私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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黒豹伝説

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 クラブ花純のナンバーワンと言われるホステス、雫。自分がまだ高校生で渋谷あたりで遊んでいた頃、街で噂を聞いたことがある。

 黒豹くろひょうと言われた男。その黒豹と呼ばれる男に抱かれたいと女達が、その男の姿を求めて六本木やら麻布などを歩き回っているという話だった。彼の首元には小さな蜘蛛のような入れ墨がしてあるらしい。それが彼の目印なのだが、その射抜くような目線と風格で、それを見なくても彼だと分かるらしかった。そして、その入れ墨を見た女はみんなその男の虜になったという。

 その男はまだ10代だという噂があったが、見た目が年齢不詳であり、醸し出す雰囲気が凶暴なので、誰も彼の本当の年齢を聞いた者がいなかった。彼の女と自称するものは絶えず現れ、そして、それは10代から30代の女までと幅広く、誰もが自分が一番の彼女と言っていた。でも、どれもがガセネタだと言われていた。なぜなら、その男がどの女ともつるんで歩いているところを誰も見たことがなかったのだ。ほとんどの女が、彼に囁かれただけで腰を抜かしたという噂だ。誰かが、あの黒豹はヤバい組織の一員らしいとか、どっかの機関のスパイだという噂をしていた。男達は色男が気にくわないというだけの理由で、喧嘩を吹っかけたと聞いた。でも、そいつらは知らない間に街から消えていた。そのうち、この黒豹にちょっかいを出す輩は消えた。もう10年ぐらい前の話だ。そして、その黒豹は突然姿を消した。

 マフィアにやられたとか、海外のムショに送られたとかいろいろな噂が飛び立ったが、だれもその真相を知らなかった。

***

 雫は今、自分の目の前の男を観察した。クラブ花純の店内。目の前にその伝説をにわかに想像させるような、黒髪がしたたる色男が現れた。蓮司会長の補佐、テイ改め、真田と言われる男は、美代と蓮司が去ってからいきなりその眼光の色を変えた。先ほどまで同じ男かと勘違いしそうなくらいだ。

 彼が襟元のネクタイを緩めた。ボタンを上から外していく。

 「ふぅーーーーーっ」

 ネクタイを緩める仕草がセクシーだ。

 雫はこのクラブのナンバーワンだけあって、男の見る目は他のホステスよりあると思っている。先ほどの蓮司会長ぐらいに財界の大物だと、ある程度の情報が入っているので、自分で何かしらの覚悟を持って接することができた。でも、この今、雪の隣に鎮座している補佐の真田……何者なのだ?

 そして、この黒髪が滴る男のシャツの間から見え隠れする小さな蜘蛛のような入れ墨が垣間見れた。

 自分の目を疑う。脳裏にあの伝説の男を思い出す。

ーーまさか……この男!!

 疑問と懐疑が入り混じる。

 さきほどから、この男、雪と話し合っている。しかも、最初は雪のペースで進んでいたはずなのに、どうやら雪がこの男に入れあげ始めている様子だった。雪は男の趣味が悪い。と言うか、運が悪いと言ってもいい。いままでかなり悪い男たちに熱をあげられていて、この銀座にたどり着けただけでかなりラッキーな女だ。噂では、前の男はかなりヤバイ系の男だと聞いていた。花純ママからも何回か注意を受けるのを目撃したことがある。そして、さっきまで真面目と思っていた真田という男・・・男としての見た目もいけるし、服装やら言葉遣いなど悪いところはない。雪にとってはお客としても、こんなに好条件な男はいないだろう。条件はすべて良いのだが、何かが腑に落ちない。

 「雪。やっぱりいい名前だね。あなたを雪解けのように溶かしたしたら、さぞ……美味しそう……だね」
 「………」

 歯が浮くような台詞なのに、なぜかこの男の風貌に似合っていた。しかも、その様子から雪は完全にこの男にやられ始めているようだ。彼女がもう女子高生のように興奮しているのが手を取るようにわかる。すると、真田が体を雪に近づけながら、なにか耳もとで囁いている。

 もうすでに雪の顔を頬をピンクに染めて、真田の視線をまともに受けられないほどに、うぶな状態へとなっている。

ーーこれも彼女の手口なの? 雪ってこんなホステスだったけ?

 もうこれは私の出る幕ではないと雫は感じた。ちょっと面倒を最後までみると言った蓮司会長には引け目を感じるが、他の顧客がきたと黒服に言われたので、真田に断りをして席を立った。この男には正直、自分の監視はいらないほど、場慣れしているのだ。

 「真田様。申し訳ありませんが、わたしちょっと席を外させていただきます」

 真田は雫に微笑んだ。

ーーやっぱり、違う男だ。さっきまではこんなフェロモン出していなかった!!
ちょっと残していく雪に対して不安になるが、雫はそこを立ち去った……。

 まさかよね。本当にあの黒豹があらわれるってこと……ないよね……。

***

 「ただいま帰りました」

 深夜2時を過ぎた大原家の邸宅に黒塗りのハイヤーで戻る男がいた。
主人はもう寝ているはずだが、ドア越しに一応、声をかける。

 「……ああ、真田か……入ってくれ……」
 「失礼いたします……」

 今まで銀座にいたとは到底思えないぐらい、真田は元の真田に戻っていた。七三分けもいつも通りだ。

 「こちら……ご所望の品かと思います」

 真田は自分のポケットからハンカチを出し、その中から一つのアクセサリーを出した。

 「……流石だな。頼んで正解だったな……」
 「ありがとうございます……」
 「……まさか泥棒してないよな……」
 「滅相もございません……」
 「あまり聞きたくないが……アレと…」
 「蓮司様……もちろん、男女の関係にはなっておりません」
 「よくやった。もう寝ろ。遅い……」
 「蓮司様……美代様は無事にお帰りなりましたか?」
 「ああ、あの古いアパートにきちんと戻したぞ」
 「……その、美代様は無事に」
 「無事に戻したぞ。大丈夫だ」
 「………」
 じっと真田が蓮司を凝視する。
 「抱きしめた……ちょっとだけだ」

