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5 黒川さんの里帰り
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「まあ、僕としては原稿料はきっちりいただきましたし、あまり気の進まない漫画だったので、未掲載に終わってても別によかったんですけどね。設定の七割ぐらいを当時の担当さんが考えたんですよ、あれ」
「え、七割も?」
「そうですよ。当時の担当さん、超押しが強くて、気がついたらそんな感じになってて。だからもう、見るに耐えない、凡庸でつまらない漫画に――」
「いや、私、この漫画好きですけど?」
「え」
「確かに、ちょっと設定はありがちかもしれませんが、つまらないってことはないですよ。ちゃんと面白いですよ、これ」
雪子は月刊サバトを開き、超五感探偵なんちゃらのページのところを黒川に見せ、「面白かったですよ」と、もう一度言った。大事なことなので。
「お、面白かった? 僕の漫画が? そ、そんな……」
黒川は雪子の言葉に震撼しているようだった。
「ほ、本当に? 本当に僕の漫画を面白いと思ってくれたんですか?」
「はい」
「本当に本当に? やさしい嘘でも悪意のある嘘でもなくて本当に?」
「本当ですってば!」
「お、おおおおお……」
と、そこで黒川は強い感動に体を震わせたようだった。その目からはぽろぽろ涙がこぼれてくる。
「あ、ありがとうございます! 僕、読者にこんなこと面と向かって言われるの、生まれて初めてです……」
「何も泣かなくても」
雪子はさすがに笑ってしまった。いくらなんでも反応が大げさすぎやしないか。自分では特に思い入れのない作品だったらしいのに。
「実はこの漫画、諏訪さんも掲載直前まで存在を知らなかったらしいんですけど、読んでもらったらけっこう気に入っていただいて。アンケートの順位がよかったら連載も考えるって言われました」
「え、すごいじゃないですか! 本誌に返り咲けるチャンスですよ!」
「……まあ、こういうことは、読みきりを掲載するたびに作家さんに言われてることなんでしょうけどね」
黒川は諏訪の言葉にそこまで期待していないような感じだった。プロの漫画家として、連載を獲得するのは簡単なことではないと知っているのだろう。
ただ、やはり雪子としては、一回だけの読みきりだけで終わるのはもったいない気がした。
「じゃあ、私、アンケートはがき出しますよ。黒川さんの読みきり漫画に面白かったってチェックを入れて」
「え、いいんですか! 切手代かかっちゃいますよ?」
「いいですよ、それぐらい」
「読者プレゼントなんてほとんど当たらなくて、編集部でガメてるんじゃないかって黒い噂もあるくらいなんですよ?」
「いや、プレゼントはいりませんから」
雪子はまた笑った。こっちが推しのアンケートを出すと言っているのに、なぜこんなに及び腰なのか。
「せっかくだから、今日すぐにでもアンケートはがきを書いて、投函することにしますよ。疑うなら、ポストにまでついてきてもいいですよ」
「今日すぐにでも、ですか。奇遇ですね」
「え?」
「僕もちょうどポストさんに用事があったんですよね」
と、黒川はおもむろにジャージのポケットから一枚の紙切れを取り出した。月刊サバトについているアンケートはがきのようだった。
「あ、自分でも一票入れるつもりだったんですね、黒川さん」
「べ、別に僕としてはそこまで大事な漫画でもありませんけど、やっぱり、万年最下位からはちょっと順位を上げておきたいじゃないですか……」
「そうですね」
なんだか素直じゃないなあと、雪子はまたしても笑ってしまった。
それから、雪子はいったん自宅に戻ってアンケートはがきを書いて切手を貼り、黒川と一緒に最寄のポストに行った。日はすでに落ち、外は真っ暗だった。
はがきは、二人で同時にポストに投函した。
「い、入れますよ!」
「はい」
からん。二枚のはがきは速やかに赤い金属製の箱の奥に消えていった。
「うわあ。本当に投函されちゃいましたね! 僕の漫画推しのアンケートはがきが二枚も! すごい!」
「連載、とれるといいですね」
「うーん、どうでしょうかねー?」
黒川はやはり自信がなさそうに首をかしげる。
「でも、結果がどうであれ、雪子さんが僕の漫画を面白いって言ってくれて、僕の漫画にアンケートはがきを書いて出してくれたのが、僕はすごくうれしいです。他の誰でもない、雪子さんだからこそ、僕はそう思うんです」
黒川は雪子をまっすぐ見つめ、にっこり笑った。その黒い瞳は、かりそめの結婚式を挙げたときと同じ、やさしい光をたたえているように見えた。
「は、はい……」
雪子はあのときと同じように、胸が高鳴り、顔が熱くなるのを感じた。
それから、二人は例のスーパーで一緒に買い物をしてアパートに帰った。
「……黒川さん、私たち、お隣さん同士ですよね?」
二人で並んで歩く帰り道、雪子はふと黒川に言った。
「だ、だからそのう、たまには私の家に遊びに来てもいいんじゃないかなって。電話だけでも別にいいですけど……」
「え、いいんですか? 迷惑じゃないですか?」
「はい。それぐらいは別に……」
「やった! 僕、これからジャンジャン雪子さんの家に押しかけることにしますよ!」
「い、いや! さすがにジャンジャン来るのはダメですよ!」
