あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
12 / 62
1 お隣の黒川さん

1 - 12

しおりを挟む
 というか、むしろ、感謝するべきなのはこっちのほうではないだろうか。

「あ、あの、黒川さん。今日は本当にありがとうございました」

 雪子はそこで改めて黒川に深々と頭を下げた。

「黒川さんが今食べちゃった悪霊は、私が前に働いていたレストランで、お客として通ってきていた人なんです。でも、ある日から、突然私につきまとうようになってきて。私は何もしてないのに、彼の頭の中ではいつのまにか私が恋人ということになっていて。本当に困っていたんです。警察に相談して注意してもらっても、その人は私が恋人だと思い込んでいるから、全然効果がなくて、どんどんストーカーとしての行動が過激になっていって。だから、私、そのレストランをやめて、引越しもしたんです。前の住所はすでにその人にバレていたから……」
「なるほど。そういう事情でこちらに越してきたというわけなのですね。災難でしたね、それは」

 うんうん、という感じで黒川はうなずく。

「でも、もう安心ですよ。たちの悪いストーカー男の霊は僕が食べちゃいましたからね」
「本当に? あんなの食べちゃって、悪霊と一体化したり、悪霊に体をのっとられたりしないんですか?」
「はは、大丈夫ですよ。僕はなんせ、鬼の中でも黄泉の国出身の、羅刹の一族ですからね。亡者の魂を食らってなんぼの暗黒属性の鬼なのです」
「羅刹? 悪鬼羅刹って言葉の羅刹ですか」
「まあ、僕の場合は阿傍羅刹って言葉のほうがしっくり来ますかね」
「あぼうらせつ?」
「地獄の獄卒とも伝えられる由緒正しい一族なのです」
「は、はあ?」
「まあ、実のところ、それはあくまで言い伝えだけの話で、そんな役職ないんですけどね」
「そ、そうなんですか?」

 話がさっぱりわからんが、地獄というか、黄泉の国というか、そういう死んだ人間の魂がうごめいている世界の出身の鬼だということだけはなんとなくわかった雪子であった。

「というわけで、知り合いなんかで悪霊に悩まされている人がいたら、ぜひ僕に紹介してくださいね。悪霊ぺろっと食べちゃいますから。あと、アル中やヤク中みたいな、いつ死んでもおかしくなさそうな、破滅的で自堕落な生活をしている人なんかの情報もお願いします。死んだらぜひ魂をいただきたいです。ぶっちゃけ、もうすぐ死ぬ予定の邪悪な犯罪者なんか最高なんですが、それはさすがにカタギさんの赤城さんのお知り合いにはいませんよねー?」
「ええ、まあ……」

 かなり本気で悪霊情報、および悪霊予定者情報を聞き出そうとしている黒川に、ちょっと引いてしまう雪子だった。この男、人の死なんてなんとも思ってなさそうだ。そう、ただ人の魂をエサとしか思ってなさそうな。さすが人外生物。サイコパスのマッドサイエンティストみたいだ。

「もしかして、ゆうべ夜の街に繰り出してたのも、邪悪な霊を食べるためですか?」
「はい。昨夜はついてましたね。僕が拘置所に行ったとき、ちょうど死刑囚の魂が中からぬるっと出てきたところだったんですよ!」
「ぬ、ぬるっと?」
「いやあ、あれはおいしかったなあ。過去に人を三人も殺してる男だったんですけどね、後悔とか反省とかそういうのみじんも心にないんですよ。事件から十三年も経ってるっていうのに、死刑執行間際まで俺は何も悪くない、悪いのは周りの人間だ社会だって思い込んでて。まさに純粋な悪ですよね。そういう人の魂の味は当然、サイコーです!」

 黒川はウキウキで語る。まるで楽しい遠足の思い出を語る子供のような表情だが、言っていることは相当おかしい。

「ただ、惜しむらくは、事件発生から死刑まで相当なタイムラグがあって、邪悪パッションの鮮度がだいぶ落ちていたことですね」
「せ、鮮度?」
「その点で言えば、今食べたストーカー君の霊はなかなかです。独りよがりの妄想に取り付かれているだけという点では、邪念の深みに欠けますが、赤城さんへの執着を最高に高めたままの状態で悪霊になった。もぎたての果実をそのまま瞬間冷凍したようなフレッシュさがあってよかったです」
「そ、そうですか……」

 悪霊の味の評論を唐突にされても、その、困る。

「……まあでも、今はそんなこと話してる場合じゃないですね」

 黒川はふとそこで部屋を一瞥した。そう、ポルターガイスト現象を食らったせいで、しっちゃかめっちゃかの室内を。

「まずはこれを片付けないと」
「……ですね」

 雪子は重くため息をついた。悪霊は去ったといえ、ひどい有様だ。食器はほとんど割れてるし。

「黒川さん、こういうの、妖術か何かでぱぱっと片付けられたりしませんか?」
「いやあ、僕はそういう便利な術は使えないんですよ。妖怪としては超脳筋のパワータイプなんで」
「へえ、パワータイプなんですか」
「人間に化ける術だって微妙な具合ですしね。ほら」

 と、黒川はそこで人間に化ける術とやらを使ったようだった。たちまち、元の冴えない風貌の青年に戻ってしまった。ツノも牙もない、瞳も黒く、髪の長さも短くなっている。

「ああ、確かに、こちらの黒川さんはビジュアルがいまいちですね」
「いや、見た目の印象はどうでもいいですよ。とりあえず、普通の人間らしく化けてればいいんだから。問題は、この髪の長さです。どういうわけか、この術を使うと髪の長さが極端に短くなってしまうんです。これはちょっとめんどくさい」
「はあ?」

 髪の長さぐらいどうでもよさそうだが、こだわるポイントなのかなあ。

「じゃあ、本来の鬼の姿の状態で長い髪をばっさり切るとどうなるんですか?」
「人間に化けたとき、ベリーベリーショートの坊主頭になってしまいます」
「それは……似合いそうにないですね」

 雪子はその姿を想像し、ぷっと吹き出してしまった。ただでさえ貧相な容姿なのに、髪までさみしくなったら目もあてられない。

 その後、二人はしばらく散らかった部屋の片付けに専念した。二時間ほどで作業は終わり、黒川は自分の部屋に戻っていった。玄関からではなく、ベランダから。なんでも、二人の部屋のベランダを区切る衝立は止め具が外れてガバガバになっており、簡単に行き来できるということだった。

「やっぱり赤城さんの部屋が訳あり物件なのは、これが原因なんですかね?」
「……さ、さあ?」

 まさかこんな不可思議生物の男の家とベランダがつながっているとは。雪子は新たに発覚した事実に驚くばかりであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...