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2 黒川さんは売れてない
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しかしその数日後の夕方、雪子は再びアパートの階段のところで転がっている黒川を発見した。見ると、めちゃくちゃ落ち込んでいる様子で、いつも以上に顔色がブルーだ。
「いったい、何があったんですか?」
さすがに尋ねずにはいられなかった。
「実は、さきほど諏訪さんから電話がありまして……」
「あ、ついに連載を切られて?」
「き、切られてはいません! ただ、月刊サバト誌面リニューアルに伴って、僕の漫画がそのう、ウェブサバトのほうの掲載に変わるという――」
「ウェブ連載? ようは左遷ですか」
「ち、ちがっ! あくまで誌面リニューアルに伴う変更手続きですから! 事務的なものですから!」
「はあ……」
紙の雑誌からネットに追い出されるなんて、どう考えても左遷なのになあ。
「じゃあ、紙からネットに変わるだけで、今までどおりじゃないですか。なんでそんなに落ち込んでるんですか」
「……ページ数が減ってしまいまして」
「え、四ページしかなかったのに?」
「ウェブサバトでは毎月二ページだけでいいそうです……」
うわあ。ただでさえ少ないページが半分に!
「もしかして、原稿料も減って?」
「ええ、まあ……。ネットだと安くなるのが普通なんでしょうね。一ページあたり八千円だったのが、六千円になってしまいましたよ……」
安い! 元から安いのにさらにディスカウント! しかも、一ページ一万円を三十二ページ分の仕事を棒に振って、この減収である。
「黒川さん、やっぱりコミカライズの仕事を断ったせいで、諏訪さんにこいつ使えないなって思われちゃったんですよ。それで冷遇――」
「そ、そんなことはない! あくまで誌面をリニューアルするだけですから! 僕の漫画はそもそもウェブ向きなんですよ! きっと、諏訪さんはそういう判断なんですよ!」
「いや、ウェブ向きどころか、誰向きでもないって言われたばかりじゃないですか」
「う、うるさいやいっ! 僕はまだ切られてない! まだ戦えるんですよ!」
必死に強がっているもののすでに涙目の男であった。やっぱり、「ひょっとこリーマン」は三巻で打ち切りかなあと、雪子は容易に彼の未来が想像できた。
さて、同じころ、菱田出版の月刊サバト編集部では、一人の男がデスクでスマホをいじりながら重くため息をついていた。メガネにオールバックの男、諏訪直行だ。
彼の手に握られたスマホの画面に表示されているのは、ウェブサバトのトップページだ。そう、ついさっき、黒川を島流しにした場所である。
ただ、黒川の数年来の担当編集である彼の胸中は複雑であった。
「ここでひょっリーがバズる……わけはないか」
だよなあ、今さら売れないよなあ、あんな漫画。毎月二ページに減らしたとはいえ、三巻が出せるまで原稿たまったら打ち切りまっしぐらコースだコレ。うわあ、めっちゃつれえ。みたいな気持ちだった。
表向きはド厳しい敏腕編集であるが、心の声はけっこう軽いのであった。なお、ひょっリーとは「ひょっとこリーマン」の略称である。
いや、この場合、愛称と言うべきだろうか。
「なーんで売れないかなあ。このクソ漫画」
諏訪はデスクの隅に置いていた「ひょっとこリーマン」の一巻二巻を手に取り、ぺらぺらとページをめくり始めた……いや、じっくり読み始めた。
そして、ややあって。
「あー、やっぱひょっリーはクソ面白いな。黒川先生、マジ天才かよ」
二巻までしっかり熟読し、発した一言がこれである。
そう、このクソ売れない漫画をこよなく愛している編集とは、他ならぬ諏訪自身であった。つまり、副編集長である彼の寵愛により、黒川は今まで打ち切りをまぬがれていたのだった。
ただ、それだって限界があるというものだ。彼はやっぱりプロの編集である。売れない漫画は、どんなに思い入れがあっても切らなくてはいけない。
そもそも、自分が面白いと思って押した漫画が読者に受けない、そんなのは日常茶飯事なのだ、この業界。黒川のクソ漫画も、しょせん、その一つにすぎないのだ。
「せめてコミカライズの仕事を蹴ってくれなければなあ」
打ち切りやすかったのに。罪悪感を覚えずにすぱっとクソ漫画を切れたのに。
そう、黒川にクリパンの作画の依頼が来たのはたまたまだったが、諏訪としてはクソほど売れないひょっリーに見切りをつけるいい機会だと思ったのだ。それなのにまあ、断っちゃって。
ただ、諏訪は彼がなぜ断ったのかわかる気がした。BLに詳しくないからと答えていたが、実のところは、話は他人任せの「作画マシーン」にはなりたくないのだろう。そういう考えの作家は、決して珍しいものではない。黒川もまた、そういうタイプだったというだけの話だ。クソほど売れてないのにも関わらず。
まあ、いい。そういうふうに「自分だけのオリジナル」にしがみついて、売れないまま消える作家は多い。彼もまた自らその道を選んだというだけだし、編集としてはもう何も出来ることはない……。
諏訪はひょっリーの単行本を元の場所に戻し、再び編集の業務に戻った。
「いったい、何があったんですか?」
さすがに尋ねずにはいられなかった。
「実は、さきほど諏訪さんから電話がありまして……」
「あ、ついに連載を切られて?」
「き、切られてはいません! ただ、月刊サバト誌面リニューアルに伴って、僕の漫画がそのう、ウェブサバトのほうの掲載に変わるという――」
「ウェブ連載? ようは左遷ですか」
「ち、ちがっ! あくまで誌面リニューアルに伴う変更手続きですから! 事務的なものですから!」
「はあ……」
紙の雑誌からネットに追い出されるなんて、どう考えても左遷なのになあ。
「じゃあ、紙からネットに変わるだけで、今までどおりじゃないですか。なんでそんなに落ち込んでるんですか」
「……ページ数が減ってしまいまして」
「え、四ページしかなかったのに?」
「ウェブサバトでは毎月二ページだけでいいそうです……」
うわあ。ただでさえ少ないページが半分に!
