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第三十五話
しおりを挟む渉との付き合いは、普通に楽しかった。それまで、他の奴らと混じって遊んでいたからだろう。でも、少しずつ違和感を覚えるようになる。
ふとしたときに、見たことのない遠くを見るような顔をしていた。何か悩みがあるのかもしれない。不躾に突っ込まないで気にしないようにしていた方が、渉にもいいと思った。
だけど聖と会うようになってから、同じクラスの山崎と渉がよく話しているのを目にするようになる。
山崎は中学のときから同じ学校だ。
正直、勉強が出来る奴だったから同じ高校に進学すると知ったときには驚いた。
同じクラスになったときも、それほど多く関わったわけではない。人と関わることを煩わしいと思うタイプなのだと思う。たまに話しかけられても動揺するわけでもなく、普通に一言二言返すことはしていたから。
そんな山崎が変わった。四人でファミレスに行ったのを契機に、山崎はよくオレや渉に話しかけて来るようになる。明らかにそれまでの山崎とは違う。
でも、どちらかというと良く変わったので、クラスメイトたちも受け入れているようだ。
変わったのは山崎だけではない。山崎と接する度に渉もどこか変わっていく。
オレに対する態度と違う。聖に対して怒っていたときも感じた。どこか渉の素の部分を見せているような気がした。
そして、オレに対しての渉の態度は次第によそよそしくなった。これまでの彼女と同じように気持ちが離れて行っている気がした。
オレの勘は当たっていたようで、オレと渉の二人だけになることも無くなったし、何かを約束することも無くなった。これまでの彼女は付き合い始めると、先の予定を何かと立てたがっていたが渉はそういうことをしない。
決定的だったのは、放課後教室で山崎と二人だけで話しているところを見たときだ。最初は山崎の小説のインタビューを受けているのだと思った。
でも、それにしては二人は真剣な顔をしている。渉が悩んでいることを相談しているのかもしれないと思った。山崎になら真面目な相談も出来るのか、オレでは頼りないのかと少しだけ苛立った。
どちらにしても、オレから心が離れて山崎の方に向かっている。
まだ一月も経っていないのには驚いたけれど、それも仕方がない。やっぱり渉の為にも離れて行った方がいいのだ。
そのうち別れを切り出されるだろう。それとも、このまま自然消滅するかもしれない。その方が可能性も高そうだ。
少なくとも三年になる頃には、クラスも離れるかもしれないし、関わりもなくなるだろう。
釈然としないこともあるが、大っぴらに別れたと言わなくていいのは気が楽だ。
とにかく高校生の間は、恋愛ごとをもうしない。それだけだ。
ホワイトデーもお返しをしないのも変なので、渉が好きそうなものを買って渡したがそれだけだった。
遊園地に行くことも遠慮した方がいいかとも思った。だけど、山崎や聖だけでなく、クラスの行ける奴は全員行くと言う。そこまですると返って渉に気まずい思いをさせてしまうかもしれない。だから行くことにした。
集合時間にはわざと遅刻した。前もって友人には遅れるかもと連絡しておいたので問題はない。「陽介遅いぞ」と言われながら、電車に乗り込む。渉はオレが居ないことを気にしていた。いくら別れる直前とは言っても、放ってはおけないからだろう。
遊園地に着くと、みんなで記念撮影をして好きな場所に散っていく。
ジェットコースターに友人二人と並んでいると、後ろに渉たちも並んでいた。楽しそうに話している。どう見ても、嫌がる美玖と聖を渉が引っ張ってきているように見えた。
聖は大丈夫だろうか。最初にジェットコースターに乗って酔ってしまったら、このあと楽しめるのだろうか。ただでさえ、高校生の中に一人だけ中学生が混じっているというのは妙な緊張感があるだろう。
ナーバスになっている聖と美玖に渉が強引な屁理屈で説得しているのが聞こえて来た。渉らしいといえば、渉らしい。思わず笑いがこみあげて来てニヤついてしまう。
そう思って口元を押さえていると、渉と目が合った。とっさに視線をそらしてしまう。
しまった。感じが悪い。軽く手でも振れば良かったと思ったときには後の祭りだ。もう一度見たときには、こちらを向いてはいなかった。
