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2 黒川さんは売れてない
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「そもそも、連載を打ち切るというだけなら、電話かメールでお伝えすればすむお話ですし」
「ですよね! ですよね! 僕、前の連載切られたときは電話でしたもん!」
黒川はウッキウッキである。それって全一巻で終わった「天狗ポリス」のことだろうか。
「まあ、そういうことなので、気持ちを楽にして話を聞いていただきたいのですが――」
「はい! なんでもおっしゃってください!」
黒川は姿勢を正し、元気よく答えた。さっきまで死にそうな顔をしていたのが、嘘のようだ。
だが、その態度の急変っぷりに、諏訪は何か引っかかるものを感じたようだった。
「……ただ、打ち切りじゃないと聞かされて、そこまで喜ばれるのも、担当編集の立場としては非常に複雑なのですよ」
「え」
「少なくとも、黒川先生の頭の中では、いつ連載を切られてもおかしくない状態だという認識はあったわけでしょう? それゆえに、さっきまであんなに青い顔をされていたわけなのでしょう? それはプロとしてどうなんですか」
「い、いや、そのう……」
「月刊誌でたったの四ページの連載を切られなければ、それでいい。アンケートが毎回最下位でも、単行本の初版部数が最低ランクでも、連載が切られなければそれでいい。担当からの話が連載打ち切りの宣告じゃなくてうれしいハッピーサイコー! そういう心構えなのは、さすがにどうかと思いますけどねえ」
諏訪はやれやれといった感じでためいきをつく。どうやら、彼の中の説教スイッチが完全にオンになったようだった。
「この際です。黒川先生、本題に入る前に、まずご自身の作家としての現状をよく認識しておきましょう」
「げ、現状?」
黒川は当然、突然冷や水を浴びせられたようにおろおろしている。
「黒川先生、通常、編集から作家さんにお伝えする情報としては、先に述べたとおり、読者アンケートの結果と単行本の初版部数ぐらいしかないのが現状です。その二つの情報だけで、だいたい連載作品のおおよその人気は計り知れるものですからね」
「ええ、まあ……」
「ですが、黒川先生の連載作品の場合、この二つの数字はいずれもどん底です。なぜ連載を切られずにいるのか、担当編集ながら私としてもいぶかしく思う瞬間さえあります」
「いや、なんで諏訪さん自らそんなこと言うんですか!」
「事実だからです」
「おかしいでしょう! 連載を切るか切らないかは、諏訪さんが決めることじゃないですか!」
「まあ、そうなんですけど、黒川先生の連載はたったの四ページしかなく、いわばスキマの作品ですからね。切っても切らなくてもたいした影響は無いので、その判断がずるずる先延ばしされた感じではあります」
「な、なにそれぇ……」
「さらに言うと、黒川先生の万年アンケート最下位の作品が掲載され続けていることで、ちょっとだけ救われる方も、もしかしたらいるのかなーっと、個人的にぼんやり考えている次第です」
「す、救われる方?」
「まあ、あくまで私の推測なんですけどね。時々、本誌に新人作家さんの読み切りを掲載することもあるでしょう? で、少ししてそのアンケートの順位を作家さんにお伝えするわけですが、なんせ新人さんなんで、作品としては未熟でこなれていないもので、アンケートの順位はたいていイマイチなのですよ。そして、そういうときに、たとえば、あなたの作品は最下位でしたよ、と言うのと、あなたの作品は下から二番目でしたよ、と言うのとでは、やはり新人作家さんが受ける精神的ダメージは少しは違うのかなーっと」
「ちょ、何ですか、それ! 僕の漫画、新人さんの心のケアのためだけに連載されてるって言うんですか!」
「いや、まあ、そういう可能性もあるという話ですよ」
「そ……そんな可能性の話なんて聞きたくなかった……」
黒川は下唇をかみ締めながら、ぷるぷると小刻みに体を震わせている。まあ、確かに、えげつない話ではある……。
「ただ、黒川先生の連載が継続しているのはそれだけの理由ではないのですよ。ここだけの話、編集部には先生の作品の熱烈なファンが一人いらっしゃるのです」
「え!」
「そして、その方はわりと編集部内では発言力が大きいため、どの作品を切るかという話になったときも、自然と黒川先生の作品は俎上に載らないという仕組みになっているのです」
「そうなんですかあ。知らなかったなあ、僕って愛されてるんですねえ」
とたんにぱーっと表情が明るくなる黒川だった――が、
「ただ、その人の感性はあまり一般的ではないと私は思います」
諏訪はまたしても冷や水を浴びせるようなことを言う。
「い、一般的でないって?」
「はっきり言います。黒川先生の漫画は、百人に読ませたら九十九人はクソつまらないと言うものです。ギャグマンガというのは、だいだいそういう傾向があるものですが、黒川先生のマンガの場合は特にその傾向が顕著です。つまり、ごく普通の人が読めば、ひょっとこリーマンとは、ただのクソ漫画です」
「く、そ……?」