 バツが悪そうに蓮司が答える。

 「……本当でしょうか?」
 「あ、キスしようと思ったら、噛みつかれた……」
 「か、噛みつかれた??」
 「ああ、なぜか俺がペットが欲しいという話になってだな、ペットならキスぐらい、いいだろうと思って、近づいたら、噛まれた……」
 「ふふふふっ。いい感じですね……安心しました」
 「真田。悪いな。でも、ようやくお前の言っている意味を理解してきた」
 「蓮司様……」
 「まあ、もっともやる気を出したお前には負けるかもな」
 「そんなことは滅相にもございません」
 「だが、そんな気を出させたら、どうなるかもお前自身わかっているしな」
 「蓮司様……決してそんなことはありませんので、どうぞ今日はもうゆっくりお休みください」


 長い大原家の廊下をカツカツと音を立てながら、自分の部屋に帰る。
 ふうーーーーっ。

 ひさしぶりに疲れた。あのような女性達の巣窟に入るのは本当に疲れる。
 首元の蜘蛛のようなアザを触る。

 あの雪っていう女。簡単に堕ちたが、裏にはもっとありそうだと真田は頭をかく。
 そして浴室に入り、シャワーのノブに手を掛けた。湯けむりとともに熱いお湯が鍛えられた真田の体を温めた。銀座の女たちが落とした香水の匂いをその温水で洗い流した。

***

 真田さんが帰った後のクラブ花純。

 「どうしたの? みんな???」

 ホステス雪を含む数名の女たちが店を閉めたのにもかかわらず、そのソファーから動けないでいる。
 「う、動けないんです……ママ」
 「はぁ?? どういうことなの?? あんた達……」
 ヘルプの女の子の一人が答えた。
 「み、みんなあの真田さんと呼ばれる方に付いていたんですけど……その……みんな腰がぬけちゃったんです」
 「ええ? なにか触られたりしたの??」
 「えええ!!そんだったら、嬉しすぎます!!」
 数名の女たちが嬉し悲鳴を上げている。
 「はあ? どうなっちゃんたのかね。わたしの自慢の娘達は……雪!!お前はさすがに大丈夫だろうね……」
そんなお触りバー的な行為、この格式高いクラブ花純では許されていない。
 「……ママ!! わたし、どうしたら真田さんに気に入ってもらえるのでしょうか? もう一度お店に来て欲しいです!!」

 クラブ花純のママはあんぐりと口を開けた。

ーーナンテこったい。あの真田って男。大した男だ。こんな数時間でうちの選りすぐりの女達をすべて惚れさせてしまったようだ。みんな腰を抜かすほどにあの男にやられたのかとはにわかに信じがたい。一応、黒服達に声をかける。

 (お前、見張っていただろう。なにか薬でも入れられたんじゃないだろうね)
 (いえ、なにも不審な点はありませんでした。ただ……)
 (ただ、何だい?こんな事態、今までなかったじゃないか?)
 (ただ、まじカッコよかったんです。)
 (はあ? お前もかい?)
 (すいません。何かわかんないですが、仕草なのか態度なのか、いきなりなんというか態度が変わってですね、男でもマジ惚れてしまうぐらいのワイルドさというか、飲みっぷりとそのなんというか、その態度が………)

 「はーー、お前はもう下がっていい!!」

 ちょっとこれは真田って男は入店禁止にするしかないのかね。こんなうちの子たちを短時間の間にメロメロにしてしまうのは……さすがあの大原の鬼の右腕じゃないか、恐ろしいね、こんな男に毎週でもクラブに来られては店がつぶれてしまうじゃないか……。

 その後、一通の品のよい手紙が大原蓮司に届けられた。それには、この前の来店についてお礼を丁寧に述べながら、申し訳ないが、会長の補佐の真田について、店がつぶれてしまうので来店をしばらくの間お断りしたいというものだった。どうしても、来られる際は個室を用意するので前々に連絡が欲しいというものだった。

 その手紙を読んで蓮司がふっと微笑んだ。

 「まあ、これで美代の心配はなくなったな。真田。お前はあの店、入店お断りだそうだぞ」
 「はあーー、申し訳ありません。ちょっとやりすぎたかもしれません」
 「まあ、お前のことだ。二度と行きたくないから、ちょっと全力でやったのだろうな」
 「蓮司様……まったくその通りです」
 「いい。あの女の背後はまた別の道で調べる。上出来だ」


 その手紙を目の前の燃えている暖炉の中に入れた。

真田はちょっと思った。

ーー本当はわたしが出なくても、蓮司会長が微笑んだら、それこそ、ものの数分で終わったでしょうにね……。

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