転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱

57.いつか、わたしが

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 メメリカさんと話すことが叶ったのは、オウゼに帰還した翌々日の午後だった。

 回復が早い。そう思った。

 2週間以上に渡って模擬結果を維持し続け、更には俺達と激しい攻防を繰り広げた。それにもかかわらず、メメリカさんはわざわざ自分の足で宿を訪れてくた。

 昨日お見舞いに訪れたティアの話では、彼女は既にベッドの上で上体を起こしており、問題なく会話もできたという。魔糸循環も平常そのもの……俺を遥かに凌ぐ回復速度だ。

 大きく変わったことが、ひとつ。

 床に引きずるほどの長さだった白髪を、胸元に毛先が垂れる程度まで短く切っていた。

 ゆったりとしたシルエットの薄桃色のワンピースに、昨日買ってもらったという焦茶のローファーを履いている。

 メメリカさんの両親と、付添のコーラル隊長を宿のロビーに残し、俺達5人はフィーユとティアが泊まっている部屋に移動した。

 調度品の配置は若干異なるものの、俺とレインが借りている部屋と造りに大差はなかった。しかし、たった数日過ごしただけなのに、華やかな香りで満ちている。女性ってつくづく不思議な存在だ。

「レイン様、ごめんなさい。
 傷つけて、しまって」

 椅子に腰掛ける前に、メメリカさんはレインにぺこりと頭を下げた。

「クロ様、フィーユ様も、ごめんなさい。
 『紅』を、追い出したかったけど、わたし、攻撃のこと、知らなかった」

 俺とフィーユにも頭を下げた。レインが代表して、いつものキザな台詞付きで顔を上げるよう願うと、メメリカさんはおずおずとそれに従った。そして、

「助けてくれて、ありがとう」

 パーティの全員に、ぎこちなく微笑して言った。

「じゃ、私から自己紹介するわね」

 メメリカさんが椅子に腰を落ち着けたあとで、てきぱきと全員分のお茶を淹れ、コップを配ってから、フィーユが顔の横で挙手した。

「私はフィーユ・ドレスリート。ここから遥か西方、カルカっていう街にある戦闘職者協会で、依頼を受ける戦闘職と、戦闘職を支える事務職を兼ねているの。風属性の魔導士よ。メメリカちゃん、よろしくね」

「フィーユ様、まぶしい、お胸が素敵。
 よろしくお願いします」

「おおっと、メメリカちゃんはとびきり可愛い上に見る目があるなあ! あ、オレの名はレイン・ミジャーレ、弓矢を使って戦う狙撃手さ。傷つけあった過去は母なるエゲンが海へと流してくれる……只今からは謝罪を抜きにして、親睦を深められたら光栄だな」

「レイン様、ありがとう、本当にごめんなさい、あと、少しだけ変。
 よろしくお願いします」

 メメリカさんの黒く無垢な瞳が俺を見つめる。ぐっ、俺の順番が来たようだ……!

「あの……な、名前はクロニア・アルテドットと申します、職級は紅炎魔導士の零級で、その……あなたと同じ『転生者』です、よろしくお願いします、さゆ……」

 一気に言い切り、目の前の少女の名前で結ぼうとした、筈なのだが。

 この子はメメリカ・アーレンリーフさんで間違いない。何故、紗雪……星見紗雪という、明らかにこの世界のものではない名前が浮かんだのだろう?

 メメリカさんがテーブルにばんと両手をついて立ち上がり、その音にびくっとした俺の方へ身を乗り出す。

「『転生者』? クロ様、黒と名前に、ついてるけど、『紅』の人? 知ってるの、紗雪を?」

「えっ、あ、う……!? は、はい、恐らくは『紅』の人で合っていて、それから紗雪という名前は、たった今ふっと思い浮かんだ、だけなんですが……」

「紗雪は、わたしに、命を、継いでくれた子。『転生者』、だから? でも、わたしは、あなたに、命を継いだ人の、名前が、わからない」

 ううっ、自分以外の『転生者』と話をするのは初めてで、何が起こっているのかわからない……!

 答えられなくて申し訳ないという気持ちに従って、

「……ごめん、なさい」

 俺は謝り俯いて、お茶の水面がゆらゆらしているのを見つめることしかできず。当然周りもフォローのしようがなく、レインは溜息を吐いているくらいだ。

 メメリカさんはやがてゆっくりと座り、

「ティアちゃん。この人は、美人。ちょっと、美人すぎる。毎日見てたら、目がつぶれる。だから、ティアちゃんは、渡せない」

「ええぇぇっ!? お、お綺麗な方を毎日見てたら、目がつぶれちゃうんですかぁぁあ!? ど、どうすれば……さ、寂しいですけど、2日に1回とかに減らした方が……って、あれ? 渡せないって……えっ? えっ!?」