「はい。クソ売れない漫画。略してクソ漫画」
「い、いや、そのう……」
歯に衣着せぬ容赦ない諏訪の言葉に、黒川は当然顔面蒼白である。さっきまでの明るい表情はどこへ行ったのか。
「ですよね! ですよね! 僕、前の連載切られたときは電話でしたもん!」
黒川はウッキウッキである。それって全一巻で終わった「天狗ポリス」のことだろうか。
「まあ、そういうことなので、気持ちを楽にして話を聞いていただきたいのですが――」
「はい! なんでもおっしゃってください!」
黒川は姿勢を正し、元気よく答えた。さっきまで死にそうな顔をしていたのが、嘘のようだ。
だが、その態度の急変っぷりに、諏訪は何か引っかかるものを感じたようだった。
「……ただ、打ち切りじゃないと聞かされて、そこまで喜ばれるのも、担当編集の立場としては非常に複雑なのですよ」
「え」
「少なくとも、黒川先生の頭の中では、いつ連載を切られてもおかしくない状態だという認識はあったわけでしょう? それゆえに、さっきまであんなに青い顔をされていたわけなのでしょう? それはプロとしてどうなんですか」
「い、いや、そのう……」
「月刊誌でたったの四ページの連載を切られなければ、それでいい。アンケートが毎回最下位でも、単行本の初版部数が最低ランクでも、連載が切られなければそれでいい。担当からの話が連載打ち切りの宣告じゃなくてうれしいハッピーサイコー! そういう心構えなのは、さすがにどうかと思いますけどねえ」
諏訪はやれやれといった感じでためいきをつく。どうやら、彼の中の説教スイッチが完全にオンになったようだった。
「この際です。黒川先生、本題に入る前に、まずご自身の作家としての現状をよく認識しておきましょう」
「げ、現状?」
黒川は当然、突然冷や水を浴びせられたようにおろおろしている。
「黒川先生、通常、編集から作家さんにお伝えする情報としては、先に述べたとおり、読者アンケートの結果と単行本の初版部数ぐらいしかないのが現状です。その二つの情報だけで、だいたい連載作品のおおよその人気は計り知れるものですからね」
「ええ、まあ……」
「ですが、黒川先生の連載作品の場合、この二つの数字はいずれもどん底です。なぜ連載を切られずにいるのか、担当編集ながら私としてもいぶかしく思う瞬間さえあります」
「いや、なんで諏訪さん自らそんなこと言うんですか!」
「事実だからです」
「おかしいでしょう! 連載を切るか切らないかは、諏訪さんが決めることじゃないですか!」
「まあ、そうなんですけど、黒川先生の連載はたったの四ページしかなく、いわばスキマの作品ですからね。切っても切らなくてもたいした影響は無いので、その判断がずるずる先延ばしされた感じではあります」
「な、なにそれぇ……」
「さらに言うと、黒川先生の万年アンケート最下位の作品が掲載され続けていることで、ちょっとだけ救われる方も、もしかしたらいるのかなーっと、個人的にぼんやり考えている次第です」
「す、救われる方?」
「まあ、あくまで私の推測なんですけどね。時々、本誌に新人作家さんの読み切りを掲載することもあるでしょう? で、少ししてそのアンケートの順位を作家さんにお伝えするわけですが、なんせ新人さんなんで、作品としては未熟でこなれていないもので、アンケートの順位はたいていイマイチなのですよ。そして、そういうときに、たとえば、あなたの作品は最下位でしたよ、と言うのと、あなたの作品は下から二番目でしたよ、と言うのとでは、やはり新人作家さんが受ける精神的ダメージは少しは違うのかなーっと」
「ちょ、何ですか、それ! 僕の漫画、新人さんの心のケアのためだけに連載されてるって言うんですか!」
「いや、まあ、そういう可能性もあるという話ですよ」
「そ……そんな可能性の話なんて聞きたくなかった……」
黒川は下唇をかみ締めながら、ぷるぷると小刻みに体を震わせている。まあ、確かに、えげつない話ではある……。
「ただ、黒川先生の連載が継続しているのはそれだけの理由ではないのですよ。ここだけの話、編集部には先生の作品の熱烈なファンが一人いらっしゃるのです」
「え!」
「そして、その方はわりと編集部内では発言力が大きいため、どの作品を切るかという話になったときも、自然と黒川先生の作品は俎上に載らないという仕組みになっているのです」
「そうなんですかあ。知らなかったなあ、僕って愛されてるんですねえ」
とたんにぱーっと表情が明るくなる黒川だった――が、
「ただ、その人の感性はあまり一般的ではないと私は思います」
諏訪はまたしても冷や水を浴びせるようなことを言う。
「い、一般的でないって?」
「はっきり言います。黒川先生の漫画は、百人に読ませたら九十九人はクソつまらないと言うものです。ギャグマンガというのは、だいだいそういう傾向があるものですが、黒川先生のマンガの場合は特にその傾向が顕著です。つまり、ごく普通の人が読めば、ひょっとこリーマンとは、ただのクソ漫画です」
「く、そ……?」
「はい。クソ売れない漫画。略してクソ漫画」
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