43 / 89
第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
43.白雪を望む朱色の街へ
しおりを挟む【メメリカ・彩雪】
紗雪。赤、だよ。
わたしは、自分の手で木の枝から捥ぎ取った林檎を、真っ白な空に掲げる。
少し凹凸のある果実を、様々な角度から眺めてみる。よく見ると黄色も混じっていた。その黄色にそっと触れてみて、何だか嬉しくなる。
小川でよく洗ったから、皮ごと食べたって平気。お行儀悪く、口をあーっと開けて齧り付く。重い歯ごたえの後に、しゃりっと馴染みのある食感。
目を閉じる。ちょっと酸っぱい。
でも、甘い。美味しい。
果実をゆっくり味わいながら、わたしは、わたしだけの凪いだ世界を見回してみる。初めて訪れた森は、息を呑むほどに鮮やかな緑色をしていた。
それに、わたしはその中を、思い切り駆け回ることができた。裸足に雪の靴を履いて、走って走って、心地良い疲労感に仰向けに倒れ込んで、澄んだ空気を贅沢に吸い込んで……なんて素敵なんだろう。
この美しくて自由な世界で、素敵な明日を迎えたい。
わたしが女神様にそう願うと、この身体から冷たい風が生まれた。波紋が広がるみたいに、一切を優しく撫でていって……草木も花も、透き通った薄氷に包まれた。
芯だけ残して林檎を食べ終えたわたしは、心のままに木陰から離れてみる。しゃがみ込んで、可愛らしい顔を上げたまま凍りついている花に触れた。たちまち氷が溶けて、わたしは口元を綻ばせる。
橙色だよ、紗雪。
ううん……紗雪じゃ、なかった。
あなたの生まれた国の言葉を、日記の古いページをめくるように辿っていく中で……同じ「さ」と読む中に、わたしたちにとって素敵な意味を持つ文字を見つけたの。
わたしは、彩雪。
わたしの重たい髪は、雪のリボンでひとつに結んで、3羽の雪の小鳥たちに運ぶのを手伝ってもらっている。
どうやらわたしは、色のないものしか作ることができないみたいだった。でも、構わないの。ここにはたくさんの色があるのだから。
彩雪。わたしたちの世界は、素敵だよ。
誰かに嫌われることも、誰かの心を乱してしまうこともない……そんな理想を、叶えられた。
それにとっても静かだから、声が出ないことだって、何でもないことのような気がするの。
橙色の花に触れていた手で胸に触れる。これまでの人生の中で一番元気な、心臓の鼓動を感じる。
このときめく心の全ては、彩雪のものだ。
……彩雪と、せめてもう一度、お話しできたら良いのにな。
お部屋の窓から朱色の街並みを眺めるだけだった頃は、何もかも諦めていたのに。わたしは、早くも欲深くなってしまったようだった。
【藤川京】
僕には、魔法が使えない筈だった。
けれど。心優しい僕の魂の継承者が、このままでは「彼女」の望むままに変容してしまう……そう思ったとき、気づけば手を伸ばしていた。
その手は、触れられない筈の紅色の魔糸を、掴むことができてしまった。そして、サリヤせんせいに全てに委ねるという僕の決断を、押し通してしまった。
僕はどうやら、望みさえすれば、くろを護ることができるらしい。いいや、「縛る」や「操る」という表現の方が近いのかも知れない。
可能だってことは、悪いことじゃない。
僕が、タイミングを間違えない限りは。
原因不明の吹雪。くろの言葉にヒントを得て、レインくんが推理したひとつの仮説。恐らく、僕の脳内にも同じアイデアがある。彼のように頭が回るからじゃなく、こういう特殊な立場だから思いついただけなんだけど。
それが正解だったなら?
僕はまた、介入しなければならないかも知れない。だから、この旅は慎重に見守らないと。
というわけで、オウゼに辿り着くまでも見届けさせてもらったんだけど……
結論として。くろ、フィーユちゃん、ティアちゃん、レインくんの4人から成るパーティの名称は決まらなかった。
くろとティアちゃんは『人見知り同盟』ってパーティ名を受付に申請しようかって真剣に悩んでいた2人だし、フィーユちゃんは可愛らしい犬のぬいぐるみにゴンザという名前をつける命名テロリストだ。
そしてレインくんは……一応案を考えてはいたみたいだけど、あくまでも女性2人の意見を尊重して、あまり前へ出ないというスタンスを貫いていたみたいで。
議論はフィーユちゃん、そして幼馴染のとんでも意見に控えめに駄目出しをするくろを中心に、白熱したけれど難航もした。
フィーユちゃんの代表作は、こちらだ。
『む~……むむむ~……はっ、再び閃いたわ! これならどう!? 「ジュワドンシュッシュン隊」……いいえ、ちょっとお洒落に「ジュワドンシュッシュン楽団」!!』
「……っ! レイン、そろそろ助けてくれ……俺ではこの名前に込められた意味を紐解けない……」
その後にフィーユちゃんが解説してくれた内容をそのまま言うけれど。
ジュワは炎、ドンは大地、シュッは矢を射る音、そしてシュンは風を表す擬音語。で、その音を奏でるから楽団。4人それぞれの特徴を盛り込んでいるし、妙に語感が良いけれど……まあ、うん。
そのうちに天馬の馬車は一旦地上へ舞い降り、高原に立つお宿でお昼休憩。僕だけじゃなくシェフが傍らに立って見守る、紅茶とデザート付きの超本格派なランチに、くろとティアちゃんはガチガチに緊張し、レインくんは頭痛が再発したようだった。
どんな魔物よりも手強い食事マナーに疲れ切ったくろは、馬車の客室に戻るなり、居心地の良い座席に即、陥落。それと同時に、僕のモニターもシャットダウン。
念のため、くろの意識が炎の揺籠の中ですやすや眠っているのを確かめて、相変わらず綺麗な寝顔だなあとぼんやり思ってから「自室」に戻った。
そして、すべきこともないから僕も休んでおこうと、窓の外を夜に変えてベッドに潜り込んだ。くろが起こされたら僕も起きられるよう、聴覚を共有した上で。
『……ろ、クロ! 登録番号4117、クロニア・アルテドットくん! 起、き、ろ!』
流石は幼馴染だ、容赦がない……クレッシェンドが急すぎる。よく通る声、しかも耳元で叫ばれて、くろも僕も飛び起きた。
長年の癖で、眼鏡を求めて枕元を探りながら、視覚の共有を再開。少しだけ頬を膨らませたフィーユちゃんの美貌、どアップ。その翡翠色の瞳の煌めきと肌のきめ細やかさは、最早CGの域。
その背後。窓の外が群青色に染まっていた。でも、夜にしては随分と明るい。街のどこに馬車が停まったのかわからないけれど、灯り……朱色の灯りがゆらゆら動いている?
「俺は、ずっと眠って……?」
『ええ、それはそれは気持ちよさそうに寝てましたよ。起こさずに世話になる宿まで、背負って連れてって差し上げたかったんですけど……どうやら、そうはいかないようで』
レインくんが前髪に右手の指を差し入れながら、溜息をつく。五感がようやく覚醒したのか、くろがさっと上体を起こした。馬車の外の魔糸を探っているみたいだけれど、やっぱり普段の僕にはぴんと来ない。
『ど、どうしたんでしょう……大勢の人たちがざわざわしてるみたいで……空の上から灯りがたくさん見えましたけど、お、お祭りか何かでしょうか? でも、今は大変なときなんですよねぇ……?』
人間より発達した聴覚を持つティアちゃんも、両手を胸の前できゅっと握って、身を縮めて警戒しているようだ。
『レディーファーストと言いたいところだが、オウゼの地を最初に踏み締める役は、大将にお願いすることにしましょう。
さ、どうぞ遠慮なさらず』
どうやら、くろと目を合わせたくないらしいレインくん。その言葉を待っていたように、客室の扉がノックされ、速やかに開かれる。
くろは、壁に倒れないよう立てかけておいた相棒の片手剣……僕がいつも目を逸らしている武器を素早く取った。そして黙したまま、寝起きとはとても思えない、流れるように滑らかな動きで外へ出る。
カルカから遠く離れた、朱色の街オウゼ。「僕ら」の視界に飛び込んできたものは……
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~
仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。 そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。
しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。
ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。
武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」 登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。
これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる