私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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デートの巻 伍

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 「蓮司会長。お、お久しぶりです。今日はご来場ありがとうございます。いかがでしたでしょうか?」 

 今回の主役の有紗が緊張ぎみに声をかける。しかし、蓮司が口を開けた相手は、違う人だった。

 「ああ、どうだったかが気になるか? じゃー、美代はどう思う?」

 何故だか身を屈みながら、美代の顔を覗き込む。マチ子、有紗、それと、もう一人の男優がじっと美代を見つめた。

ーーえ? 私の意見? ど素人ですよ。な、なんなの? この人達!やめてほしいです。注目は、苦手だっていうのに!

 それでも期待をしてくる視線が止まらないので、思った感想を述べる。

 「本当に素晴しかったです! 感動しました!」  

 美代のその言葉は、なぜかマチ子と有紗を安心させているようだった。その間、蓮司は満足そうに美代を眺めていた。
 マチ子はふーっと言いながら、大きく息を吐いた。

 「はー、相変わらずの無愛想ぶりね、会長様は! ああでも、念願の美代ちゃんに見てもらってよかった。感想も無事に聞けたし、今日はビールが美味しいかも!」

 マチ子がズンズンと美代と近く。耳元で突然囁いた。

 「美代ちゃん、この堅物会長がいきなりね。貴方の為に、ショウを作りたいって言ってきたのよ!」
 「えーー?」

 にこーっとしたマチ子が、その厚化粧の上のまつ毛が、バサバサと音をたてそうなくらいに顔を近づけた。

 「おい、マチ子先生? 何を言っているのかな?」  

 目を細めた蓮司が口を挟む。

 「あや、やだわ、蓮司会長。こんなオカマにも嫉妬? それなら、マチ子は蓮司会長に、罵られたいわ! 言ってお願い!こいつって!!」

 悪ふざけしているのか真面目なのだか全くわからない二人だ。でも、案外仲がよいことは確かだ。

 「はー、それ以上俺にも美代にも近づくな。美代。このマチ子先生はな、こんな感じだが、舞台をまかせれば一流なんだ」

 ちょっと偏屈な褒め方だが、それでもマチ子には十分な賛辞だったらしい。

 「き、聞いた? なんか蓮司会長デレてる? わぁー、今日はなんだか貴重なシーンばかり見れて、マチ子の創作意欲、また燃えちゃうわ! でもね、ちょっとは言わせてもらうわ!この天才舞台監督、マチ子以外ではここまでの完成度と芸術性、エンターテイメント性は上げられなかったはずだわ。天才よ、、私は。(私は!あの会長さんのノロけを聞かされた挙句、この短時間でこれを作らされたんですから。私の想像力!まじすごいわ) 」

 自分の世界に完全に浸っているマチ子に美代も参加してしまう。

 「そうですよねー。素晴らしいです。よかったですよ!」

 美代もおねー系舞台監督マチ子に深く同意する。

 「有紗さんも素敵でした。いつも有紗さんは、ミュージカルでも絶対素晴らしいかなと思っていたんですけど、それが現実になって、夢が叶いました。またファンになりました。これからも頑張ってください!」

 美代に急に褒められて、有紗は動揺する。

ーーそんな、ミュージカルをこんなに褒められるなんて。実は、このような舞台は、自分も小さいころから夢だったのとは言えない。

 「あ、ありがとう。何故か貴方に言われると、とても不思議な感じだけど嬉しいわ。なんだか、貴方を騙しているような気がするけど、貴方が喜んでいるから、なにも言及しないわ。楽しんでもらってよかったわ!」

 有紗は、ちょっと恥ずかしいのか、困った顔をしていた。実は、有紗は事務所を移籍してから今日まで、マネージャーに盡く言われいた。

 『よく、うちに入れましたね。奇跡ですよ。奇跡。よほど蓮司会長に気に入られたんですかね』

 新しいマネージャーは、あまり詳しい事情を知らなかったが、蓮司会長が有紗と恋愛報道で多少揉めたことだけは知っていたので驚いていた。蓮司会長はそれだけ雲の上の人だったし、敵に対しては特に冷徹だと知られていたからだ。

 『もしかして、蓮司会長、なんだかんだ言って、私の事が気になるの?』とか思い、ちょっと舞い上がってしまったが、すぐにそれが勘違いだと思い知らされる。
 
 マネージャーが、ある日、あの秘書の矢崎と言う男と現れる。

 『有紗さん。貴方の芸能生命は本来ならすでに終わっていたはずなんです。これから、貴方の元会社の社長や幹部は刑事的責任を負うでしょう。貴方もそれと共に闇に入るはずでした。だが、一人の女性によって命拾いをしましたよ。これは、私の勘ですがね』

 そのあと、矢崎から提示された条件に驚く。なぜなら、破格すぎるいい待遇だ。まず、前回のスキャンダルを払拭するために、最近人気の俳優との偽スキャンダルに合意してもらうこと。食事だけの写真でいいので全く問題ない。そして、このミュージカルの主演をお願いされる。

 『これは、会長自らの立ち上げたプロジェクトです。貴方の使命は、会長を満足させるのではありません。会長が大切にしているある方が貴方の大ファンなのです。ですから、そのような貴方のファンの為だけに演技に励んでください』
と言われたのだ。

 あと一言付け加えられた。

 『蓮司会長と再びどうのこうのと、考えないように。かなりの命とりになりますよ』
 矢崎はそう言い残した。


 そして、今朝、マチ子監督が声を震わせながら話してきた。どうやら、新人の潤くんには、プレッシャーになるからと言わないらしい。

 『来るわよ。今日。蓮司会長のミューズが! 頑張ってね。有紗、正念場よ』
 『は、はい。でも、もしかして、その女性は、私のファン?って方ですか?』

 自画自賛の女だと言われてもいい。謎を解きたかった。

 『よくわかったわね。この舞台、彼女が貴方のファンだから、決まったのよ。絶対。だから、有紗、いつものままで大丈夫よ。やり切りなさい!』

 目の前の、目をキラキラ輝かせながら、私を魅入る背の低い女の子を見返す。

ーーああ、彼女。よく覚えている。あの空気の読めたい地味女ね。でも、この美代って子、私の夢、当てるぐらいだもん、見る目あるわよね。

 ふふふっと、思い出し笑いをしていると、美代が話し掛ける。

 「なにを言及するんですか? 有紗さんの生歌が聞けて最高に幸せでした。ありがとうございました」

 ようやく、ここまでずっと黙っていた高身長のイケメン若手俳優が口をやっと開ける。

 「あのー、今日はありがとうございました。王子役だった水谷潤です。まだ新人ですが、よろしくお願いします」

 会長の前で緊張したのか、潤の声がうわずっていた。蓮司が頷いたのだが、口火を切ったのは美代だった。

 「あー、最高にカッコよかったです。超イケメンさんですね」

 美代の発言は波紋を広げた。

 「いや、そんなことないですよ。美代さんの方が……うっ……」

 何かを言おうとした潤を何かマチ子がガシっと潤の肩を掴んで制する。

 「美代さん、ダーメよ。会長の前で違う男、褒めちゃ! しかも潤はいまこれから活躍する予定の新人さんなの。その俳優さんの俳優人生終わりにされちゃうわよ。だから、演技だけ褒めて上げてね」

 そして、何か潤さんの耳元でマチ子さんが囁いていた。潤さんの目が見開かれた。

 「?」

 美代は自分の顔にハテナマークをついているような顔で、マチ子を見た。すると、マチ子が自分の目線で、かなり憮然とした表情の蓮司に視線がいくように促された。

ーーおー、なんかやっぱり機嫌が悪そう?

 「おい、もう終わりだ。俺たちはもうここで引き上げる。あと、興行的もかなり良いらしいし、美代も気に言ったので、まあ追加公演は決定だな」

 急に周りがわーっと歓声が上がる。大道具さんや役者たちが騒ぎだした。

ーーえ? みんな仕事するフリして、聞いていたの?そうなの?

 「ただし。潤くんはどうするかな?」

 何故か顎に手を当てて、蓮司が考えている。

 「美代。もう一回聞きたい。潤くんはどう思う? 好きなタイプなのか?」

ーーえ、何これ?どんな告白タイム?

 蓮司会長が真正面に立って聞いてくる。

 あれ? 蓮司会長の背中の後ろで真っ青になって涙目の潤さんが見える。マチ子さんがその長身を生かして、大バツ印を両手で作り、口ぱくで、「ダメーー」といい続けている。
 有紗も顔をブンブンと横に真剣に振っている。

 「さっき、潤のこと、超イケメンって言ったよな? 好きなのか?ああいう感じが?」

 今度は、マチ子さんが潤さんの顔を必死に引っ張って変顔をさせていた。

 ダメだって、イケメンの豚鼻とか禁止でしょ。

 な、何それ!?

 連想ゲーム? バツゲームなの?

 笑いをこらえる。

 あ、そうか! はい、わかりました。わたしが今みんなをお救いします。

 自分の課せられた役割、土屋美代、了承いたしました。

 期待されると伸びる子なんです。わたし!

 蓮司の何か深妙な顔が近づいてきた。

 「いや、いえいえ、潤さんは、イケメン俳優さんですが!(この時、みんなの顔は一瞬恐怖のどん底になる)でも、全くの流行りのタイプではありません。正反対のデブデブのブサメンがいまは流行なんですよ」

 どうだ! 決まっだろ! と、思ってみんなを見ると、蓮司を含めた4人が微妙な顔をしている。

 な、なによ。なにかまずかった?

 「……流行りなんかどうでもいい。美代、おまえのタイプか?」
 「え?」

 何故か後ろの三人が身体を震わせながら、手を重ねて祈っているではないか。

 どうやら解答が違ったらしい。 

 えー、ちがうの? 何、何?

 その時、マチ子がなにか動いた。いきなり、潤にキスをした。思わずツッコミたくなって!叫んだ!

 「あー、ち、違うでしょ!!!」

 そしたら、ちょっと酸欠みたいに口を開け、死んだ金魚のような潤さんの横には、笑顔のマチ子と有紗が喜んで手を叩いている。

 「そっか。よかった。好みじゃないんだな。安心した」

 ニコニコ顔の蓮司が、ギュッと美代の手を握りなおした。

 あー、まだ握っていたね。私達!

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