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第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音
21.最初から、わかっていた
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「オレ」とティアちゃんは、勝者の証を手に、カイグルスとギージャの元へ訪れた。
未だ眼を閉じて錯乱したように、現状を疑い、荒い息を吐き続けている。滑稽ではあるが、ティアちゃんは多分そう思ってくれねえだろうから、
「もしもーし。お二人とも~、紫影の討伐終わりまし……っと!」
「来たァー! やっと来たぜ、アニキィ! おらぁぁあああアアッ!!」
子分の方が猛烈に突進してきて、馬鹿でかい石斧を振り下ろしてきやがった。
単調な動きだったんで避けるのは簡単だが、耳が割れそうな轟音を伴って、灰の地面に亀裂を入れて……そりゃ丸々とした巨体だが、見た目以上の膂力だな、おい。
「ひょわぁぁぁぁぁあ!? ら、乱暴はやめてください、ギージャさぁん! もう勝負はついたんですぅぅう!」
ティアちゃんが目をぐるぐるさせながら、両手で耳を伏せて叫ぶ。そうやって耳塞ぐんだ……人間でさえ耳鳴りするぐらいだから、今のは相当やばかっただろうな。
「勝負が……ついた、だと?」
ようやく、大男2人が目を開ける。
「あァーッ!? お、おまえェ……ビビって逃げたのに、何でここにいんだよォー!?」
極太の人差し指で、子分が「オレ」を指す。年端もいかねえガキが、習ったばかりの道徳に背く行為を糾弾してるみたいだな。
「何でって……あんなの芝居に決まってるでしょ? 本当にいるんですね、素人の三文芝居に騙されるような奴」
「ぐぅうッ……てめえ……!」
親分が噴水から飛び降りる。
その足元に、よっと戦利品を放った。
ティアちゃんが勝負を申し込んだときと同じように、腰に手を当てむんっと胸を張る。そりゃあ、フィーユちゃん級の賜物にはロマンを感じざるを得ないが、この子みたいに断崖絶壁なのもまた良いと思う、うん。
「どうですかっ!? ティアたち、紫影さんたちをみーんな、やっつけちゃいましたよっ! しかも……ちょっと信じられないけど、魔法をいっぱい使ったのに、ちゃんと起きてますっ!」
「そうだそうだ~。雷属性の魔石、5つ……ターゲットを討伐した証です。5対0、討伐対象を奇数に『する』必要もありませんでしたね」
「ティアとレインさん……それに、クロさんの勝ち、ですっ! 約束通り意地悪をやめて、いい子になってくださいっ!」
カイグルスは肩を怒らせ、ぎょろつかせた眼で魔石の数を確かめた。そして……ふっと肩から力を抜き、愉快で仕方ないというように高笑いを響かせた。
「四級ゥ……勝ち目がねえからと芝居を打つとは、姑息だなぁ四級ゥ! だが残念……てめえらは素人だ、経験がねえかも知れねえなあ! 哀れだから教えてやるよ、討伐任務に書かれた標的の数はなぁ、」
「依頼主が確認できなかった等の理由で、討伐対象の数は、実際より多かったり少なかったりする場合がある……でしょ?」
言葉の行き先をなくしたらしく、カイグルスはうっと喉を鳴らした。
「もしあるなら、出してください。アンタらがここで討った、紫影の魔石を」
「……フン! ギージャ、見せてやれ!」
カイグルスが顎で示す。子分は威勢よく返事をし、迷いなく自分の腰の辺りを探る。
「あれ? あれェ?」
「ああ!? ギージャ、何をぐずぐずしていやがる、てめえに預けておいた戦利品を、」
今度はこちらが遮らずとも、自分から言葉を切った。赤黒くしかならねえと思っていた顔面の皮膚が、血の気を失っていく。
「……ギージャ、てめえ、まさか……」
「ち、違うよアニキィ! おれ、ちゃんと出発前に持ってるって確認して……だ、だから、落としたとしたらここのどっかに……」
「てめえぇぇぇぇええええ!」
咆哮と共に、カイグルスが子分の胸倉を掴む。青筋を派手に立てて、このままだと血管切れそうだな。
「まあまあ、喧嘩しないでくださいよ~。アンタらが探してるもんなら……多分、オレが持ってますから」
敢えてギージャがつけていたのと同じ位置に装着しておいた、薄汚れた布袋を放る。入口の封を解いておいたから、地面に打ち付けられた弾みに、先に地面に転がっていたものと類似した魔石がひとつ、飛び出した。
カイグルスは再び目を剥いて、ギージャをバネのように弾き飛ばし、「オレ」が捨てたものにしがみついた。灰ごと、魔石を掻き集めている。
「れ、レインさん……あれ、魔石ですか? あの袋、ギージャさんがぴょんぴょんされてるときに揺れてて……あ、あれ? ということは、あれはギージャさんが持ち込まれたもの……? お、お2人は、もしかして……」
「負ける気がなかった、ってことだよ」
不正する気満々だった……なんてストレートに言えば、「オレ」までティアちゃんに嫌われちゃうかも知れないし。
魔石を握る指輪だらけの手から、灰が滑り落ちていく。わなわなと巨体を震わせながら、
「違う……違う、違う違う違う違う、違う違う違う違う違う違う違うぅぅう!!」
「……何が?」
紅炎の逆鱗に触れようとした殺意が、こちらを向く。
「アンタらは六級と馬鹿にしていたこの子に負けた。アンタらは今回、紫影を、過去の数度は成功した方法で討伐できなかった。アンタらは、討伐数で相手を下回ってしまう可能性を潰すため、この無人のエリアに湧いて出た魔物の数を『上乗せ』することを考えつき、同属性の魔石をいくつか用意しておいた。で、いざ秘策の出番かと思ったら、何故かその『保険』はオレが握っていた。
……一体何が違うんです?」
「レイン、さん……?」
ん? この恐る恐るって感じ……あ、やらかしたな。こちらを窺うティアちゃんの目が怯えてる。討伐完了して合流したとき、ノリノリでハイタッチしてくれた無邪気な喜びが完全に無くなっちまってる。
『せいぜい念入りに人間の皮を被れ』なんて台詞……うるせえ、とっくにやってるさ、としか思ってなかったが……慢心は身を滅ぼしますよねえ、反省しねえと。
とにかく、ティアちゃんをどうにか……
「お、おれ、わかったぞォ!」
お、子分が叫んだ。
「『紅炎』のしわざだ! あいつ、寝てるふりして、おまえらをこっそり応援してやがったんだなァ!? そうでなきゃ、アニキが負けるわけねェ、おれがしくじるわけがねェんだ! 任せろアニキ、おれ……あいつを、とっちめてくるッ!」
お、走り出した。理由は調べてねえけど、随分と親分を盲信したもんだな。
「だ、駄目~っ!」
あわあわと両手を左右に振っていたティアちゃんが、小さな身体で必死にギージャの背にしがみつく。案の定というか、止められずに、灰色の砂煙を巻き上げながらすごいスピードで引き摺られていく……
「あたしたち、嘘なんてつきませんっ! クロさんは本当の本当に、ぐっすり眠ってるだけでっ……だ、駄目ですってば、乱暴なんて、絶対させませんっ……負けたって認めて、止まってくださぁぁぁああい!!」
「けほっ……ティアちゃん、頑張れ! 大将を護り抜くんだ、王子様として! こっちは任せろ!」
「は、はぁああい! 頑張りますぅぅぅうう!」
降りかかってきた灰に若干咳き込みながら、声援を送る。
安堵した。大将の警護にはかなり気を配ってきたし、ティアちゃんをこれ以上、怖がらせることもない。
さて。
「認めねえぞ……」
カイグルスが、低く呻く。振り返ると、魔石のひとつを力任せに地面に叩きつけるところだった。
それは灰の山に直撃し、跳ねることもなく静かに埋まった。何事も起こっておらず、昔からそこに在ったように。
「てめえらみてえな、素人に……この俺様が、敗れていいわけがねえ……」
「認めねえ、か。まあ、そうでしょうね」
大将、ティアちゃん。ごめんな。
最初から、わかってたんだよ。この男は、どうせ敗北を認めないって。
入会から今日まで、昇級意欲のある連中なら誰もがギラついていた。誰もが「紅炎」との繋がりを欲していた。
カイグルスが「それ」に失敗したこと……新人2人のコンビに敗北したことは、この男がどんなに虚勢を張ろうが、どうせ皆、察する。
依頼で得た金で新調したばかりの靴を、すぐさまギルドに履いてきたように……この男は宝物を手に入れれば、必ず人目を浴びさせて自慢する。そうしなければ気が済まない。だから……自分に従う大将を見せびらかすことができない、その事実が敗北の、決定的な証明になる。
しかし、こいつは認めない。言い訳のネタが尽きたって、それこそ灰の山を掻き分け、灰しか見つからなくたって、どうにかそれを使って言い訳する。大将にボコボコにされても、オレとティアちゃんという「格下」相手に負けても……死なない限りは、自分が劣ってると認めない。
だけど、そんなことはどうでもいい。
勝ってゲームを終えた今、もう何も隠す必要はない。最初から、わかっていたことだ。
「いいですよ」
「……ああ!? 何が『いい』だ!? まぐれだらけの新入りが、俺様に何を許可するってんだよ!?」
「ご実家に助力を求めても構いません、と申し上げているんです。報復したいならお好きにどうぞ」
ただでさえ厳つくて老けて見えるのに。怒りに髪を振り乱し、皺だらけになったその顔面は、老爺と呼んでもまるで違和感がない。
だが……「オレ」が次に放った言葉で、妄執の皺がひとときだけ、剥がれ落ちた。
「……できるもんなら、ですけどね。
最後の悪巧みは、楽しかったですか?」
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