46 / 62
4 黒川さんと星月夜
4 - 8
しおりを挟む
樹海であらかた霊を食べつくしたところで、二人は東京に戻った。もちろん、行きと同じく、黒川健脚ジェット便で。東京までの所要時間は二十分前後といったところだった。恐るべき速度である。おそらくは新幹線より早い。
ただ、そんな猛スピードで移動しているにもかかわらず、雪子は彼の懐に抱かれている間、あまり風圧や重圧などは感じなかった。ただすごい速さで流れている周りの景色をぼんやり眺めていただけだった。これも妖怪変化の謎の能力のなせる業だろうか?
「あ、そうだ。赤城さん、これからまた飲みなおしませんか?」
東京の街並みが見えてきたころ、黒川は雪子に言った。
「飲みなおすって、どこかのお店にでも行くんですか? そんなお金ないでしょう」
「大丈夫ですよ。タダでお酒が飲める場所があるんですよ、これが」
黒川はにやりと笑った。そして、すぐにその場所に着いてしまった。そこは雪子もかつて訪れたことのある場所、黒川白夜、聖夜兄弟のマンションだった。その最上階のベランダに二人は飛び込んだわけだった。
「きっと白夜ならいい酒をたくさん持ってるはずですよ。なんせ、僕と同じお酒大好きの羅刹ですからね」
そう言いながら、何のためらいもなくベランダから室内に侵入しようとする黒川だったが――、窓はガッチリ施錠されていて開かなかった。
「あ、あれ? 前ここから入ったときは鍵なんてかかってなかったのに?」
とたんにうろたえる男である。この男、雪子の部屋だけではなく、弟の部屋もベランダから出入りしているのか。そりゃ、当然鍵はかけられるはずである。最上階だろうと、油断ならなすぎである。
「こんな夜中に人の家にベランダから入り込むとか、非常識にもほどがありますよ。早く帰りましょうよ」
「いや、大丈夫。こんな窓、ちょっと叩けば壊れ……いや、それやると警備システムとか作動して、めんどくさいことに?」
「もうただの泥棒の発想じゃないですか」
雪子はあきれるばかりであった。
と、そのとき、窓ガラスを隔てた向こうの室内が、突然明るくなった。見ると、二メートルはあろう巨漢の男、白夜が立っていた。寝ていたのだろうか、今はパジャマ姿である。しかもナイトキャップなんて被っている。当然、その巨体には死ぬほど似合ってない……。
「おお、白夜! いいところに来ましたね。早く窓を開けてください」
「人の家のベランダに不法侵入しておいて、何を偉そうなことを」
白夜もいらだちを通り越してあきれたような様子だったが、どういうわけかすぐに窓を開けてくれた。二人はそそくさと中に入った。
「あ、あの、こんな夜中に突然お邪魔して申し訳ありません……」
居間に通された雪子はただちに白夜に平謝りしたが、
「いいんですよ。赤城さんは、兄さんに巻き込まれただけでしょう」
と、一瞬で事情を察してくれた白夜だった。やはりこの弟、兄とは違ってできる……。
そして、室内に侵入した黒川は、前と同じように勝手に台所に行ってしまった。
「あの人、白夜さんのお酒を飲みに来たんですよ。いいんですか?」
「よくはないですが、まあ、酒くらいなら」
白夜は不思議と兄の傍若無人ぶりを怒ってない様子だった。
と、そこで、
「びゃ、白夜! なんでこんな酒があるんですかっ!」
黒川が血相を変えて二人のいる居間に戻ってきた。その手には国産ウィスキーの瓶が握られていた。
「なんでって、飲むからに決まっているだろう、兄さん」
「いや、こんなの飲むって、おかしいでしょう! いくらすると思ってるんですか!」
「? 買った時は二万円くらいだったはずだが……」
「二万どころじゃないですよ、これは! 最近はすごく値上がりしてますからね! 十万はするはずです!」
「そんなにか? ただの二十年ものだぞ?」
白夜は首をかしげた。だが、「するんだぞう! 最近は国産ウィスキーがブームでプレミアついてるんだぞう!」と、何やら強い口調で説明する黒川だった。そんなブームがあったのか。雪子も初耳であった。
「というわけで、これはたった今僕の財産になったのでした。ちょっと質屋に行って売ってきます」
「こんな時間にか? バカバカしい。うまい酒なんだから、市場価格がいくらだろうと飲めばいいだろう」
白夜はそう言うと、兄の手からすばやくウイスキーの瓶を取り上げ、その場で開封してしまった。
「な、なんてことを! 未開封じゃなきゃ売れないじゃないですかあ!」
「そうだな。これで飲むしかなくなったな」
白夜はにやりと笑った。この人、外見はいかついけど、性格は案外そうでもないのかも? 雪子もつられて笑った。
それから、三人は白夜の家の居間で飲み明かした。黒川は白夜が開封してしまったウィスキーをグラスになみなみと注ぎ、ロックで一気に煽って「うーん、やっぱり高い酒はうまいですね。金の味がする!」と、言った。卑しさ極まれりであった。まあ、確かにグラス一杯で五千円くらいしそうではあったが。
酒に弱い雪子は、そのウィスキーを白夜に炭酸水で割ってハイボールにしてもらい、一杯だけ飲んだ。ウィスキーの味はよくわからないが、上品でよい香りがして気持ちよく酔える感じだった。
これが金の味……。黒川の下品な言葉を思わず心の中で復唱してしまう雪子であった。
ただ、そんな猛スピードで移動しているにもかかわらず、雪子は彼の懐に抱かれている間、あまり風圧や重圧などは感じなかった。ただすごい速さで流れている周りの景色をぼんやり眺めていただけだった。これも妖怪変化の謎の能力のなせる業だろうか?
「あ、そうだ。赤城さん、これからまた飲みなおしませんか?」
東京の街並みが見えてきたころ、黒川は雪子に言った。
「飲みなおすって、どこかのお店にでも行くんですか? そんなお金ないでしょう」
「大丈夫ですよ。タダでお酒が飲める場所があるんですよ、これが」
黒川はにやりと笑った。そして、すぐにその場所に着いてしまった。そこは雪子もかつて訪れたことのある場所、黒川白夜、聖夜兄弟のマンションだった。その最上階のベランダに二人は飛び込んだわけだった。
「きっと白夜ならいい酒をたくさん持ってるはずですよ。なんせ、僕と同じお酒大好きの羅刹ですからね」
そう言いながら、何のためらいもなくベランダから室内に侵入しようとする黒川だったが――、窓はガッチリ施錠されていて開かなかった。
「あ、あれ? 前ここから入ったときは鍵なんてかかってなかったのに?」
とたんにうろたえる男である。この男、雪子の部屋だけではなく、弟の部屋もベランダから出入りしているのか。そりゃ、当然鍵はかけられるはずである。最上階だろうと、油断ならなすぎである。
「こんな夜中に人の家にベランダから入り込むとか、非常識にもほどがありますよ。早く帰りましょうよ」
「いや、大丈夫。こんな窓、ちょっと叩けば壊れ……いや、それやると警備システムとか作動して、めんどくさいことに?」
「もうただの泥棒の発想じゃないですか」
雪子はあきれるばかりであった。
と、そのとき、窓ガラスを隔てた向こうの室内が、突然明るくなった。見ると、二メートルはあろう巨漢の男、白夜が立っていた。寝ていたのだろうか、今はパジャマ姿である。しかもナイトキャップなんて被っている。当然、その巨体には死ぬほど似合ってない……。
「おお、白夜! いいところに来ましたね。早く窓を開けてください」
「人の家のベランダに不法侵入しておいて、何を偉そうなことを」
白夜もいらだちを通り越してあきれたような様子だったが、どういうわけかすぐに窓を開けてくれた。二人はそそくさと中に入った。
「あ、あの、こんな夜中に突然お邪魔して申し訳ありません……」
居間に通された雪子はただちに白夜に平謝りしたが、
「いいんですよ。赤城さんは、兄さんに巻き込まれただけでしょう」
と、一瞬で事情を察してくれた白夜だった。やはりこの弟、兄とは違ってできる……。
そして、室内に侵入した黒川は、前と同じように勝手に台所に行ってしまった。
「あの人、白夜さんのお酒を飲みに来たんですよ。いいんですか?」
「よくはないですが、まあ、酒くらいなら」
白夜は不思議と兄の傍若無人ぶりを怒ってない様子だった。
と、そこで、
「びゃ、白夜! なんでこんな酒があるんですかっ!」
黒川が血相を変えて二人のいる居間に戻ってきた。その手には国産ウィスキーの瓶が握られていた。
「なんでって、飲むからに決まっているだろう、兄さん」
「いや、こんなの飲むって、おかしいでしょう! いくらすると思ってるんですか!」
「? 買った時は二万円くらいだったはずだが……」
「二万どころじゃないですよ、これは! 最近はすごく値上がりしてますからね! 十万はするはずです!」
「そんなにか? ただの二十年ものだぞ?」
白夜は首をかしげた。だが、「するんだぞう! 最近は国産ウィスキーがブームでプレミアついてるんだぞう!」と、何やら強い口調で説明する黒川だった。そんなブームがあったのか。雪子も初耳であった。
「というわけで、これはたった今僕の財産になったのでした。ちょっと質屋に行って売ってきます」
「こんな時間にか? バカバカしい。うまい酒なんだから、市場価格がいくらだろうと飲めばいいだろう」
白夜はそう言うと、兄の手からすばやくウイスキーの瓶を取り上げ、その場で開封してしまった。
「な、なんてことを! 未開封じゃなきゃ売れないじゃないですかあ!」
「そうだな。これで飲むしかなくなったな」
白夜はにやりと笑った。この人、外見はいかついけど、性格は案外そうでもないのかも? 雪子もつられて笑った。
それから、三人は白夜の家の居間で飲み明かした。黒川は白夜が開封してしまったウィスキーをグラスになみなみと注ぎ、ロックで一気に煽って「うーん、やっぱり高い酒はうまいですね。金の味がする!」と、言った。卑しさ極まれりであった。まあ、確かにグラス一杯で五千円くらいしそうではあったが。
酒に弱い雪子は、そのウィスキーを白夜に炭酸水で割ってハイボールにしてもらい、一杯だけ飲んだ。ウィスキーの味はよくわからないが、上品でよい香りがして気持ちよく酔える感じだった。
これが金の味……。黒川の下品な言葉を思わず心の中で復唱してしまう雪子であった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる