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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
47.フィーユの依頼ノート、2ページ目
しおりを挟む【フィーユ・ドレスリート】
オウゼの街に残った王国軍は、白雪の山を最も近くから望むことができる、北方の宿を臨時拠点として借り切っている。
ロビーで出迎えてくれたのは、小隊及び調査団の長を兼ねる女性騎士だった。私達よりほんの少し歳上くらいの若さの。
すらりと背が高く、スレンダーな体型。ウェーブした金色の長髪を高い位置で一纏めにしていて、切長の瞳は薄桃色。
握り込んだ右手を腰の後ろへ回して、親指を内側に隠して他の4指は立てた左手を、右肩に当てて25度の礼。シェールグレイ王国、伝統の敬礼。
「ご挨拶申し上げます。本件において、小隊及び調査団の指揮官として任命された、コーラル・キュリネイと申します。戦闘職者協会、ティルダー領西方支部のご英断に、改めて感謝を。
オウゼの皆様に安寧を齎すことができるよう、共に尽力致しましょう。『紅炎』クロニア・アルテドット様。フィーユ・ドレスリート様。ティア様。そして、」
凛とした佇まい、感情の色の薄い毅然とした表情、きびきびとして洗練された態度。
まさしく騎士の鑑。流石は若くして重責を背負う方だわ……と思っていたら、突然頬が赤く?
「べ、ベル様……あっ! うえっほんゲホンゴホンえほっえほっ、大変失礼致しました。
レイン・ミジャーレ様」
おじさまみたいに盛大な咳払いをして、唇をわざとらしくはきはき動かして言い直す、コーラル隊長。私の中のセンサーが反応。
おやおや、この雰囲気は?
思わず半目になってレインくんを見る。女の子が大好きなレインくんは、勘弁してくれよとばかりに苦笑していた。
「あんまり連呼されるのは困るが、この3人は俺の身分を知ってるから安心してくれ。あー……コーラルちゃん、久しぶり」
「こ……コーラル『ちゃん』!?」
両頬に手を当てたコーラル隊長は、ベージュの軍服の下……大胆なスリットの入ったロングスカートの裾をひらめかせ、私達に背を向けた。
はい。私、もうわかっちゃった。
レインくんは女の子と話す機会があれば、挨拶代わりに口説くような人。町長さんの奥様にも、歯の浮くような台詞を贈っていた。
そして私の経験上……真面目な女の子ほど、こういう男性が時折見せるシリアスさに弱いッ!
「レインくん、罪深い人……」
「いやフィーユちゃん、違うんだって……確かにオレは女性が大っ好きだが! この子のことを口説いたことは、女神様に誓ってないんだよ! そうだよな!?」
平常心を取り戻したらしいコーラル隊長は、くるりと華麗に振り返って、ポニーテールを揺らしながら言った。
「はい、レイン様の仰る通りです。幸運にも一度、王都に数ある訓練施設のうちのひとつにてお会いし、弓術をご指南いただいたのみ……あのときのお言葉は、今もこの胸に息づいております」
「待ってくれ、コーラルちゃん! 言わなくていい、ほら、そんなに大した言葉じゃなかっただろ!?」
「いいえ。当時の私を救ってくださった、大切なお言葉です」
ほうほう、レインくんが慌てるなんて。一体どんなロマンチックな言葉が飛び出すのかしら?
……そう思っていたら。
コーラル隊長はうっとりと、
「『アンタに弓術の才能はない。諦めて他の武器を試してみた方が、時間を無駄にせず済むだろうな』」
「れ、レインくん!?」
「し、辛辣だ……!?」
クロと同時に驚愕の声を上げてしまった。
恐らく私達の反応は想像通りだったのだろう、レインくんは左のこめかみを人差し指で掻きながら溜息を吐いた。
「オレだって昔からこうだったわけじゃない……どうしようもなくガキだった頃の話ですよ」
「? 皆様がどうして動揺されているのかはわかりませんが……レイン様のあのお言葉があったからこそ、私は複数の武器を試し……かけがえのない相棒と、出会うことができたのです」
彼女の視線の先には、両手持ちの大剣が。
この女性があの無骨な大物を振り回すわけね。学ぶことも多そうだし、オウゼ滞在中に一度、実戦訓練のお相手をお願いできないかしら……?
……とまあ、コーラル隊長との出会いはこんな感じ。
それからは……普段は宴会場として用いられている空間に、長机や椅子や移動式のボードを運び込んで作られた臨時の会議室に移って、コーラル隊長から調査団の成果について伺った。
とは言えこちらも、依頼書に記載があった情報から、あまり進展はなかったみたい。
新たな情報としては……吹雪が続いていると視認しているにも関わらず、結界内部の積雪量は、外側から定期的に計測してもさほど変化が見られなかったそうなの。
この情報から『吹雪は幻影である』という仮説がかなり強まった。
そして、依頼書に添付することのできない資料を直に見られたことは、大きな収穫だった。
「……妙だな……」
現場である山を丸ごと覆っている結界に対して、調査団が試みた『解除魔法』。その詳細が書かれたリストを手に、クロが呟いた。
「ここまで徹底して、可能な限りの解除を試して……その結果が全て『無反応』」
ティアちゃんが首を小さく傾げ、
「ええっと、結界さんに立ち向かうには……適切な解除魔法を使うか、その結界さんを張っている魔導士さんに解いてもらうか、えーいって無理矢理に割っちゃうか、なんですよね?
無反応、ってことは……」
「解除魔法が『正解』なら、その結界がどれほどの強度を持とうと、多少なりとも反応があるはずなんだ。異なる結界を複数重ねた『複合結界』だったとしても、その最も外側にあるものが必ず動く。
魔導を専門とする学者の方達が、知恵を結集させて手を打っているのに、その全てに無反応という表記が用いられている。つまり、全て『不正解』だったということになる」
「鍵穴に合う鍵が見つからない、って状態か……正解の鍵ってのは、果たして存在するんでしょうかね?」
「どうかしら、創作魔法という可能性も確かにある。でも、鍵を探そうにも、私達の中に解除魔法のスペシャリストはいない……それなら、打てる手はひとつだけ、でしょ?」
クロは次に、結界に向けて放たれた『炎属性魔法』のリストに目を走らせる。パーティメンバーとコーラル隊長、4人の視線さえ気に留めないほどの集中力で。
やがて資料を置いて、淡々と。
「……ここに記された『最強』以上の火力を試す」
ぶち壊す、ということ。
攻撃性能においては最強の名を恣にする、『紅炎』の本気の炎で。
「ただ……コーラル隊長。行動に移る前段階として、一度現地を下見させてくれませんか? 実際に結界に近づくことで、何かを掴めるかも知れません。学者の方達以上のことがわかるとは期待できませんが、念の為に」
予定通りね。このために、防寒具一式を持ってきている。結界の外はまるで寒くないと言うけれど、これも「念の為」だわ。
コーラル隊長は小さく、けれどはっきりと首肯し、椅子を殆ど鳴らすことなくすっと立ち上がった。
「馬車の手配は済んでおります。
参りましょう」
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