それほどベタベタした関係じゃなかったから、陽介の一つ一つの動きに緊張する。

 確実に二人きりになれる陽介の家に行きたいと言ったら、もっとイチャイチャ出来るだろう。わたしには時間があまりないんだし、何でも早い方がいい。

 とにかく、わたしの頭の中は陽介でいっぱいだ。

 そうこうしているうちに教壇ではホームルームがもう終わっていて、一時間目の先生が授業を始めている。黒板には数字が並んでいるけれど、何も頭に入ってこない。授業の内容は右の耳から左の耳に、全く脳を経由せずに流れていく。

 でも、たぶんわたしだけじゃないはずだ。みんな、退屈そうに窓の外を眺めたり、あくびをしたり。先生も特別おしゃべりでもしてなければ注意しない。

 と、思ったけれど――

「山崎! 山崎!」

 先生が声を張り上げて、名前を連呼する。

「は、はい!」

 一人の男子生徒がガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。

 セットもしていないだろう黒髪。ピアスもしていなくて、制服も上のボタンまで全部留めている。いかにもガリ勉な黒縁メガネをしていた。

 山崎はこの学校では、とても珍しいタイプだ。ほとんどの生徒が真面目に授業を聞いていない中、彼だけが勉強をしに学校に来ている。

 いつも教科書どころか参考書を開き、机にかじりついていた。社交性の乏しい彼は男子とすら、ほとんど話さない。もちろんテストの順位は毎回一番上に名前が書かれている。体育以外は何でも出来た。

 小耳にはさんだ話によると、ほとんどの生徒が専門学校か就職を選ぶ中、山崎は大学に進学するらしい。それも国公立の難関大学。

 そんな人がそもそもどうしてこの学校に通っているのかとは思うけれど、クラスの人間には割と重宝されていた。数学や英語が当たるときに、ノートを見せてもらうためだ。

 山崎も特にごねることもなく、すぐに返してくれるならと渡してくれる。わたしも何回かお世話になった。

 とにかく自分には真面目な山崎。そんな山崎が授業中に注意されるなんて、初めてのことだろう。

「この問題を解きなさい」

 集中していなかった罰とばかりに、先生は黒板に書かれた数式を指す。

 山崎は立ち上がって、ノートも見ずにスラスラと解いて見せた。先生は「うん、正解だな」と小さくつぶやいた。

「もう三年だからな。よそ見するなよ」

 山崎が厳しくされることを望んでいるのか、有名大学進学に対する期待が高いのかは分からない。でも、他の生徒にはわざわざ言わない言葉だった。

 はい、すみませんと山崎は軽く頭を下げる。黒板の檀上から戻って来るときに、ふとこちらを見た。わたしと目が合う。あまりに正面から見つめ合ったので、バチッと音がしたような錯覚がした。けれど、山崎はすぐに視線をそらす。

 なんだろう。わたしの方を見ていたのかな。きっと偶々だろう。

 でも、それは決して偶然なんかじゃなかったんだ。




 午前最後の授業、四時間目は体育だった。風邪気味ってことで休んでも良かったけれど、他の場所に一人でポツンと座っているのも寂しかったから出席した。

 体育館で適当にチーム分けされて、バレーの試合をする。

 わたしは元々運動が得意じゃないし、適当に返せない振りをして流す。周りもあんまりやる気がなかったから、すぐに負けてしまった。あとは試合を見ながら、おしゃべりをしている内に体育の授業も終わる。

 さほど汗もかいていない体操服を更衣室で着替えて教室に戻ってきた。お昼ご飯は陽介と食べると決まっている。
しかし、荷物を置きに自分の席に戻ると、机の上に四角く折りたたんだノートの切れ端が置かれていた。

