私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

文字の大きさ
96 / 200

亀女と白石先生とカーテンの関係

しおりを挟む
 「あのこれって偽装結婚ですか?」

 キョロっした美代の目が白石を覗く。一目惚れとか言わない白石先生の率直な意見は、正直納得できる。いきなり、愛してるなどとほざいてくる野郎より信頼性があるような気がした。

 「うーむ。そう言われちゃっても仕方ないけど、偽装じゃないな。僕は待つけど、きちんと美代と夫婦になりたいよ」

 夫婦になりたいといった白石の顔を真顔で美代は見つめる。彼の優しげな瞳は真剣だった。思わず、飲みかけていたお茶をこぼしそうになった。

 「てめぇー、何を!」
 話を黙って聞いていた七瀬が立ち上がった。
 「七瀬くん、ちょっと待って。みんな知らないから説明するけど、私、白石先生には命を助けてもらったと思っているの。先生が私を必要なら、それを前向きに考えてみる……」
 「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、無理はさせたくないし……」
 「美代!ちょっと何を言っているの?真面目に考えてよ!」

 歩美までこの突然の成り行きに混乱していた。そんな歩美の肩に軽く手を置き、宥めるような仕草を美代はした。

 「白石先生。私、結婚しても大学は続けます。いいでしょうか?」

 白石の目尻が優しくもっと下がった。

 「そうだね。あれだけ頑張ったんだ。わかるよ。それは夫としてサポートする。でも、別居は嫌だな。一緒に暮らして欲しいと思っている」
 「え、あ、同居ですか……まあ夫婦が別居とは、まあ変かもしれませんね」
 「美代、何を真剣に話し合っているの! まだ考えるって言ったじゃん!」
 「じゃー、その一緒のところから通うことになりますね」
 「でも、ただ一点、お願いがある」
 「なんですか?」
 「仕事は辞めて欲しい……」
 「え?」
 「君は、あの会長の補佐的なことをやっていると聞いたよ。君は会長のお気に入りだからね。しかもあちらには君を取り込もうとする魂胆がある。夫としては、それはちょっと嬉しくない。学費や生活費は僕が面倒みるから、それは辞めて学業に専念できるよ」

 隣でギャーギャーっと騒ぐ友人をほって置いて、美代は自分の世界に入っていく。


****


 白石先生は自分が全てを無くしたとき、真っ暗な部屋のカーテンを開けてくれた人だった。
 路上生活。公園のトイレで着替えをし、先生にも友達にも嘘をついていた。しばらく学校も行けなくなる。
 あのチンピラに襲われ、白石先生と出会う。
 救援ボランティアの人の家に一時的に引き取られた。白石先生は自分が預かりたいとも言ってくれたけど、先生の生活まで狂わせたくなかった。そこまでお世話になるのは流石に悪いとおもった。
 与えられた部屋は、何もない自分にとっては全く贅沢な代物だった。六畳一間で窓があり、遮光性あるカーテンが掛かっていた。
 最初は食べ物にガブつき、お風呂に入って身支度を整える。見た目も気持ちもさっぱりとし、次の日の事を考えられるようになっていた。だが、それも一週間ぐらいしか保たなかった。

 なぜなら、急に人に会うのが苦痛になったからだ。

 カーテンを締め切り、その微睡みの中で意識が浮遊する。もちろんそうなれば、学校にも行けなくなる。だれも頼れる身内がいなかったため、後見人になった白石先生に学校から連絡がいく。ボランティアの人も心配していたと思う。
 布団の中に包まっていた。誰かがドアをたたく。返事はしない。だって今、自分は暗闇にいるから、だれも私の声は聞こえない。誰かが、もう一度なんか言っている。なんだろう。いないのに……私はいないんだから……。

 鍵を掛けてあったはずなのに、ドアが開く音がした。怖くなって頭からすっぽりと布団の中に隠れた。

 なにも聞こえない。

 誰? 

 私に何か言っているの?

 いないので、私は。

 いないの……存在しない。

 その価値さえない

 夢の中は安心。お父さんもお母さんもいるし……。

 「……み、……みよ、……美代ちゃん」

 急に布団が重くなる。息苦しくなる。誰かがわたしを呼び続ける。まるで海の底にいるのに、うえから誰かが呼んでいるような気がした。布団の中の息苦しさから、体の条件反射的にガバッと布団から顔だけ出した。後ろから誰か自分を包み込んだ。

 「大丈夫。美代ちゃん、君はいるよ。存在する」
 「……せんせい?」

 酸素が体の中に回りだす。

 「ああ、僕だよ。白石だ。みんな心配しているよ。学校の友達も、先生も、僕も、ボランティアのひとも……みんなだよ」
 「わたし……」
 「ここまで頑張った自分を褒めなさい。学校が終わったら、いくらでも布団に包まっていい。でも、それが難しいなら、朝必ず、カーテンを開けるんだ。約束してくれないか?」

