転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第4章 悠久を渡る「黒虚」の暇つぶし

78.未だ全能に至らず

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「フィーユちゃんとティアちゃんにも、アンタの帰還を伝えねえとな……
 通信機の接続状態はどうなってます?」

 ベルの言葉にはっとした。
 そうだ、2人にも早く伝えなければ!

 振り返り、卓上に置かれた通信機を確認した。魔石の灯りが点っていない……指名直後に起こった異変のせいもあって、ベルは通信を切れていない。フィーユかティアが終了させたんだろうか?

「切れているみたいだ。連絡を待っているかも知れないから、もう一度通信を試みる」

 間近で見ていたから扱い方はわかる。ボタンを押して、灯る色の変化を待つだけ。ひとつの機能しか持たない分、異世界で使用していたスマートフォンよりも簡単だ!

「ああ、それで……いや待った!!」

「っ!? す、すまない、もうボタンを押してしまった……! ぐっ、身体が鈍っているせいで反応速度も遅く……あれ?」

 赤く灯る筈なのに、点かない?

「エネルギー切れ、だろうか? 確かにボタンを押し込んだ手応えがあったのに、呼出さえ始まらないなんて……」

 ベルは片手で額を押さえて深く項垂れ、長く息を吐いた。

「……壊れたんですよ」

「え、……ええっ!? ど、どうして……!」

「どうして? アンタが触ったからですよ。今のアンタは超高濃度の純粋魔力結晶みたいなもんです、内側に抑え込めてることが奇跡だと思える程のね。安価な魔導具に下手に接触すれば、どんなに外側が頑丈だろうと、回路の方が焼き切れちまう……そう、言おうとしたんですけど」

 弁償、という単語が脳内を埋め尽くした。

「……ベル、さん。
 教えて欲しいのですが、その……これは一体、幾らくらいする代物、なのですか……」

「安価だって言ったじゃないですか。アンタが粉砕した試験用の魔導人形よりはずっと安い、オウゼでの依頼報酬に余裕で収まる金額です。弁償する為に上級任務を必死になってこなす必要はありません」

 試験用の魔導人形? 入会試験のときの、かな。
 だがあれは、逆に破壊しなければならないものだったような?

 ……とにかく。

「壊してしまったのは申し訳ないけれど、安価なら、きっちり弁償できそうだ。それに……」

 俺は玄関へと向かって一歩踏み出した、
 つもりだった。

 それが、どうしてか周囲の景色が一変した。目の前には扉が立ち塞がっている。慌てて、いつもの感覚で周囲の魔糸を読もうとした、のだが……

「……~~っ、何だ、これは……っ!」

 現時点での処理能力を、遥かに上回る量の情報の奔流。頭を押さえて後方へよろめく。
 どうやら……どうやら、自分の周辺だけの魔糸を視る筈が、カルカの街を丸ごと範囲としてしまったようだ。

 範囲を絞れ、小さく、小さく……!

