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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
48.答案提出、ふたつめ
しおりを挟む【ティア】
それは、とても不思議な光景でした。
オウゼの街から、ええと……お母さんから教わったお歌を20回繰り返せるくらいの時間、馬車に揺られて。
緊張しながらも、あたしは天馬さん達の馬車で空をびゅーんと旅するより、こうしてガタゴトと、地面の凹凸を感じながら旅する方が好きなんだな、と新たな発見をして。
そのうちに異常気象の起こっている山の麓に停まったので、コーラル隊長さんのご指示に従って外へ出たのです。
結界さんの外側は、緑。
結界さんの内側は、白。
近づいてみると、規模の感覚が鈍ってしまいましたが……緩やかな円を描くように、結界さんはどこまでも伸びて、この山をすっぽり覆っているのだとわかりました。
森で生まれ、森で育ったあたしにとって、こんなにはっきりとした色彩の境界線は、初めて見るものです。
結界さんの内側は、猛吹雪に濁っていて、自分の伸ばした手でさえ見えなくなってしまうじゃないかなって思うほどでした。
でも。絶対とは、皆さん仰いませんでしたけど……やっぱり「幻影」なんだと思います。
事前に伺っていたことですが、結界さんの外側にいれば、持ってきた防寒具を使わなくて済むんです。
冬の寒さも、匂いも……それに、音もしません。雪粒が結界さんを叩きつける音も、大地にようやく落ち着いた雪粒を吹き上げる風の唸り声も。
あたしは、こうも思いました。
この結界さんが映す猛吹雪はもしかすると、魔導士さんの悲鳴なのでは、と。こんな風に人を拒まずにはいられない……そうだとしたら、本当はとっても寂しいんじゃないかな、と。
調査団の皆様が、結界さんから少し距離を置いたところに、大きな紅色のテントを張っていました。あたしたちはまず、野外でお勤め中の皆様にご挨拶をしようと決めていた……のですが。
クロさんが、紅色のお綺麗な瞳で、結界さんを見つめたまま黙り込んでしまっていて。
クロさんは元々、お喋りな方ではありません。でも、馬車が結界さんの傍へと近づくごとに、あたしにはわからない何かに……上手くは言えないのですが、苦しんでいるみたいでした。
「……クロ? きみには、何が見えるの?」
フィーユちゃんが声をかけると、クロさんはふっと目を閉じて、右手で額を押さえて俯いてしまいました。
その頬は、青褪めていて……
「……解除魔法が、通用しないわけだ」
そして、お傍についていたフィーユちゃんとあたしに、びっくりするような答えを呈示してくださったのです。
「これは、魔法じゃない」
「『魔法』じゃない、って……どういう意味です? それなら、目の前のこれは一体何なんですか?」
テントの下、具合が悪そうなクロさんには椅子に座ってもらって。あたし達パーティメンバーとコーラル隊長さん、そして真っ白なお髭をたっぷり蓄えた魔導学者さんの6人で話し合いを始めました。
「……『天災』の一種なの?」
フィーユちゃんが、素敵なお胸の下で腕を組んで尋ねました。クロさんはゆっくりと首を左右に振って、
「この結界……いや、結界に類似した結果を得ている『何か』は、たった1人の魔力によって構成されている。つまり、これは『人災』だ」
難しそうな資料がごちゃごちゃっと置かれた机に寄りかかっていたレインさんが、
「今の王国内で、こんな真似ができる魔導士は『白氷』ユシュフル様お一人だけです。だがあの方はご高齢で、しかも異変が起きたとき、王都にある屋敷でのんびりなさっていたことは確認済みだ」
「レイン、もうわかっているんだろう? 『白氷』様なら魔法を使う。魔糸を完全に掌握して、適合する解除魔法でも完全解除まで時間がかかる……そんな、完璧な結界を作り上げるだろう」
レインさんが紫色の瞳を細め、口角をちょっとだけ上げて微笑みます。
クロさんは結界さんをもう一度見つめて、
「密度が恐ろしく高いから気づきにくかったんだろうけれど……注視すると、魔糸の向きがバラバラなんだ。それを力尽くで纏め上げて、模擬結界を成立させている。恐らく……この結界の内側にいる人物は、魔法の使い方を知らないんだと思う」
「なっ……馬鹿な!? 『紅炎』様、失礼ながら、それはあまりにも暴論ですぞ! 斯様に危うい人物が実在するのなら、相応の教育と警戒を行っていた筈! まさか魔物のように突然現れたなどと、……っ!?
ああ、女神よ……そんな、そんなことが……!?」
何かを閃いたらしい学者さんが、両手で頭を抱えてしまいました。動揺のあまり、お顔から大粒の汗が滲み出すのが見えました。
お話がどこへ辿り着くのか、あたしはお邪魔にならないよう、耳を澄ませ続けます。
「オレたちは町長さんの奥様から、失踪したご令嬢の話を聞きましたよね。『わたしとして生きていくために、わたし自身の足で遠くへゆきます』でしたっけ……独りでは外を歩くことも叶わなかった女の子が、敢えて『自分の足で』って言ってるんです」
「状況が急変した、ってこと? それも、同じ屋根の下で暮らしていたご両親が気づかない間に……そんなことが有り得るのかしら?」
「さて、どうなんだろうな。
有り得ると思いますか、大将? これまで得た情報に、この状況……アンタならどう推理します?」
何だかわくわくなさっているような声音で、レインさんは問いかけます。
クロさんが、レインさんのよく仰る「手札」をひとつひとつ確かめていくような……そんな沈黙がありました。
やがて、とても重々しく。クロさんは、あたし達の前に再び、答えを呈示してくださいました。
「……『願い』。この模擬結界を魔法という言葉以外で表すとしたら、『願い』だ。
純粋な『願い』を、こんな出鱈目な形で実現させる程の魔力量、脈絡のない覚醒……。
恐らく、この壁の向こう側にいるのは、突然失踪したご令嬢で……メメリカさんは、『転生者』だ」
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