 先生の言葉をただリピートした。

 「開けるだけ?」

 彼がそういいながら立ち上がり、そっとカーテンを少しだけ開けた。日光が眩しくて唸ってしまう。

 「そうだ、開けるんだ。開けて、その可愛らしい瞳に朝を知らせるんだ」

 あまりに臭いというか、わざとらしい文言なので、ブッと吹き出してしまう。

 「あ、笑ったな。まだそういう元気があるなら大丈夫だ。最悪ならここから強制的にでも連れていこうかと思ったけどね……」

 強制的という言葉が恐ろしく響き、身構える。それに気がついた白石が慌てて謝った。

 「美代ちゃん。ごめん。脅かすつもりなんてなかった。心配なんだよ。食べないし、学校にもいかない。すっかり痩せ細ってしまった」

 先ほどの臭い先生の言葉で笑ったことから、なにか自分の胸に久しぶりに熱いものが流れた。

 「白石先生。朝、カーテンから始めて……みます」

 それから、カーテンを開ける時間帯に、と言っても必ず早朝で学校の始業に間に合うギリギリの時間帯に先生は必ずやって来た。絶対鍵を掛けているはずなのに、彼は何食わぬ顔で入って来て同じことを繰り返した。

 「先生、あのここ一応、女子の部屋なんですけど……」

 シラーっと朝現れる白石先生に文句を言う。もちろん、顔だけ出した布団の中からだ。

 「ああ! 良いね。その若さを感じる睨み!それだよ、それ!!」
 「先生、臭すぎる。そんな言葉言う人、今の時代いません!」
 「あははは、良いね」

 そんな馬鹿げた言葉をいつも良いながら、カーテンを開けに来る。

 「先生、弁護士なのにカーテン開ける係っておかしいですね」

と言ったら、先生がなぜかちょっと困った顔をした。

 「美代ちゃん、大人にそんなこと言っちゃいけないよ。僕はね、ほんとうはカーテンを閉める方をしたいんだよね」
 「閉める係なんて、夜ってことですか? そんなに弁護士って暇なんですね」

 布団によって亀のような格好になっている美代は決して色気がある様子ではなかった。だが、なにかの色香を漂わせた白石が美代に近づいた。

 「目をつぶったら、閉める係の意味、教えてあげる……」
 「え、 何だろうな。きっとくだらないんでしょうね、先生のことだから」

 そんなことをも良いながら、美代は目をつぶった。

 ピンっとおでこに何かを食らう。

 「痛ーーーーーっ」
 「美代ちゃんは、やっぱりもう少し大人になりなさい!」

 人差し指でおでこを叩かれたことだけはわかった。でも、意味がわからない。

 「な、何ですか!いきなり!」
 「君はね、僕にバッジを剥奪されるように仕向ける天才だよ」

 亀姿の私が弁護士先生と戦っているのか?   
 あ、一個だけ思いつく。

 「先生が勝手に鍵のあるドアに侵入して来るんじゃないですか? 不法侵入ですよ」
 「ははは、これだよ」

 ポケットから鍵を出した。あれ? この部屋の鍵じゃん!

 返せーーだの、ダメだーーーとか二人で布団の上で鍵の争奪の取っ組み合いを始めた。いい年の男女が絡まり合う。
 ギュッと男の力で後ろから抱き締められた。が、鍵が美代に手の中にあったため、美代はウシシッと笑みが漏れた。

 「やばいな……これ」

 白石が声を漏らす。

 「ははは!ヤバイですよーーー!これで先生負けですね! あーようやくもっと寝てられるぞ!」

 ゴンっと頭のてっぺんを軽く叩いた白石が急に立ち上がる。

 「君はね~、まだ未成年だからね。危ないよ。はぁーーー。また明日も来るから!学校行けよ!」

 そういいながら、帰り際に違うポケットから似たような鍵を出した。

 「スペアキーだよ」

 「ムキャーーーーー!!」

 そんなこんなで、美代は白石先生の馬鹿な行動? から現実に向き合う元気を取り戻していったのだ。
 再び、朝日を定期的に肌で感じ始めたら、辛いのに外へ出てみようという気が出てきた。行くといったら学校しかない。最初は一緒に校門まで先生が来てくれた。それが一週間続くと、先生は、
 「もう一応、大丈夫そうだね。何かあったらいつでも連絡しなさい。美代は僕の大事な家族だよ」
と優しく言って頭をガシガシと撫でた。
 登校前の女子高生の頭ガシガシ撫でる奴なんて、普通いないんだけどなー、髪型めちゃくちゃになるじゃん! と思いながらも、先生には深くお辞儀をした。
 そうしたら、先生は朝は来なくなった。
 一度また生活リズムが普通になり出したら、バイトや補助金などいろいろなことがよく考えられるようになった。


****


 いま自分があるのは、やはり白石先生のおかげなんだ。あのヘンテコな仕事、忘れ物お届け係なんて仕事、私、辞められるのだろうか? すぐには無理なような気がした。あの上司が頷くだろうか?

 一瞬、あの甘い言葉や口付けを思い出し、体の中が熱くなる。
 彼の吐息を耳元や首筋に感じた。
 ここにその本人がいないのに……。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...