私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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真田家の家訓

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ーーつらいだと? それって? どういう感情なんだ!?

 蓮司が心の中で叫んでいる。
 男達の視線が美代に集中する。

ーーいま、美代が俺のそばにいるのがつらいって言ったんだ。それってもしや、好きの裏返しか?

 真田が、これは何かとてもプライベートな事になるような気配を察して、目線だけで松田と伊勢崎を下がらせる。
 松田も伊勢崎も残した美代が気になるが、真田と蓮司という最強コンビには到底かなわない。ここは彼らに任して退出をする。

 「美代。どうしてだ。なぜ、俺の補佐ではつらいんだ。教えてくれ」

 蓮司が美代に近づき、後ろからそっと優しく抱きしめた。最初は、びくっと身体を強張らせた美代だが、蓮司の体温を感じるとゆっくり緊張を解いていく。

 「だって……」

 蓮司が美代の耳元で囁く。

 「美代。俺はお前が必要なんだ。配置替えなんて、ありえない」
 「でも……」
 「なぜ、つらいんだ? 仕事がつらいのか、それとも、俺と一緒だからか?」

 美代の頬がアルコールのせいか、それとも蓮司の熱情がせいか、少し赤みを帯びている。
 真田は、目の前の男女のあり様を部屋の隅から感嘆しながら眺めていた。
 もしかして、今、目の前で、悲願が達成されるのか?そうなれば、邪魔するようなヤボはしたくない。今までの短い間だったが、蓮司の想いが届いたのか?

 それにしても、美代様って改めてすごい人だと感じる。蓮司に耳元で囁かれているのに、腰でさえ、抜かしていない! 頬の赤みなぞ、アルコールを飲んだことを考えれば、蓮司の女タラシの効果は全く見られない。自分は、蓮司の横で勝手に失神する女性やら、失禁をしてしまう女性まで色々知っているのだ。その蓮司が、あられもなく口説いている。でも、全くこの美代という女性に伝わっているのかどうかわからなかった。今まで、口説くっという事をして来なかった彼のマジのアプローチは、直接的であるのかそれとも間接的なのかわからないほど、もどかしい。

 蓮司は、自分の身体の何かが女性に対して、ある種の恍惚的な効果があると実感し、かなり前から女を口説く事を彼の人生の中で放棄していた。目を合わせただけで、向こうが勝手に運命の相手と勘違いして、恋に落ちていくのだ。しかも、蓮司には嫌いな女のタイプが引き起こす問題もある。

 真田は、ふと思う。私の特殊な能力なんて、本来ならこの人の横では赤子のようなものだ。蓮司会長の生まれもっているあの性的フェロモンとあの見たくれ、落とせない女が存在する事でさえ、俄かに信じがたい事だった。

 美代を発見した時、まあ蓮司からの頼みで始めた調査だが、こんな女性がいる事に感動した。
 毎回、忘れ物お届け物係として活躍しながら、普通に疑問や改善点を上げていく。当たり前の反応が、真田にとっては声を大にして喜びたかった。美代の大量のティッシュの箱での嫌味も、かなり真田や蓮司の笑いのツボを刺激した。

 今まで蓮司をこのように笑わせてくれたり、こんな、はにかむ表情をさせた女性などいただろうか?

 肩書きや見てくれ、お金に惑わされない女性。本人は無邪気に「違いますよ。完全にお金興味あります」っていうんだ。あの方は。

 違うんです。美代様。貴方は、私達が探していたの女性なんです。

 真田が、自分が蓮司の専属になった時、自分の父から言われた助言を思い出す。

 「お前の仕事の中で、最初の難関は、蓮司殿の伴侶選びだろう。蓮司様が伴侶を選ばれる際、もちろん、我々が表向きには口を出すべきことは何もない。表向きはだ。でも、真田家の使命として、今までの全ての真田の侍従は、マスターの伴侶探しに手を貸している事はここで伝えておく。残念ながら、蓮司様の母上の事を愛し過ぎていた先代は、その後、過ちを犯した。もし、私があの時、もっとどうにか出来ていたらと後悔の日は、まだ続いている」
 「そんな、父上は入院していたではないですか?」
 「そうだ、だから無念だ。お前は同じ後悔をするな」
 「でも、父上、何を基準にすれば、いいんですか?愛ですか?家柄ですか?見た目ももちろんですが!」

 真田の父が真剣な眼差しで子供を見つめた。

 「簡単だが、難しい……強い女性だ。精神的に強くて普通の女性だ」
 「は?意味がわかりません」
 「ふ、お前はまだ若いな」
 「人間、究極に何を求める? 人生に?」
 「え、それは男だったら、仕事に成功して、稼いで、幸せな家庭を築くことではないですか?」
 「そうだ。そして、みんなこう言うんだ。普通の幸せが欲しいと……」

