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3 黒川さんたちはお金がない
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「前々から、卑しい男だとは思っていたが、まさか盗人に身をやつしているとはな」
大男は怒りの形相で黒川に近づき、そのジャージの胸倉をつかんで持ち上げた。黒川は「あわわ」と変な声を出して手足をじたばたさせた。
「い、いや、盗んだつもりはないんですよ? ちゃんと聖夜には持っていっていいよって言われたし?」
「……そうなのか、聖夜?」
大男は聖夜に振り返ったが、
「うーん、どうだったかなー?」
聖夜はまたしても適当な答えであった……。
「ちょ、聖夜! さっき兄ちゃんに言ったでしょう! うちは金持ちだから貧しい兄ちゃんにはいくらでもサービスしてあげるよって!」
「えー、ボクはただ、一夜兄ちゃんがたとえこの先、泥棒になったとしても、お兄ちゃんとして変わらず慕い続けるよって言っただけだよ。あと、その後に、上流階級の人が持つべき心構えについて口にした気がするけど、それは一夜兄ちゃんとは何の関係もない話だしね」
「い、いやっ! 関係なくない! なくなくないですよ!」
黒川は大男の懐の中でますますじたばたした。そして、そんな兄の無様な姿を笑いながら見ている聖夜だった。天使のような外見とは裏腹に、なかなかに腹黒い性格をしているようだ。
「幼い聖夜まで丸め込んで、盗人の片棒を担がせるとはな。恥というものを知らないのか、兄さんは」
そして、そんな二人のやりとりに、大男はますます怒ったようだった。
「お、落ち着きましょう、白夜! 僕たち兄弟じゃないですか。それなのに、盗んだも盗まれたもないでしょう! いわばここにあるのは僕らの共通財産――」
「法的には窃盗罪が成立するケースだが?」
「え」
「親族相盗例において、窃盗罪の罰則が成立しないのは配偶者、直系血族、同居の親族のみだ。兄さんと俺は兄弟であって、配偶者でも直系血族でもないし、別居しているわけだから、同居の親族にあたるわけでもない。すなわち、今この場で俺が警察に通報すれば、兄さんはごく普通に窃盗犯として逮捕されるわけなんだが?」
「そ、そういうのはやめてください……」
黒川の声音が一気にトーンダウンした。
「さらに言うと、この場でこのまま兄さんを殺しても、俺は罪には問われない。盗犯等防止法の一条、一項の正当防衛が成立するからな!」
大男は黒川の細い体を台所の壁に叩きつけながら叫んだ。いや、さっき黒川に名前を呼ばれたし、彼こそがこの家の主、黒川白夜か。
「あ、あの、白夜さん。もうそのへんで許してあげてください」
さすがに見ちゃいられないので、雪子は止めに入った。
「その人、つい先日、連載漫画のページと原稿料を減らされて、ものすごいお金がないみたいなんです。だからつい出来心でやっちゃっただけだと思うんです」
いやまあ、本当は計画的犯罪だと思うけど、そこは考えないことにする。
「……ん? ところであなたは?」
そこで白夜はようやく、雪子の存在に気づいたようだった。よほど黒川の蛮行にぶち切れていたのだろうか。
「ああ、白夜、紹介がまだでしたね。彼女は僕の――」
「兄さんに、いくら貸してるんですか?」
と、黒川の言葉を無視して雪子に尋ねてくる白夜だった。
「え、いくらって何の話ですか?」
「どうせ兄さんにお金を貸していて、本人からは回収できそうもないから、俺のところに来たのでしょう。まったく困った人ですよね。俺がかわりに立て替えておきますよ。いったい、いくら貸したのですか?」
「いえ、そうじゃなくて!」
かくかくしかじか。雪子はあわてて自己紹介しながら事情を説明した。それを聞きながら、聖夜は「へえ、お姉ちゃんは、お金の取立てにきたわけじゃなかったんだー」と、びっくりしたようだった。彼にまで借金取りだと思われていたようだ。どんだけ信用ないんだ、一夜兄さんは。
「……なるほど。そういったご事情でしたか。失礼しました。愚兄が日ごろから大変お世話になっております。俺はこういうものです」
と、スーツの懐から名刺を出し、雪子に差し出す白夜だった。受け取ると、その肩書きには「法務省 特別残留管理室 室長補佐」とあった。確かに黒川の言っていた通り、法務省で働いている官僚のようだった。しかも、見たころ二十代後半くらいの若さなのに室長補佐。けっこうなエリートにも違いなさそうだった。
その後、黒川から解決済みの討伐依頼書の束を受け取ると、白夜は居間に戻って、ソファの前のローテーブルの上にそれを並べて確認し始めた。雪子たちも居間に戻った。
やがて、
「……すごいな。これを一晩で全部やったのか」
白夜はちょっと感心した様子でつぶやいた。
「ふふ。別にお前様に褒められるためにやったわけじゃないですけどね。はよ金よこせ」
そうは言うが、弟に褒められてちょっと得意げな兄であった。
「まあ、通常の手続きをすっ飛ばして、この場で俺が報酬を払ってやってもいいが……」
白夜は何か言いたげに兄のほうをちらっと見た。
大男は怒りの形相で黒川に近づき、そのジャージの胸倉をつかんで持ち上げた。黒川は「あわわ」と変な声を出して手足をじたばたさせた。
「い、いや、盗んだつもりはないんですよ? ちゃんと聖夜には持っていっていいよって言われたし?」
「……そうなのか、聖夜?」
大男は聖夜に振り返ったが、
「うーん、どうだったかなー?」
聖夜はまたしても適当な答えであった……。
「ちょ、聖夜! さっき兄ちゃんに言ったでしょう! うちは金持ちだから貧しい兄ちゃんにはいくらでもサービスしてあげるよって!」
「えー、ボクはただ、一夜兄ちゃんがたとえこの先、泥棒になったとしても、お兄ちゃんとして変わらず慕い続けるよって言っただけだよ。あと、その後に、上流階級の人が持つべき心構えについて口にした気がするけど、それは一夜兄ちゃんとは何の関係もない話だしね」
「い、いやっ! 関係なくない! なくなくないですよ!」
黒川は大男の懐の中でますますじたばたした。そして、そんな兄の無様な姿を笑いながら見ている聖夜だった。天使のような外見とは裏腹に、なかなかに腹黒い性格をしているようだ。
「幼い聖夜まで丸め込んで、盗人の片棒を担がせるとはな。恥というものを知らないのか、兄さんは」
そして、そんな二人のやりとりに、大男はますます怒ったようだった。
「お、落ち着きましょう、白夜! 僕たち兄弟じゃないですか。それなのに、盗んだも盗まれたもないでしょう! いわばここにあるのは僕らの共通財産――」
「法的には窃盗罪が成立するケースだが?」
「え」
「親族相盗例において、窃盗罪の罰則が成立しないのは配偶者、直系血族、同居の親族のみだ。兄さんと俺は兄弟であって、配偶者でも直系血族でもないし、別居しているわけだから、同居の親族にあたるわけでもない。すなわち、今この場で俺が警察に通報すれば、兄さんはごく普通に窃盗犯として逮捕されるわけなんだが?」
「そ、そういうのはやめてください……」
黒川の声音が一気にトーンダウンした。
「さらに言うと、この場でこのまま兄さんを殺しても、俺は罪には問われない。盗犯等防止法の一条、一項の正当防衛が成立するからな!」
大男は黒川の細い体を台所の壁に叩きつけながら叫んだ。いや、さっき黒川に名前を呼ばれたし、彼こそがこの家の主、黒川白夜か。
「あ、あの、白夜さん。もうそのへんで許してあげてください」
さすがに見ちゃいられないので、雪子は止めに入った。
「その人、つい先日、連載漫画のページと原稿料を減らされて、ものすごいお金がないみたいなんです。だからつい出来心でやっちゃっただけだと思うんです」
いやまあ、本当は計画的犯罪だと思うけど、そこは考えないことにする。
「……ん? ところであなたは?」
そこで白夜はようやく、雪子の存在に気づいたようだった。よほど黒川の蛮行にぶち切れていたのだろうか。
「ああ、白夜、紹介がまだでしたね。彼女は僕の――」
「兄さんに、いくら貸してるんですか?」
と、黒川の言葉を無視して雪子に尋ねてくる白夜だった。
「え、いくらって何の話ですか?」
「どうせ兄さんにお金を貸していて、本人からは回収できそうもないから、俺のところに来たのでしょう。まったく困った人ですよね。俺がかわりに立て替えておきますよ。いったい、いくら貸したのですか?」
「いえ、そうじゃなくて!」
かくかくしかじか。雪子はあわてて自己紹介しながら事情を説明した。それを聞きながら、聖夜は「へえ、お姉ちゃんは、お金の取立てにきたわけじゃなかったんだー」と、びっくりしたようだった。彼にまで借金取りだと思われていたようだ。どんだけ信用ないんだ、一夜兄さんは。
「……なるほど。そういったご事情でしたか。失礼しました。愚兄が日ごろから大変お世話になっております。俺はこういうものです」
と、スーツの懐から名刺を出し、雪子に差し出す白夜だった。受け取ると、その肩書きには「法務省 特別残留管理室 室長補佐」とあった。確かに黒川の言っていた通り、法務省で働いている官僚のようだった。しかも、見たころ二十代後半くらいの若さなのに室長補佐。けっこうなエリートにも違いなさそうだった。
その後、黒川から解決済みの討伐依頼書の束を受け取ると、白夜は居間に戻って、ソファの前のローテーブルの上にそれを並べて確認し始めた。雪子たちも居間に戻った。
やがて、
「……すごいな。これを一晩で全部やったのか」
白夜はちょっと感心した様子でつぶやいた。
「ふふ。別にお前様に褒められるためにやったわけじゃないですけどね。はよ金よこせ」
そうは言うが、弟に褒められてちょっと得意げな兄であった。
「まあ、通常の手続きをすっ飛ばして、この場で俺が報酬を払ってやってもいいが……」
白夜は何か言いたげに兄のほうをちらっと見た。
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