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逃げている美代さんは意外と楽しそうだった
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区役所にて。
美代が紙飛行機を投げた後のお話。
紙飛行機を拾い上げたおじいさんは、目に入ったものに驚いて『おお! これは!!』と声をあげた。
席を3、4人分程度開けたところに座っていた蓮司がその声に気がついて話しかけた。
「如何なされましたか?」
「だ、大丈夫ですよ。驚いてしまってね。いやー、こどもの遊びかと思いましたけど、内容が、ちょっとね」
距離的にそれがなんの紙だがわからない蓮司が、「そうですか」とただ相槌をうった。
お年寄りが大丈夫なら問題ない。
90歳以上に見えるお年寄りは、紙を大きく広げて、耳が遠いせいか、大きな声で話し出す。
「うーーむ、この大原美代さんって方は、誰と離縁したかったのかね~~。私にはもう妻はいないからね~~」
はっとした蓮司がそちらを振り向いた。
「え? 申し訳ありません。な、なんとおっしゃいましたか?」
取り巻きの女たちを振りほどいて立ち上がり、そのおじいさんに断りを入れてその元紙飛行機だった紙を凝視する。
まさかの離婚届。
しかも、大原美代って確かに書いてある。住所は書いていなかったが、生年月日は彼女のものだった。しかも、離縁する場所の旦那のところに、美代の字で何か書いてあった。
それを見て、蓮司は愕然とする。あたりを見回し、美代が逃げたことに気がついた。
一番近くの女子トイレに行き、出てきたばかりの女性に聞く。
「え、なかには誰もいらっしゃらないですよ」
SPたちが区役所の内部をくまなく探した。もちろん蓮司もだ。
どこにもいない。
SPの一人が黄色いつなぎらしい洋服をきたものがタクシーに乗ったと目撃情報を得る。
「美代、お前って奴は……おれを本気にさせるなよ……」
蓮司は携帯を取り出し連絡を取り始めた。
***
あの紙飛行機の後、美代は職員専用出口からうまく逃げ出していた。
そして、ノープランで逃亡した美代に運命の女神が微笑んだ。
まず、行き当たりばったりで出た出入り口が職員専用だっため、SPたちも盲点であり、見張りがいなかった。
次に、目の前でちょうどタクシーで降りてきた人がいたのだ。
無駄使いはだれよりも嫌いな美代であったが、こればかりはいま使うお金だと思った。
しかもこのタクシーの運転手さん、新人さんでした。道にあんまり慣れていなくて、一番近い駅ではなく、隣の駅に行ってしまったため、さらにSPたちの予想を超えてしまう。
そこからは順調だった。
駅で、例の黄色のつなぎを脱ぐ。着替えがバックに入っていたから助かった。
電車で乗り込んで、大学に行き休学届けを取り消した。
『こういうの困るんですよ。これからは気をつけてください』と何度もお小言をいただいたが、それは仕方がない。
ただ、あとこの休学届けの話を聞いてくる人がいるかもしれませんが、内密にお願いしますと学務課の人にお願いをする。
なにか込み入った事情があるのだと感じた職員は、ただ「わかりました。一応、秘守義務がありますから、大丈夫ですよ」といわれた。
それから、どうしようと思って考えた。
いまこのまま、蓮司会長のところに戻っても、このモヤモヤとした感情とどう向き合っていいのかわからなかった。
自分が変わっていくしかないのだ。
これは蓮司の問題ではないような気がした。
誰かに相談できないだろうか?