それに渉もせっかくの遊園地なのに、少し元気がないように見えた。でも、近くには山崎も美玖もいる。隣には聖もいた。ちゃんと仲のいい姉妹に見える。それを見て安心出来た。
きっとオレのことなんて、すぐに忘れて行くだろう。
ジェットコースターに乗って降りてくると、オレたちのグループはもう一度乗ろうと並び直す。そうしていると、出口から出て来る渉たちが見えた。どうやら、女子三人よりも山崎の方が絶叫系に弱かったようだ。何だかんだと騒ぎつつ、渉たちは山崎の背中を押してジェットコースターから離れて行った。
「陽介。渉たちと一緒じゃなくて良かったのか?」
「え?」
隣に並ぶ友人に言われて振り返る。そんなに向こうが良さそうに見えたのだろうか。
「いや。だって、遊園地だって陽介たちが行こうって決めたんだろ? それに陽介、渉のこと気にしているみたいだし」
「……そんなに気にしているように見えるか?」
友人は頷く。
「そっか……。でも、渉は山崎の方がいいみたいだし。あんまり粘着質な男は嫌じゃん?」
「渉が山崎の方が?? いや、そんな感じには見えないけど、渉って陽介が好きなの丸わかりだったし」
丸わかりとは予想外の言葉だった。渉に告白されるまで、好意を寄せられているとは思わなかったからだ。もちろん嫌われているとも思っていなかったけれど、もしかしたらオレは人の気持ちに鈍いのかもしれない。
これまで付き合っていた彼女たちを思い浮かべると、思い当たる節がたくさんある。
とはいえ、渉がオレから離れたがっていることは間違いなかった。
ジェットコースターにもう一度乗ると、他のアトラクションを回る。空中ブランコやフリーフォールなど、男子だけなので絶叫系で攻めていた。
「あーッ! 陽介たち、発見!」
昼食を取り、次へと向かっている途中でクラスの女子二人に見つかった。すぐにオレの腕に自分の腕を絡ませてくる。
「写真撮ろうー」
腕を伸ばしてスマホを構えるので嫌な顔も出来ず、とりあえず笑う。でも写真を撮り終わってスマホを下ろしても、オレの腕は拘束されたままだ。
「ねえねえ、わたしたちと回ろうよー」
言いながら身体を押し付けて来た。
「あー……」
人の気持ちが分からないとは思ったが、さすがにこれは分かる。だけど、彼女たち二人とも彼氏持ちだ。
浮気相手か、次の相手か。どういうつもりかは分からないけれど――
「いいけどさ。ほら、オレ渉と付き合っているし、あんまベタベタされると困るっていうか」
「えー? でも、渉と回ってないじゃん」
「渉とはちょっとケンカしているだけだから」
こんな嘘はすぐにバレるし、渉に悪い。けれど、彼女たちを遠ざけるためには噓も方便だ。こんなに引っ付いて来られると、他の友人たちも居心地が悪いはずだ。
そういえば、渉はそういうとこ気を付けていたなと思い出した。
しょうがないなと渋々だけど離れてくれた。仕方なく彼女たちと友人たちとで、アトラクションを回りだす。友人たちは女子がいた方が嬉しそうだ。
だけど、バイキングに乗ったあとだ。辺りが妙に騒がしかった。
「何かあったのかな?」
オレだけじゃなく、友人たちも乗る前とは雰囲気が違うと思ったらしい。周りを気にしつつ歩いていると、立ち止まっている人から会話が聞こえてくる。
「ここで女の子が倒れたんだって」
「金髪の子らしいね」
心臓が凍り付いたような気がした。
――まさか、違う。だって、何で渉が倒れるんだよ。さっきまで元気そうだったじゃん。だからきっと、別の金髪の子――
だけど、オレの考えを否定するように友人が言う。
「なぁ……。渉が倒れて、いま救急車で運ばれようとしているって……」
振り返ると、友人がスマホを凝視していた。
オレもすぐにスマホでグループチャットを開く。
知らせているのは山崎だ。ほんの一分前に送信されている。グループチャットには次々に、どういうことかというメッセージが届くが返事はない。
おそらく返信するどころじゃないのだろう。
「……ッ!」
「あ! 陽介!」
オレはスマホを握りしめて走り出した。ここで倒れて救急車で運ばれるなら、入り口に運ばれているはずだ。じっとしていることなんて出来なかった。
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