「なにこれ」

 渡辺さんへと書かれている。手に取って広げて見ると、その内容に思わず目を見開いた。

『あなたの秘密を知っています。一人で体育館の裏に来てください』

 少し角ばった文字で書かれている。紙を握る手に汗がじんわり滲んだ。

 わたしの秘密――

 このタイミングで秘密というと、病気のことしか心当たりはない。

 でも、昨日の今日だ。いくらなんでもバレるのが早すぎる。

「渉、どうした? 昼飯にしようぜ」

「わっ!」

 わたしは思わずパンッと音を立てて紙を二つに閉じた。

 横を見ると、陽介が不思議そうに首を傾げている。購買部で買って来た焼きそばパンやコロッケパン、メロンパンを両手で抱えていた。

「え、あ、えっと……」

 明らかに挙動不審なわたしに陽介はいぶかしむ。

「なにを見ていたんだ?」

「あ! だめ!」

 陽介が覗き込もうとしたので、思わず後ろ手に隠す。余計に陽介が眉をひそめた。

「オレに見られちゃまずいもの?」

「い、いや、その……。これ、告白の呼び出しっぽくて」

 とっさに思い付いた言い訳は苦しいものだった。でも他に適当な理由は思いつかない。

「告白? 渉はオレと付き合っているのに?」

「う、うん。わたしたちが付き合いだしたこと知らないのかも。だから、すぐに断って戻って来るね!」

 陽介の返事も待たずに、教室を飛び出した。向かうのは、もちろん体育館の裏だ。そこは、いつも人気ひとけがない。

 秘密を知っているだなんて、何を脅すつもりなのだろうか。

 ぜぇぜぇ言いながら体育館の裏にたどり着くと、まだ体操服姿のひょろりとした身体つきの人物が一人で立っていた。

「山崎!?」

 そこにいたのは、間違いなくガリ勉の山崎だ。

「あ、渡辺さん。来てくれたんだ。走らなくても良かったのに」

 脅すように呼び出したくせに、気遣った言い方に腹が立つ。

「うるさい! 何よ、これ! あんたでしょ! わたしの机にこんなのを置いたのは!」

 握りしめていたノートの切れ端を広げて、山崎に見せつける。山崎は怒られているというのに、悪びれた様子もなくケロッとした顔で言う。

「ごめん、急にこんなことをして。だけど、僕は渡辺さんの力になりたいと思ったんだ」

「は??」

 わたしは思わず口を大きく開けたまま固まる。

 何を言っているのだろう、こいつは――

 力になりたい? 多少勉強が出来るからって、ただの高校生の山崎に何が出来るって言うの?

 そもそも、どうして病気のことを知っているのか。担任の先生にだって、継母たちにだって、陽介にすら言っていない。

 いや、その前に山崎の言っている秘密が本当に病気のことか確かめないと――

「わたしの秘密って、なんのこと?」

 腕を胸の前で組んで、殺気を込めて山崎を睨みつける。


「……昨日、渡辺さん病院にいたよね」

 山崎の言葉に背中に緊張が走るのを感じた。

 当てずっぽうに言っているわけではない。わたしみたいに遠目でも目立つやつを見間違うはずもなかった。

「なに? 山崎、昨日病院に行ったの? というか、あんたも学校休んだんだ。誰もそんなこと言ってなかったけど、存在感なさすぎじゃない?」

 否定するのも不自然なので、話題を少しでもズラそうとする。

「うん。偶々、同じ病院で入院していた父さんが退院したからさ」

 山崎はわたしの揺さぶりには動じず、真剣な、でも震えるような声で続けた。

「それで手続きとかが終わって、帰るときに病院のロビーで聞いたんだ。渡辺さんががんで、余命宣告されたって……」

「病院のロビーで? ああ」

 やっと納得がいった。あのおしゃべりなおばさんたちに言ってやったことを、どこかで山崎も聞いていたのだ。それならいくらでも誤魔化しようがある。

「あはははッ!」

 わたしは、ちょっとわざとらしいぐらいお腹を抱えて笑う。途端に山崎がキョトンとした表情をした。

「渡辺さん?」

「あんた、あんなの信じてんの? がんなんて、あの嫌味なおばさんたちを黙らせるための嘘に決まってるじゃん!」

 山崎は口を開けたまま、「でも」とつぶやく。これ以上、何かを言う前にわたしは畳みかけた。

「確かに病院に行ったけど、ただの風邪。うちのお父さんが心配症で大きなとこに行きなさいって言われたから。だから、山崎の勘違い。お分かり?」

「でも、渡辺さん」

「それに例えわたしが何かの病気だとしても、山崎には全く関係ないでしょ」

「そんなことはないよ!」

 山崎は辺りに人がいたら振り返るような声で言い張った。ほとんど接点なんてないのに、なんでわたしに関わって来ようとするのだろう。

 大体、わたしが病気だからって、何をしてくれると言うんだ。

「とにかく秘密も何も、全部山崎の勘違い。話は終わり。じゃーね」

「でも……」

 わたしが背を向けても、山崎は後ろでごにょごにょ言っている。

 ある意味、バレたのが山崎で良かったと思った。あいつが誰かに病気のことを話しても、クラスメイトの誰も信じはしないだろう。


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