自分を変えてくれるような……。
今日は歩美ちゃんはなにか忙しそうだった。
七瀬くんにも相談するのも気がひける。
知らないうちに足は進み、また電車に乗り込み乗り継いで、前に蓮司と一緒に見たミュージカルの劇場の前に立っていた。
もう一度、このショウを見てみたかった。
チケットブースに聞いてみた。
開演時間があと一時間後だった。
「あの、チケット当日券ありますか?」
「申し訳ありません。完売です」
そうだよね。こんな面白いの完売だよ。
仕方がなく、喉が乾いたので、自動販売機でお茶でも買おうかと思った。
ああ、さすが都会のど真ん中。高級ホテルなどが立ち並ぶところなので、なかなか自販も見つからない。
ちょっと駅の方に戻ればあるかもしれないと思って、歩き始めた。
ところが、黒塗りのベンツ、しかも黒塗りガラスが自分の横で止まった。
驚いて横をみたら、窓ガラスが下がり、驚きの人が横にいた。
「あら、やっぱり美代ちゃん!! どうしたの? そんなに憂鬱な顔しちゃって!! もしかしてあの堅物宇宙人、蓮司会長になんかされたの? 」
あの舞台監督プラス演出家であったマチ子先生だった。ド派手メイクとサイケデリックな出で立ちで美代に微笑んだ。
マチ子さんは、どんよりとした表情と、蓮司会長っという言葉にびくっと反応した美代を見て、なにも聞かないで、
「美代さん、お入りなさい。なにか……あなたには、今、誰かが横にいる必要があると思うわ」
と言って、自分のベンツの後部座関のドアを開けた。
美代はすがるようにその車に乗り込む。
そして、そのまま、さっき美代がチケットを買えなかったショウの劇場裏口にたどり着いた。
「舞台裏、見てみない?」
「え? いいんですか?」
マチ子の特別な計らいで舞台の袖から、この前、蓮司と初デートにきた時のショウを観れることになった。
とにかく大勢の人が、あれこれを舞台裏では動いていた。まだショウの始まる前だった。
しばらくすると、舞台の幕の裏から観客たちの入場にともない、熱気が伝わってくる。
有紗も潤も健在で、美代を見てびっくりしていたが、潤などは、なぜか周囲を見渡して、『いないわよ。会長! だいじょうぶだから!』とマチ子さんに言われて初めて、『ああ、美代さん。お久しぶりです』と言って、握手をしてきた。
驚いたのが、その舞台裏の狭さだ。もっと広いのかと思ったのだけれど、都会のど真ん中の劇場のため、構造的に最小限の広さでいかに観客が楽しく舞台を見れるようにと設計されていた。大道具が多い舞台、いろいろな舞台用具がところ狭しとならんでいた。
マチ子さんが美代のためにパルプ椅子を舞台袖に用意してくれた。
「美代さんが望めば、席も用意出来るんだけど、でも、なかなか舞台袖で見るっていうのもオツでしょ?」
マチ子がやさしく微笑んだ。
舞台は始まる。あのヘンテコなおかしな物語だ。
この舞台を観ながら、蓮司の言葉を思い出す。
『これは俺がプロデュースしたんだ』
彼の甘い優しい微笑みを思い出す。
なんでこんなに卑屈になっちゃったのかな。
だ、大好きなのに。
な、涙が溢れそうだ。
急に潤演じる王子のセリフが耳に入る。
「迷っていいんだ。ただ他の男の腕の中ではだめだ!」
舞踏会で間違って違う男と踊ってしまった姫を激怒する王子。
な、なんか超聞いたことあるセリフだ。
『本当にこれを観て、なんにも感じないのか?』
この劇を見た後に蓮司に言われたことをまた思い出す。
感じる? なにを?
「ええ? ちょっと待って……」
鈍でおバカな美代もやっとこの物語の本当の意味がわかってきた。
舞台では王子が叫んでいる。
「ああ、あいつはそのままでいいんだ。おばあちゃんの価値観でも、身なりがヘンテコでも、俺は彼女と一緒にいると、生きているって感じるんだ……」
観客がそのおかしなセリフに苦笑しながらも、潤の演技とマチ子のうまい演出で引き込まれていく。
「愛してる……。己の身を切り開いて、君に俺の苦しい想いを見せられたら、わかってくれるのだろうか」
二人が濃厚なキスをする。観客のため息も聞こえてきそうだ。しかも、この話のおかしいところは、ハッピーエンドだと思っているのに、おバカな姫がなぜか状況を勘違いして、王子を振り回し、王子にとって、とほほな状態がかなり続くのだ。
ま、まさか、、これって!!
