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第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音
22.善人の境界線
しおりを挟む【フィーユ・ドレスリート】
事務員専用書庫。
登録戦闘員にも開かれている一般書庫とは雰囲気が全然違う。照明の色は白くてぼんやりとしているし、資料閲覧のための机も椅子もごく少数。何より、埃っぽくて。
一度、受付係の先輩たちを誘って大掃除したんだけどな……三節くらい前のことだったかしら。また、埃たちの安寧の場所になってしまっているみたい。
閉じ切った厚手のファイルを、意味もなく撫でてみる。妙に冷えてざらりとした感触。
『登録番号3588』……カイグルス・ガレッツェの依頼受諾記録。
レインくんに言われた後、すぐに目を通した。『登録番号3796』……ギージャ・ペドリーの記録も併せて。
新人が入って間もなく、資料の一斉整理はまだだけれど、私以外の誰かもこのファイルを最近閲覧したようで、背表紙の前の埃が若干少なかったのを覚えている。
そして……クロとティアちゃんがレインくんと一緒に行ってしまった今、もう一度、確かめずにはいられなかった。
「……なんで、なのかな」
俯いて、ぽつりとこぼす。
自分の声が、いつもと全然違うみたい。
いつも強気で自信満々で、みんなから「良いね」って持て囃されて。受付で笑顔を振りまいて、危険な依頼に挑もうとするみんなを「お帰りをお待ちしております」って送り出す。
……贔屓にも、程があるわよね。
クロには、上手に「行ってらっしゃい」って言えない気がする。「一人で行かないで」って言いたくなってしまう気がする。
クロは、一人じゃないのに。
「どうして、私はいつも……肝心なときに、きみの傍にいられないんだろう」
魔物は、魔石を遺して消える。それ以外は何も残さないけれど、魔石だけは必ず遺す。
魔物の討伐任務で、戦闘職員達は大量の魔石を持ち帰ってくる。取り決めがない限り、それらは依頼主ではなく、ギルドが引き取ることになる。
基本的に魔石は、専門家が手を加えなければ扱えないもの。
手を加えれば、魔石は生活必需品に変化する。炎属性のものは炊事のための火種になるし、氷属性のものは保存の効かない食料を長持ちさせてくれる。雷属性のものは照明になるし、地属性のものは草花を育てる良質な肥料になる。
それ以外にも、シェールグレイの隣国・魔導大国フェオリアがレシピを考案した、魔導具の原料や動力源になったり……私の武器に風属性の魔石が練り込まれているように、武器職人の手で武器へと昇華したりもする。
ギルドでは、集まった魔石を格安で、それらを必要とする人々に提供する権利を、法律によって付与されている。
ガレッツェ家……正確に言えば、ガレッツェ家が所有している魔石の研究開発機関は、その提供先のひとつだった。
ガレッツェの現当主は、その料金とは別に、更にギルドへの献金を行なっていたの。そして勿論、広範な研究のために、他地域からの入手ルートも持っていたはず。
人々の生活を脅かす魔物。それが遺す魔石は、加工によって人々の生活を豊かにする。
この点を踏まえた上で。
魔石が魔物の遺物であると教わった子供なら、誰でも一度は思い浮かべる、ある疑問がある。
『魔石は、放置しておくとどうなるの?』
フェオリアではかつて、その疑問に対して、至ってシンプルな答えを提示した。
『どうにもならない。』
魔石は魔石のまま。加工されなければ、ただの色のついた石として在り続けるだけ。
それを聞いた子供は安堵して、親や教師や、自分より少し物知りの友達に、こう確認する。
『じゃあ、魔石は安全なんだ。
魔物に戻ることはないんだね。』
この疑問に対しフェオリアは……フェオリアだけではなくシェールグレイも、明確な回答を提示していない。
だけど、私たちの国にはこういう法律がある。魔導に関する項目のひとつとして、
『いかなる理由があろうとも、魔物を創造する行為を固く禁ずる。
魔法による模倣はこの限りではない。ただし、他者の社会生活を害する目的で行なった場合は、同様に罰する。』
つまり、シェールグレイは禁じることによって、その可能性を肯定しているの。
魔石が自動的に魔物に戻ることはない。
だけど、魔物を創造しようという意志があり、その術を知っていたならば?
ガレッツェ家の現当主にも、その奥様にも会ったことがある。お二人は紛れもなく善良な人間だった。だけど……息子のカイグルスは、そうではなかった。そしてそのカイグルスを、善良なお二人は深く愛していた。その溺愛ぶりは、思い返せば確かに……盲目的だったと思えなくもない。
『登録番号3588』。操縦士・四級。
操縦士。
魔導具による戦闘を得意とするもの。
入会時の職級は六級。四級までの昇級は全て、昇級試験ではなく、魔物討伐における功績からの推薦で行われている。
彼は、ティルダー領西方での出現例が極めて少なく、特にカルカ周辺を出自とする職員にとって戦闘経験が少ない難敵を、見事に討伐してきた。
言い換えれば、それら難敵の討伐回数が驚くほどに多いの。偶然とは、到底考えられないほどに。
更には依頼主にも……漫然と眺めているだけでは気づかない、ある共通点があった。
依頼達成によって彼らが得られる利益が、あまりにも「少ない」。彼らは恐らく、依頼することを依頼されていたんだわ。大元がわからないよう、巧妙に。
レインくんは、私ならわかるだろうと言った。そして、私は気づいた。彼の言った通り……悲しく歪んだ愛の形に。
背もたれに背中を預けて、天井をあおぐ。
白くぼんやりした照明……まるで、廃棄エリアの空の下にいるみたい。
「ガレッツェの、おじ様とおば様は……魔物を、創っていたのね……。
……息子の望みを、叶えるために」
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