「アンタ、何やって……突然また瞬間移動したと思ったら、扉の前でフラフラして……ん?」

 背後からベルの声。

 壁に手をつきながら、安堵の息を吐いた。ここはベルの部屋であり、その玄関扉の前だ。
 そしてベルも、来客の気配に気づいたらしい。

「迎えに行っていいですよ、オレはここにいるんで。鍵は開けたままにしておきますから」

「……ありがとう、行ってくる」

 情報に溺れた痛みの余韻を、深呼吸することで取り除き、俺は自らの足で外へ出た。

 フィーユ、ティア、レイン……3人が、互いを信じる為にそれぞれの魔法を使った庭へ。

 魔糸の痕跡は残っていない。灯りにと、炎の球を傍らにひとつ浮かべて、もう一度深呼吸。夏の夜の空気を身体に満たす。

 すぐに、2人の少女が駆け込んできた。
 1人はピンクブロンドを靡かせ、1人は兎の耳をピンと立てて。

「クロっ!」「クロさぁん……っ!」

「フィーユ、ティア……わ、」

 疾風のような速度を緩めることなく、俺の胸に飛び込んできた幼馴染。

 前方へ転倒しそうになりながらも何とかブレーキに成功し、あわあわしながら、俺の背中に大地のように優しく寄り添ったティア。

 挟まれた。退路がない。
 いい。受け止めるつもりだったから。

 ただ……小さな2つの身体を、通信機を破壊してしまった魔力で傷つけてしまわないように、制さなくては。

「馬鹿ぁっ! クロのばか、ばか、ばか……ほんとに、ほんとに、心配したんだから……!
 何も酷いこと、されてないわよね!? されてたなら、私、『黒虚』を許さないから! ううん……されてなくても、絶対絶対、許してなんかやらないんだから……!」

「フィーユ……『黒虚』は俺の手で魔法を封じて、少なくとも魔導士としては無害にした。だから、もう大丈夫だ。
 ごめん。『紅炎』なのに、囚われてしまって」

「『紅炎』とか『零級』とか関係ないわよ! きみだから、駄目なの……きみは世界で1人だけの、私の、幼馴染なんだから……っ、
 うぅ~っ、もう、ばかあ~っ!」

「……ありがとう」

 泣かせてしまった……。

「う、ううぅ、うぅっ、ぐすっ……クロさん、良かったあ……! あたしっ、仲間の皆さんのこと、信じてたのに……どんなに信じても、ほんのちょっとだけ、も、もう、お会いできないかもって……! 
 あたし達、クロさんが、ピンチなときには、絶対にお助けしますから……何度でも、何度でも、お助けしますからぁ……だ、だから……」

「ティア、」

「もう、ひとりで、どこにも……ずっと、ずっと、あたしの、傍に……う、うぅ、うわああぁぁあああん!」

「ありがとう、『黒虚』の仕掛けた謎に立ち向かってくれて。本当に本当に、すまない……」

 ……泣かせて、しまった……。

 2人とも微かに震えている。仲間を失わずに済んだことに安堵しながら、「次」があるかも知れないと怯えている、のかな。

 俺のことを……これまでのクロニア・アルテドットのことを大切に思ってくれているのが伝わってくる、痛い程に。

 だから。涙が止まったら……

「すみませ~ん、この近くに住んでる者なんですけど~」

 びくりとして声の主を確認すると、ベルが傍らに立っていた。明らかに、心の底からは笑っていない笑顔を浮かべて。

「ははは、野暮な真似はしないでおこうと思ってたんだけどな~。まだ夜明け前なんで、とりあえずうちに入ってもらっていいですか?」

 俺達が俺達の日常を送っているように、カルカに住む一人一人に、各々の生活がある。「誰かの誕生日は誰かの命日」なんて言うつもりはないが、近隣住民の安眠を妨げてはいけない。

 俺達は3人とも、その意見に賛同した。






「……ねえ、クロ? きみの身体からする、甘い香り……『黒虚』がきみの意識を阻害する為に使った、薬の香りなのよね?」

 ベルの部屋の扉を閉め、内側から鍵をかけた俺に、傍らに残っていたフィーユが囁いた。

「うん、……あっ、匂いがきついだろうか? 囚われていた結界内にずっと漂っていた香りだから、嗅覚が慣れてしまったようで。会話に支障があるようなら着替えを……ただ、服が……」

「着替える必要はないわ、でも」

 目元を赤くしたまま、ぐいと顔を近づけて、

「本当に、何も酷いこと、されなかったの?」

 え、ええと……。
 俺は視線を俯け、右へと流す。

 何もされなかったわけではない。「召使」達の「お世話」は、間違いなく不快ではあった。

 けれど酷いことだったかと聞かれると、わからなくなる。『黒虚』が、京や仲間達に強いたことの方が、よほど酷いことだと思う。

 それに。気が強く幼馴染思いな彼女に、もしも「酷いことをされた」と答えたら……世界の裏側であろうとも、『黒虚』を探しに行くのではないだろうか……?

「……、……、されて、いない……!」

 俺は逃げるように、廊下を先に進んだ。

 全知全能には、程遠い。幼馴染が俺の言葉をどう受け止めてくれたかどうかさえ、わからないのだから。
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