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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
58.陽の昇る方から友愛を込めて
しおりを挟む【ティア】
「親愛なるティアちゃんへ。
生まれて初めて、お友達にお手紙を書きます。
病気だった頃、わたしが文字を書くのは、お母さまやお父さま、お医者さまとお話するためだった。だから、すぐ反応が返ってきたの。遠くにいるティアちゃんが、どんな顔で読んでくれて、どんなことを思うのかなって想像しながら書いたのは、初めて。どきどき。
便箋と封筒は、お母さまと雑貨屋さんに行って見つけた、雪の模様の描かれた可愛らしいものを選びました。季節外れだけど、わたしらしいかなって思ったから。
ええと、何を書こう。
そうだ。温泉、楽しかったね。
わたし、自分があんなに暑さや熱いものが苦手だなんて知らなかった。もしかすると、紗雪とひとつになったからなのかな?
フィーユ様とティアちゃんとわたし、3人で大浴場に行ったとき、温度の高いお湯には浸かれなくて、ちょっと寂しかった。でも、温度の低いお湯やお水のお風呂は、とっても気持ちがよかった。いくつもお風呂があるのって良いね。
フィーユ様のお胸、素敵だった。とっても大きくて、少しだけ触らせてもらったら、柔らかいのに張りがあって。
大きすぎるのも大変なのよって、フィーユ様は恥ずかしそうに笑っていたけれど……やっぱり、羨ましいよね。わたしのお胸も、いつかはもうちょっと膨らむかな。今はぺったんこで、さすった手のひらがすっと落ちるだけだけれど。
洗い場で、背中の洗いっこができて嬉しかった。ティアちゃんの、ぴょこっとしたお耳とおんなじ色をした、もふっとした尻尾、可愛かったな。フィーユ様も同意してくれたけど、普段は外に出してないのがもったいないと思う。
お風呂から上がったあとの牛乳もとっても美味しかった。わたしが飲み終わるまでの間、たくさんみんなのこと、カルカのこと、聞かせてくれてありがとう。
クロ様もレイン様も、良い人なんだって伝わったよ。私のお勉強がもう少し進んだら、お父さまとお母さまも一緒にカルカへ訪ねたい。生まれて初めてのお友達はティアちゃんがよかったように、生まれて初めての旅行先は、あなたの大好きなカルカがいいの。
お勉強と言えば……レイン様が言っていた通り、マーマネラ先生はとっても優しいの。
まだ声でお話するのが苦手だって言ったら、慣れるまでは筆談でも構わないって。上手くできたら凄く褒めてくれるし、わたしのお家のキッチンで焼いた、可愛くて美味しい焼き菓子をくれる。上手くできなかったら、水色の瞳を優しく細めて、どうすればもっと上手くできるかしらねって、一緒に考えてくれるの。
生徒がわたし1人だから、誰かと比べられることもない。でもね、わたしには目標があるの。マーマネラ先生と同じ『白氷』の称号を得る。どんな傷でも癒せるようなすごい魔導士になって、カルカギルドに入る。
わたしと同じように、ティアちゃん達も前へ進んでいく。その背中を、わたしを応援してくれる人達と一緒に追いかけるから……追いつくことが叶ったときには、わたしも、ティアちゃんの仲間に加えてもらえたら嬉しい。
それまでに、わたしの故郷のことも、たくさん知っておかなきゃ。たくさんの人が暮らしているから、みんなが良い人ってわけじゃないと思う。でも……ティアちゃん達のお見送りのときに駆けつけた人達は、みんな朗らかに笑っていて。大勢の人が周りにいるのは初めてで、とても緊張していたのに、何だか少し胸が温かかったの。
あのとき、わたし、街の人達とお揃いの朱色のローブを着ていたでしょ? 病気が治ったお祝いにって、町長さんがくれたんだ。ティアちゃん達にもプレゼントしたって言ってたから、みんなお揃いだね。
天馬の馬車が走り出す前に、お日様の下で打ち上げられた花火……夜に見るものより色褪せて見えるらしいけれど、わたしはとても綺麗だと思った。クロ様がお返事として咲かせた『紅炎』の花も、とても綺麗で、とてもまぶしかった。
やっぱり、クロ様には負けられない。
今回のお手紙はここまで。お仕事で忙しいと思うけれど、お返事、楽しみにしていてもいい?