 自分の容姿が原因で、仲間を失う危機に瀕することになろうとは、夢にも思わなかった。




「……そう。明日、帰って、しまうの」

 メメリカさんは『転生者』となるまで、明日を諦めて生きてきたという。それゆえか、まだ幼い少女とは思えないほど表情に変化が少なく、つい先日出るようになったという声にも抑揚があまりない。

 だが、そう言って俯いた彼女は、明らかにしょんぼりとしていた。うう、胸にちくりと一本の針が刺さったような感覚が……。

 ティアも、別れを想像して早くも涙ぐんでいる。

「ふええ、せっかくお友達になれたのに、寂しいです……で、でも、ティア達はお仕事に戻らなきゃですし……メメリカちゃんも、魔法のお勉強でお忙しくなるでしょうし……」

 オウゼの一件は人災だった。メメリカさんは、意図してではなくともオウゼに混乱を齎してしまった。王国軍の派遣を行わせ、観光業を停滞させた。

 その損害は、本来なら彼女の両親が補償しなければならないもの。「ある人物」が手を差し伸べなければ、名家とは言えアーレンリーフ家はその邸宅を手放さなければならないところだった。

 その「ある人物」とは、王国軍の総大将であるラーヴェル卿。レインのお父さんだ。

 『転生者』であるメメリカさんに、ラーヴェル家が派遣した師の元で魔法教育を受けさせること……その他いくつかの条件を呑むことと引き換えに、アーレンリーフ家が払わなければならなかった損害賠償を肩代わりすると、ラーヴェル卿は提案した。

 メメリカさんのご両親は、差し出された手を取った。取らざるを得なかった。『転生者』メメリカ・アーレンリーフを狙う全ての者、そして彼女自身の強大な魔力から、最愛の娘を護るためにも。

「魔法の、お勉強……不安」

 ますますしょんぼりとするメメリカさん。テーブルに片肘をついたレインが、雷の色をした瞳を優しく細めた。

「気持ちはわかるよ、ご両親やお医者様以外の人物と会話するのも負担だろうに、いきなり教師を迎えて勉強しろ……だなんて、不安にならない方がどうかしてる。

 だが、オレが保証するよ。君の教師になる『白氷』ユシュフル様は、マイペースだがお優しい方だ。それに子供が大好きだし……いや、メメリカちゃんを子供扱いしてるわけじゃないぜ? あの方にとっては、自分より一歳でも若ければ子供らしいから」

 『白氷』マーマネラ・ユシュフル。

 元はケラス教会に所属する一修道女だったが、類稀なる氷属性魔法の才によって『白氷』の称号を与えられて以降は、王都における魔法教育の水準を高めるため尽力された、偉大なる才媛。同時に慈愛の女性でもあるとレインから聞いた。

「先生……」

 教師という存在に何か複雑な思いがあるのだろうか。下唇をちょっぴり突き出していたメメリカさんだったが、号泣寸前のティアを見ると、うんと手を伸ばして、栗色のふんわりしたボブカットをよしよしと撫でた。

「わたし、頑張れるように、なったから、頑張る。いつか、わたしが……ティアちゃんを、助けられるように」

「メメリカちゃん……うわぁぁあん、優しいです、優しすぎますぅぅうう! あたし、メメリカちゃんにいっぱいお手紙書きますから……読むのも書くのもまだまだ下手ですけど、それでも書きますからあぁ……」

「わたしも、いっぱい書く。
 クロ様には、負けない」

 な、何だか、物凄く睨まれている!?

 怖がられているというよりは、対抗心を感じるというか……ど、どうして嫌われてしまったんだろうか!?

 たじろぐ俺の隣で、フィーユが軽く握り込んだ左手を口元に当ててふふっと笑い、

「可愛いライバルができたわね、クロ?

 あっ、そうだ! ふっふーん、良いこと思いついちゃった! ティアちゃん、折角だし、メメリカちゃんと思い出作らない? 男子禁制、女子だけで!」

 ティアとメメリカさんに向かって、フィーユがウインクした。大体の男性が一撃で仕留められ、その場で崩れ落ちる、彼女の必殺技だ。

 男子禁制?

 あ、なるほど。そういえばティアが。
 ならば、俺は「任務」を果たそう。

 俺はすっと立ち上がり、

「お茶、ご馳走さま。レイン、母さんにお土産を買いたいんだ。女性が喜ぶものがわからないから、少しの間付き合ってくれ」

「くそッ! こんなのってアリか!? 女神様よお願いだ、今だけで構わないからオレを女性にしてくれッ!」

 天を仰ぎ、その顔を両手で覆って叫ぶレイン。どうにか立ち退かせるべく、俺は彼の後ろ襟をひたすらにぐいぐいと引っ張り続けた。
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