あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

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5 黒川さんの里帰り

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「あら? 蛇もつかりにくるのね、ここ」

 雪子は不思議と恐怖や気持ち悪さは感じなかった。アルビノというやつなのだろうか、普通の蛇と違って白くてなんだか高貴な感じがしたし、泉の水面近くを身をくねらせながら泳ぐ姿は優雅だった。おそらくはアオダイショウだから毒もないだろう。

「泳ぐの上手なのね、あなた」

 雪子は白蛇に向かって手を伸ばした。ふと、触れてみたい気持ちになったのだ。

 すると、白蛇はすぐに彼女のほうにやってきて、その肘に細長い体を乗せた。やはり上品でおとなしい蛇のようで、噛み付かれる心配は全くなさそうだった。

 なんだかかわいいな。雪子は腕を曲げ、白蛇を自分のほうに引き寄せた。近くで見ると、つぶらな赤い瞳をしていた。白い体に、赤い瞳……。

 あれ? これと似たようなカラーリングの生き物と、ついさっきまで一緒だった気がする……?

 と、そのとき、

「へえ、赤城さんは、爬虫類がお好きなんですね」

 なんと、その白蛇がしゃべった! 口は動かさず、心の中に直接語りかけるようなくぐもった声で。

 こ、この声は――、

「まさか、この蛇、黒川さん――」
「はい、そうですよ?」
「きゃああっ!」

 雪子はただちに白蛇を振り払い、手で体を隠した。なんて油断のならない男だろう。人が素っ裸でいるところに、蛇の姿で忍び込んでくるとは。

「なんで今度は蛇なんかに化けているんですか! 黒川さんって、なんでもありなんですか!」

 白蛇モードの黒川に背を向けて、怒鳴らずにはいられなかったが、

「はは。別に何にでも化けられるというわけではありませんよ。この白蛇の姿は、れっきとした黒龍のもう一つの姿なのです」

 と、いうことであった。いや、だからって……。

「さらに言うと、この姿は、僕のおじいさんの黒龍が人間のお姫様と出会い、恋に落ちた姿でもあるのですよ」
「人間のお姫様と恋? 妖怪が?」
「ええ。むかしむかし、あるうららかな春の日、お姫様がお殿様や家来たちとお花見をしているところに、一匹の白い蛇が現れたのです。その蛇は実は黒龍の化身だったのですが、そうとも知らない姫はたわむれにその白い蛇に杯の酒をくれてやりました。するとたちまち、蛇は姫のトリコになり、後日、美少年の姿に化けて、姫のもとに通うようになります。わが祖父ながら、たった一杯の酒で恋に落ちるとか、どんだけちょろいんでしょうかねー」
「た、たしかに……」

 遺伝って妖怪にもあるんだ。このちょろい男の祖父ならではの話である。

「それで、二人はどうなったんですか?」
「相手は身分の高いお姫様ですから、妖怪相手ではそりゃあもう、なんやかや障害があったらしいですが、最終的に二人は駆け落ちして、この山にたどり着き、幸せに暮らしたのだそうです。姫の名前は黒姫。この山の名前にもなっていますね」
「……なるほど、それでこの山に黒川さんの実家があるんですね」

 と、そこで雪子は、はっと気づいた。

「じゃあ、今の話によると、黒川さんのおばあちゃんって人間なんですか? つまり、黒川さんは人間の血も引いている――」
「いえ、残念ながら僕の中には黒姫の血は流れていません。僕の祖父は黒姫をお持ち帰りして、彼女が老いて亡くなるまでとても仲むつまじく過ごされていたそうですが、子供は授からなかったんですね。まあ、人間と妖怪ですしね」
「そうなんですか」

 それはそれで素敵な話ではないかと雪子は思った。人間と妖怪、種族を超えて愛し合い、人間の女が寿命で死ぬまで、妖怪の男はずっとそばにいたというのだから。

 というか、妖怪って人間のことを好きになることもあるんだ。だったら、この目の前の男は……?

「く、黒川さんも、人間の女性には興味あったりするんですか?」

 と、思わず尋ねてしまった雪子だった。なんだか恥ずかしい気持ちになり、顔がまた火照った。

 だが、返事はなかった。代わりに何かが水の底に沈んだような音が聞こえただけだった。

 なんだろう。雪子はちらりと後ろを振り返った。しかし、すでにそこに白蛇はいなかった。

「あれ? 黒川さん?」

 今度は急に姿を消すとは。雪子は戸惑い、すぐに周りを見回した。だが、彼の姿はどこにもない――と、思いきや、

「僕はここですよ」

 と、突如後ろから声がした。同時に彼女は後ろから何者かに強く抱きつかれた。

「な、なにをいきなり――」

 雪子は驚きのあまり、うまく言葉が出てこなかった。そう、後ろから抱きついてきたのは人の姿に変化した黒川だった。しかも、二人は今、全裸である!

「はは、こうやって捕まえておかないと、赤城さんは恥ずかしがって、僕からすぐ離れちゃうじゃないですか」

 耳元で黒川のささやくような声が聞こえた。その吐息が彼女の濡れた首筋に触れた。

「そりゃあ、恥ずかしいに決まっているでしょう! 二人とも裸じゃないですか!」
「そうですか? さっきはお互い裸でもあんなに堂々としていたのに?」

 くすくすと、からかうように黒川は笑う。その、細身ながらもがっちりした男らしい腕に抱きしめられて、雪子はますます顔が熱くなり、目が回るようだった。

 恋愛経験ゼロの彼女は、当然、こんなにも裸の男と密着したことなどなかった。それも、長い銀の髪を濡らした、文字通り水も滴るようないい男となんて。
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