 「普通の幸せ? 」

 「よく肝に命じろ。大原という魔物を扱う仕事だ。総裁とは……そんな職につくものは心が次第に病むかもしれない。そんな時、普通な感覚なんて吹っ飛んでしまう。人の人生を左右するような神がかったポジションだ。時には自分が悪魔のように感じるかもしれない。そんな中、普通な感覚を持つ普通な女性がどれだけ彼を癒すか想像出来るか?しかもどれだけ会えるチャンスがあるんだ? そういう女性に?我々の主人たちは、セレブ中のセレブだ。しかも、そう普通と思っていた女性も権力、財力、そして、蓮司様のような美形を目の前にして、変わらないと思えるか?残念だが、ほとんどが変わる。事実だ。そんななかで、唯一を探すんだ。たとえ、会長の前でも、自分を失わず、悪いことを悪いと言える女性、普通の感覚を持つ女性だ。これは思っているより、かなり難問だぞ」

 父上が、もう一度、私の目を見る。

 「普通だ。これ以上でもこれ以下でもダメだ。かなり難問だぞ」
 「普通……ですか」


***


 再びまた目の前の男女を見つめる。
 普通に意思の疎通が出来ていない男女じゃないか。本来ならもどかしい関係だ。

 いいじゃないか。蓮司さえ暴走しなければ、悪くない始まりだ。

 美代が言葉を口にする。

 「今の仕事がつらいだなんて言ったら、自分で自分を引っ叩きますよ」
 「じゃー、美代。なんだ?」

 蓮司がまた優しく美代の髪を撫でる。彼は蕩けそうな表情をしていた。

 「蓮司会長との顔合わせがつらいんです」
 「え、でも、俺のことは、嫌いではないんだよな」
 「そうですよ。嫌いになれないですよ」

 蓮司が優しくその大きな手で美代のサラサラとした黒髪をすくう仕草をする。美代は気がつかないが、その髪の毛に甘いキスを落としていた。

 「なぜだ? なぜあの別館の部屋や、俺が他の女に絡まれるのが見るのが、お前を苦しめるんだ。美代。教えてくれ。お願いだ」
 「お、怒りませんか?」
 「何故俺が怒る? 喜ぶかもしれないぞ」
 「そんなこと、ありえないですよ。あ、でも、解雇するかも」
 「なぜ、そんな悲観的なんだ」
 「だって、やっぱり、無理なんですぅ……」
 「あの、蓮司会長、言いにくいですが……」
 「なんだ?」
 「リスのペットは諦めてください!」
 「え?」
 「ええ??」

 部屋を出て行こうとしていた真田までが振り向いた。もう事態が良好に向かっていると思ったのに、まさかのカウンターパンチだ。

 「美代。お前はなんだ?」

 蓮司の顔が引きつりながら、美代を見つめる。眼の中で何がが蠢いている。

 「え?」
 「リスなのか?」
 「はぁー、会長。意味わかりません!」
 「教えろ。お前がリスなのか?」
 「お前がリスなら、諦められない。無理だ」
 「な、なに言っているんですか?」
 「わたしは、前から言っているじゃないですか? リスじゃないですよ」
 「そ、そうか。安心した」 

 蓮司も真田もすっかり忘れていた。重要な事を……。

 美代さんは酔っ払いでした。

 「んもー、やっぱり会長って変人」
 「あれ、やっぱりモルモットにしますか?」
 「んー、猫もいいかも。ライフスタイルにぴったり?」

 美代は酒がどう効いてきたのか、突然、るんるんと歌い始めている。

 「美代、さっきの質問だが」
 「はー、なにか私、言いましたか? るんるん!」
 「つらいって、言ったぞ。俺のそばは」
 「る、んー、そうだね。いい加減、忘れ物やめろ!この変態王子!」
 「さっきの態度と随分違うな」

 蓮司がぎゅーっと美代を抱きしめた。腕の中で美代が、もがいている。しかも、変態触るなーっとか、この忘れん坊大魔王、成敗だっとか、モルモットを飼えっとか、訳のわからない事を言ってわめいている。

 しかし、それを苦笑しながら、見続ける蓮司の目つきは温かくなっていた。

 「真田。そんな心配な顔をするな。大丈夫だ。わかっている。酔っ払いに色恋聞いてもな。ただ……欲しかった言葉が聞けるのではないかとな、ちょっと期待してしまってな。情け無い。取り乱した」
 「れ、蓮司様」
 「うーー、離せ、エロ魔神。不潔だ」
 「おい、これはやっぱりあの女友達の影響か?悪態のボキャブラリーが増えているぞ」
 「はー、そうですね。でも、なんだか蓮司会長は嬉しそうですよ」
 「わかるか? す、すまん。ちょっとだけ美代の気持ちが垣間見れた気分だ。勘違いかもしれんが、嫌われてないことは確かだ。あー、ダメだ。顔がにやけてしまう!」

 真田は、ニヤケている美男子の蓮司をとても可愛く思った。

ーーまるで、初恋の中学生のようではないか?

 が、この後、蓮司がとった行動を見て、その感動やら言葉を全て撤回しようと思った真田だった。


  
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