「もしかして、原稿料も減って?」
「ええ、まあ……。ネットだと安くなるのが普通なんでしょうね。一ページあたり八千円だったのが、六千円になってしまいましたよ……」
安い! 元から安いのにさらにディスカウント! しかも、一ページ一万円を三十二ページ分の仕事を棒に振って、この減収である。
「黒川さん、やっぱりコミカライズの仕事を断ったせいで、諏訪さんにこいつ使えないなって思われちゃったんですよ。それで冷遇――」
「そ、そんなことはない! あくまで誌面をリニューアルするだけですから! 僕の漫画はそもそもウェブ向きなんですよ! きっと、諏訪さんはそういう判断なんですよ!」
「いや、ウェブ向きどころか、誰向きでもないって言われたばかりじゃないですか」
「う、うるさいやいっ! 僕はまだ切られてない! まだ戦えるんですよ!」
必死に強がっているもののすでに涙目の男であった。やっぱり、「ひょっとこリーマン」は三巻で打ち切りかなあと、雪子は容易に彼の未来が想像できた。
さて、同じころ、菱田出版の月刊サバト編集部では、一人の男がデスクでスマホをいじりながら重くため息をついていた。メガネにオールバックの男、諏訪直行だ。
彼の手に握られたスマホの画面に表示されているのは、ウェブサバトのトップページだ。そう、ついさっき、黒川を島流しにした場所である。
ただ、黒川の数年来の担当編集である彼の胸中は複雑であった。
「ここでひょっリーがバズる……わけはないか」
だよなあ、今さら売れないよなあ、あんな漫画。毎月二ページに減らしたとはいえ、三巻が出せるまで原稿たまったら打ち切りまっしぐらコースだコレ。うわあ、めっちゃつれえ。みたいな気持ちだった。
表向きはド厳しい敏腕編集であるが、心の声はけっこう軽いのであった。なお、ひょっリーとは「ひょっとこリーマン」の略称である。
いや、この場合、愛称と言うべきだろうか。
「なーんで売れないかなあ。このクソ漫画」
諏訪はデスクの隅に置いていた「ひょっとこリーマン」の一巻二巻を手に取り、ぺらぺらとページをめくり始めた……いや、じっくり読み始めた。
そして、ややあって。
「あー、やっぱひょっリーはクソ面白いな。黒川先生、マジ天才かよ」
二巻までしっかり熟読し、発した一言がこれである。
そう、このクソ売れない漫画をこよなく愛している編集とは、他ならぬ諏訪自身であった。つまり、副編集長である彼の寵愛により、黒川は今まで打ち切りをまぬがれていたのだった。
ただ、それだって限界があるというものだ。彼はやっぱりプロの編集である。売れない漫画は、どんなに思い入れがあっても切らなくてはいけない。
そもそも、自分が面白いと思って押した漫画が読者に受けない、そんなのは日常茶飯事なのだ、この業界。黒川のクソ漫画も、しょせん、その一つにすぎないのだ。
「せめてコミカライズの仕事を蹴ってくれなければなあ」
打ち切りやすかったのに。罪悪感を覚えずにすぱっとクソ漫画を切れたのに。
そう、黒川にクリパンの作画の依頼が来たのはたまたまだったが、諏訪としてはクソほど売れないひょっリーに見切りをつけるいい機会だと思ったのだ。それなのにまあ、断っちゃって。
ただ、諏訪は彼がなぜ断ったのかわかる気がした。BLに詳しくないからと答えていたが、実のところは、話は他人任せの「作画マシーン」にはなりたくないのだろう。そういう考えの作家は、決して珍しいものではない。黒川もまた、そういうタイプだったというだけの話だ。クソほど売れてないのにも関わらず。
まあ、いい。そういうふうに「自分だけのオリジナル」にしがみついて、売れないまま消える作家は多い。彼もまた自らその道を選んだというだけだし、編集としてはもう何も出来ることはない……。
諏訪はひょっリーの単行本を元の場所に戻し、再び編集の業務に戻った。
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