わたしはもう、明日を恐れない。
未来のために、今日を……お父さまとお母さまの笑顔がたくさん見られるようになった、今を。精一杯に、生きるから。
いつもあなたと、あなたの愛する人々の平穏を願う。
メメリカ・アーレンリーフより」
大家さんに渡してもらったメメリカちゃんからのお手紙を読んだら……ううっ、お別れのときの寂しさと、お手紙をくれた嬉しさの両方で、また涙が溢れそうに!
駄目、駄目ですっ! 涙で大切なお手紙を濡らすわけにはいきません!
あたしは大急ぎでお手紙を元通りに折り畳んで、破かないよう丁寧に封を切った封筒の中に、皺がつかないよう丁寧に戻しました。何とかぽろっと最初の涙が落ちるのに間に合って……それからちょっとの間だけ、泣いちゃいました。
あたし、本当に泣き虫だなあ……。
泣き虫のままじゃ、駄目なのに……。
涙を拭いたあとで、ポケットにしまっていたライセンスを取り出してみます。
あまり他の方には見せたくない、ぎこちない表情の顔写真の下。金色の文字で書かれた職級は「地魔導士・五級」になりました。
昇級のお知らせをいただいたとき、あたしは椅子から転げ落ちそうになるほどびっくりしました。オウゼでのお仕事ぶりが評価されたそうなのですが……全然活躍していないのにと恐縮してばかりです。
「紅炎魔導士・零級」という、職級の天辺であるクロさんの職級は、当然変わりませんでした。でも、あたしより活躍されたフィーユちゃんもレインさんも、昇級していないそうで……ほ、本当にどうしてなんでしょうか!?
でも、オウゼでお仕事をした4人の中で、あたしは一番下の職級です。つまり、あたしが昇級すれば、挑戦できるお仕事の幅が広くなるので……皆さんに近づけている気はあまりしないのですが、きっと、おめでたいこと……ですよね?
本当に本当に恐れ多いのですが、今日はフィーユちゃんが主催者さんとなって「ティアちゃん昇級おめでとうパーティー」を開催してくれるそうなのです。これから会場としてお借りする、レインさんのお部屋へと向かいます。
あたしは、故郷から持ってきた私服に着替えました。ササナという植物で染めた深緑色のショートパンツには、その……フィーユちゃんとメメリカちゃんのお2人が、声を揃えて「出した方が良い!」と言ってくれた、尻尾のための穴があいています。
髪が跳ねちゃっていないか、お洋服に変なところがないか、鏡の前で念入りに確認して。
オウゼでのお仕事の報酬としてたくさんいただいたお金は、夢のためにぜんぶ貯金したかったのですが、お出かけ用の鞄さんは新調することにしました。
その鞄さんに、お財布とハンカチと絆創膏と、それから……お母さんが調合してくれた茶葉が入っているかも、念入りに確認して。
手にはちゃんと鍵があります、焦らなくても大丈夫。窓からたっぷり入り込んでくる日差しの暖かさを感じながら、ゆっくりと玄関へと向かいました。
振り返ると戸棚の上で、お母さんが作ってくれた、うさぎのぬいぐるみさん……リマさんが円らな瞳であたしを見つめています。
いつものように、ぺこりと一礼。
メメリカちゃんがお手紙をくれて、これから大好きな皆さんに会える。そう思うと、表情がふにゃっと緩んじゃって。
遠くにいる、お父さんとお母さんにも届きますように。あたしはいつもより少しだけ大きな声で、
「いってきます!」
……でも、その日。
どれだけ待っても、クロさんが姿を見せることはありませんでした。
そして、その異変。『紅炎魔導士・零級』の失踪が……フィーユちゃんとレインさん、そしてあたしを、次の依頼へと導くことになるのです。
依頼主さんの、お名前は……
【第3章 明日を願う『白氷』の絶唱・完】
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