雪子はあわてて、はしゃぎまくる黒川を制した。
しかし、彼は「いいじゃないですか。僕たちお隣さん同士なんだから」と、ただ浮かれるばかりであった。《了》
「え、七割も?」
「そうですよ。当時の担当さん、超押しが強くて、気がついたらそんな感じになってて。だからもう、見るに耐えない、凡庸でつまらない漫画に――」
「いや、私、この漫画好きですけど?」
「え」
「確かに、ちょっと設定はありがちかもしれませんが、つまらないってことはないですよ。ちゃんと面白いですよ、これ」
雪子は月刊サバトを開き、超五感探偵なんちゃらのページのところを黒川に見せ、「面白かったですよ」と、もう一度言った。大事なことなので。
「お、面白かった? 僕の漫画が? そ、そんな……」
黒川は雪子の言葉に震撼しているようだった。
「ほ、本当に? 本当に僕の漫画を面白いと思ってくれたんですか?」
「はい」
「本当に本当に? やさしい嘘でも悪意のある嘘でもなくて本当に?」
「本当ですってば!」
「お、おおおおお……」
と、そこで黒川は強い感動に体を震わせたようだった。その目からはぽろぽろ涙がこぼれてくる。
「あ、ありがとうございます! 僕、読者にこんなこと面と向かって言われるの、生まれて初めてです……」
「何も泣かなくても」
雪子はさすがに笑ってしまった。いくらなんでも反応が大げさすぎやしないか。自分では特に思い入れのない作品だったらしいのに。
「実はこの漫画、諏訪さんも掲載直前まで存在を知らなかったらしいんですけど、読んでもらったらけっこう気に入っていただいて。アンケートの順位がよかったら連載も考えるって言われました」
「え、すごいじゃないですか! 本誌に返り咲けるチャンスですよ!」
「……まあ、こういうことは、読みきりを掲載するたびに作家さんに言われてることなんでしょうけどね」
黒川は諏訪の言葉にそこまで期待していないような感じだった。プロの漫画家として、連載を獲得するのは簡単なことではないと知っているのだろう。
ただ、やはり雪子としては、一回だけの読みきりだけで終わるのはもったいない気がした。
「じゃあ、私、アンケートはがき出しますよ。黒川さんの読みきり漫画に面白かったってチェックを入れて」
「え、いいんですか! 切手代かかっちゃいますよ?」
「いいですよ、それぐらい」
「読者プレゼントなんてほとんど当たらなくて、編集部でガメてるんじゃないかって黒い噂もあるくらいなんですよ?」
「いや、プレゼントはいりませんから」
雪子はまた笑った。こっちが推しのアンケートを出すと言っているのに、なぜこんなに及び腰なのか。
「せっかくだから、今日すぐにでもアンケートはがきを書いて、投函することにしますよ。疑うなら、ポストにまでついてきてもいいですよ」
「今日すぐにでも、ですか。奇遇ですね」
「え?」
「僕もちょうどポストさんに用事があったんですよね」
と、黒川はおもむろにジャージのポケットから一枚の紙切れを取り出した。月刊サバトについているアンケートはがきのようだった。
「あ、自分でも一票入れるつもりだったんですね、黒川さん」
「べ、別に僕としてはそこまで大事な漫画でもありませんけど、やっぱり、万年最下位からはちょっと順位を上げておきたいじゃないですか……」
「そうですね」
なんだか素直じゃないなあと、雪子はまたしても笑ってしまった。
それから、雪子はいったん自宅に戻ってアンケートはがきを書いて切手を貼り、黒川と一緒に最寄のポストに行った。日はすでに落ち、外は真っ暗だった。
はがきは、二人で同時にポストに投函した。
「い、入れますよ!」
「はい」
からん。二枚のはがきは速やかに赤い金属製の箱の奥に消えていった。
「うわあ。本当に投函されちゃいましたね! 僕の漫画推しのアンケートはがきが二枚も! すごい!」
「連載、とれるといいですね」
「うーん、どうでしょうかねー?」
黒川はやはり自信がなさそうに首をかしげる。
「でも、結果がどうであれ、雪子さんが僕の漫画を面白いって言ってくれて、僕の漫画にアンケートはがきを書いて出してくれたのが、僕はすごくうれしいです。他の誰でもない、雪子さんだからこそ、僕はそう思うんです」
黒川は雪子をまっすぐ見つめ、にっこり笑った。その黒い瞳は、かりそめの結婚式を挙げたときと同じ、やさしい光をたたえているように見えた。
「は、はい……」
雪子はあのときと同じように、胸が高鳴り、顔が熱くなるのを感じた。
それから、二人は例のスーパーで一緒に買い物をしてアパートに帰った。
「……黒川さん、私たち、お隣さん同士ですよね?」
二人で並んで歩く帰り道、雪子はふと黒川に言った。
「だ、だからそのう、たまには私の家に遊びに来てもいいんじゃないかなって。電話だけでも別にいいですけど……」
「え、いいんですか? 迷惑じゃないですか?」
「はい。それぐらいは別に……」
「やった! 僕、これからジャンジャン雪子さんの家に押しかけることにしますよ!」
「い、いや! さすがにジャンジャン来るのはダメですよ!」
雪子はあわてて、はしゃぎまくる黒川を制した。
しかし、彼は「いいじゃないですか。僕たちお隣さん同士なんだから」と、ただ浮かれるばかりであった。《了》
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