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最終話
しおりを挟む強い夏の眩しい日差しが墓石に反射している。
あれから六年が経った。陽介は渡辺家のお墓の前でしゃがみ込んで手を合わせている。わたしはその様子を少し離れた場所から眺めていた。
二十三歳になった陽介。白いワンピースを着たわたしは、その横顔を飽きもせずに見つめている。
何ていうの? 渋みを増すような年齢じゃないけれど、前がショートケーキなら今はモンブランケーキになったみたいな。単純に歳を取って大人になっただけじゃない。そんな雰囲気をじっくりと味わっていた。
「渉」
陽介がわたしに気づく。
「そこ暑いだろ! 早くこっち来いよ!」
「うん。遅くなってごめんね。はい、これお線香」
車の中に忘れていたお線香の入った箱を陽介に渡す。「サンキューな」と言って、陽介はお線香に火をつけ始めた。今度は二人並んで、手を合わせる。
「ありがとう、陽介。お母さん、きっと喜んでいるよ」
わたしは陽介の方に向き直って言う。
「本当ならウェディングドレス姿を見せたかったけどなー」
「さすがにドレスは着て来られないもんね」
雰囲気だけでもということで、白いワンピースを着ている。髪もスタイリングするために長く伸ばしていた。金髪じゃなくて、ミルクティーのような明るい髪色。痛まないように念を入れてトリートメントしている。
明日、わたしはウェディングドレスを着る。隣にはもちろん白いタキシードを着た陽介が歩くのだ。
あれから予定通り学校を休学して治療を受けた。患者のわたしに出来ることなんてないから、もちろん医者に任せきり。意外なことに最初の放射線治療は、家から通院で受けた。ただ、ほぼ毎日受けることになる。わたしの場合、倦怠感がひどかった。
そのあとは、取り切れない小さながん細胞を薬で消すために抗がん剤治療に入る。最初は入院して抗がん剤の点滴を受けていたけれど、医者が通院でいいと言われて家に帰ることが出来た。
だけど、全く副作用がないわけじゃない。
吐いたり、食欲が出なかったり、髪が抜けたり……。あれだけ大事にしようと思っていた家族や陽介にきつく当たってしまうこともあった。
それでも、みんながわたしの側にいて、不安を少しでも和らげようとし続けてくれた。
茜さんやお父さんは食べられるものを探してくれたり、聖や山崎は気分転換になりそうなものをよく用意したりしてくれた。陽介は辛かったら背中を撫でてくれて、どんな状況でも楽しめることを一緒に探してくれた。
学校にも少しだけだけど、また通うことが出来た。
もちろん出席日数とか全然足りなくて、卒業は出来なかったけれど卒業証書なんて要らない。学校のみんなはわたしを歓迎してくれて、切り取られたほんの一瞬だったけれど大切に心に輝いている。
「美玖の作ってくれたウェルカムボード。めっちゃ気合入っていたね」
美玖は高校卒業後に美大に行って、高校教師の資格を取得した。渉みたいな生意気な生徒たちに教えるのは大変だって、嬉しそうに言っている。
少し遠くに行ってしまったけれど、何かあればすぐにメッセージを送り合う仲だ。離れているとはほとんど思えないほど、お互いのことを知っている。
「あれ見たら、みんな驚くだろうなー。そういや、聖の奴もう緊張して寝られないって言っていたぞ」
「ねー。わたしの結婚式なんだから、聖が緊張する必要ないって言っているのにね」
中学時代の聖は、卒業まで友達に恵まれることはなかった。
けれど、高校に入ってからはコンタクトにしてファッションにも気を付けて。
そして、すごく気の合う友達が出来た。家でも嬉しそうに話題によく出していた。その子とはわたしも仲良くなって、泊まりに来ては夜更かししては一緒におしゃべりしていた。
そんな聖も今では大学生だ。
家から通える距離だから、わたしと一緒に実家で暮らしている。でもわたしが結婚と共に家を出るときに、一人暮らしを始めるらしい。いままで茜さんに頼り切りだったから、学生のうちに一人でも生活できるか知りたいのだそうだ。
お父さんと茜さんは寂しそうだったけれど、わたしのことも聖のことも応援してくれている。お父さんと茜さんは、まるで何十年も連れ添った老夫婦みたいな雰囲気がするから不思議だなと思う。
「みんな、集まるの嬉しいね」
「おう。頼志も勉強忙しそうだけど、何次会でも付き合うって言っていたぞ」
頼志というのは山崎の名前だ。わたしが退院する頃には陽介と山崎の二人は下の名前で呼び合うようになっていた。二人だけでお酒を飲みに行ったり、互いの家に泊まったり。
あまりに仲が良くて、わたしが嫉妬するぐらいだ。
山崎は何だかんだ言っても、地元の国立大学に入学した。そこでも何になろうかと迷ってばかりいる様子だったけれど、卒業後は地元の税理士事務所に就職した。そこで働きつつ、税理士になるための勉強をしている。
なぜ税理士だったかと言うと――
「せっかくだから、もっと大きな結婚式を挙げたかったけどな」
「しょうがないでしょ。二人でお店を持つためなんだから。贅沢は禁止!」
陽介は高校卒業後、美容師の専門学校へ。陽介はコミュニケーション能力も高いし、その人の良い所を上手く引き出してくれる。専門学校を卒業した後は、地元の美容室で働き始めて、お客さんの評判もいいらしい。
わたしは陽介が褒めてくれたし、もっと陽介の側にいたいという不純な動機でネイリストの勉強を始めた。資格を取ったのは通信教育だったし、病気のこともあったから不安だったけれど、よく理解してくれるオーナーのネイルサロンで無理せずに働いている。
こうして、大人になったわたしと陽介。今の目標は二人でネイルも出来る美容室を開くことだ。ちなみに聖はよくわたしと陽介の実験台にされて、大学では気合の入ったギャルと言われているらしい。
山崎はわたしたちが頑張っていることに触発されたと言って、もっと応援したいからと税理士の勉強を始めた。自分がしたいことをしなよと言ったけれど聞く耳持たず。でも働き出した今は、他にもがんばっている人を応援出来て楽しいと言っている。
山崎の性に合っているみたいだ。
わたしも陽介も経営のことなんて分からないから、正直頼りにしている。
「じゃあ、そろそろ行くか」
陽介が手を差し出してくる。
あれから六年。治療は運よく上手くいって、わたしはこうして生きている。
余命一年と言われていたのにだ。
治療してくれた人たちの話では、新しい薬がわたしにとても合っていたのだそうだ。山崎の言っていた時間が経つほど医療が進んでいくってことも、あながち的外れではなかったみたい。
もちろん側にいてくれた人たちがいたから、わたしは諦めずにいられた。
それでも再発しないとは限らないし、定期的に検査をするために病院に通っている。
わたしだけでなく、明日誰に何があってもおかしくはない。
それでも――
「うん。行こう」
わたしは大切な人たちの手を取って歩んでいく。生きていく。
了
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