おもわず、息をのんだ。
マチ子が知らぬ間に美代の後ろに立っていた。
小声で話す。
「美代ちゃん、どう?」
「ま、マチ子さん!! これって! もしかして!!」
「……美代ちゃん、まさか、やっと今わかったの? 確かにこの前はちょっと肩透かしな感想だったから、でも感激してくれて嬉しかったけど」
もう舞台は終盤だった。内容が頭にこびりつくと共に、違うことが頭を駆け巡る。
そして、自分の疑問に対して、決定打のように、最後にマチ子が美代の耳元で囁いたのだ。
「このお芝居、ぜーんぶ、蓮司会長からあなたへのラブレターよ」
「!!!!!!」
「ら、ラブレター?」
「そうよ、片思いだった蓮司会長から、愛の告白なの……! あーー、言っちゃった! マチ子! でも、あの宇宙人の会長がメロメロで素敵よねー」
頭の中がグチャグチャだ。
えーーーん、どうしよう。
蓮司に酷いことしちゃった。
こ、こんな凄いラブレター、も、貰ったことなんてない。
舞台終了後、有紗や潤、他の人たちといろいろ話したが、全く記憶がない。
そんな美代を心配したマチ子がみんなにいう。
「わたし、もう上がるわ。舞台はまた明日。ごめん、助監督、ちょっと反省会、お願いね。ちょっと女の子には女の子の時間って必要な時があるから……」
数時間後。
夜もくれる新宿のある一角。
所謂ゲイバーで、あれ狂っている美代がいた。
「なーーにが、愛しているよ! イケメン野郎。畜生!!」
先ほどの萎れて打ち拉がれている美代ではなかった。
「そうだ! そうだ! いってやれ! 美代ちゃん!」
「え、この子自慢してんの? それとも怒ってんの? どっち?」
「わかんなーーい! でも、面白いよ!」
「あんな凄い、ラブレターに、婚姻届けなんてさ!! ひ、卑怯じゃん!!」
「え、でも美代ちゃん、レンちゃんのこと好きなんでしょ!」
「す、ずきでずーーーっ」
鼻水と涙をためながら、また美代がわめきだす。
「こらこら、また泣かさないの。いろいろ考えすぎなのよ。この子は! ほら、なんか歌いなさいよ!」
マチ子が催促して、美代にカラオケを勧める。
美代が一人で勝手に歌い始めた。
演歌っという渋いジャンルのなかで、『一人酒場で待ってます~!』とか歌っている。
みんな、あちゃーーーという顔していた。
痛すぎる。
だめだ。歌わせると悪化する。
落ち着かせて、今度はもっと話させようとマチ子が試みた。
すると、いかに美代自身が、あのエロ大魔王の彼氏に精神的にやり込められているか説明していたのだ。自分が彼に釣り合えないという卑屈さももちろん含まれていた。
もちろん、マチ子先生以外は、その蓮司こと、連ちゃんと言われる人が何者か全く知らなかった。
「えー、かずくん、そういう強引な男性好き! ああ、もう痺れちゃう!」
「あ、マチ子さん、知ってるんでしょ、彼女の彼氏? レンちゃんってかっこいいの? やっぱり?」
「……知りたい? そうね、あんた、みんな全員、悶絶死するくらい、セクシーで、かっこよくて、ああ、あのバリトンで響く声! もう本当反則よね」
「「「「なにそれ!」」」」
ゲイバーのマチ子の友が絶叫する。
「しかも、壮絶な金持ち!」
「きゃー、なにそれ!」
「ちょっと、美代ちゃん、やっぱりその、凄いの? その連ちゃんって。夜の方は?」
「ばっか、そんなこと聞いたら悪いでしょ! まだ美代ちゃんは純情なんだから!」
マチ子が友達を叱咤する。でも、正直自分も興味があるので、強くはいえない。
「えー、だって、そんなセクシーなハイスペックな彼氏なんだから、やっぱり夜の方も凄いのかなー、なんて」
みんなの注目が美代に集まる。
ごくっと生唾を飲む音がする。
「え、まあ、スッゴいキス、されちゃいます」
酔っ払いの美代がいつもは絶対言わないようなことを暴露した。
だが、もっとエロいことを聞きたがっているお姉様達は、みんなが、「それでそれで、、!」と期待を持って見つめる。
「お、終わりです」
真っ赤になった美代が下を向く。
えっと思ったお姉様一団がざわつく。小声でみんなが騒ぎ出す。
『ちょっとどういうこと?』
『その完全にSっぽい俺様彼氏が、まだ手を出してないの?』
『ま、マチ子さん、この子、まだ天使様よ』
『きゃー、わたし、泣いちゃう! ピュアよ! 愛よ!』
『その男、マジストレート? もしかして、うちら側なんじゃないの!? 妄想彼氏?』
「美代ちゃん、終わりって、それ以上は話せないってこと。それとも話すことがないってこと?」
「……うーん、ごめんなさい。違いがよくわからない」
「きゃーーーー、やばい! マチ子!! 何て子をここに連れてきたの! じゅ、純白のお、乙女よ。こんなところに連れてきて、そのS系の彼氏、最高に怒っているわよ。殺されるわよ。私たち!!!」
股間からアヒルの形をした玩具をつけているゴージャスミツコが叫んだ。
「わ、わかっているわよ。でもゲイバーぐらい安全な飲み屋はないわよ。女狙いの曲者はこないでしょ!」
「っきゃー、わたし、美代ちゃんに大人の知識教えターーイ!」
夜なのにランニング姿?でピンクの髪の毛のかずくんが悶える。
「そうね、そうね! きっと連ちゃんもかなり悶えて我慢しているのよ。だってこんなに小さくて、肌もピチピチだし、しかもノーメイクでこの可愛さ!! きゃーーーきっと彼氏だったら死んでる!!」
マチ子がどんっとガラスのコップをテーブルに置いた。
「ばかね、あんた達。この子の彼氏っていうか婚約者、ヨダレ物のイケメンなくせに、この美代ちゃんにぞっこんなんだから! へんなこと吹き込むとこの世から消されるわよ。まじかっこいいくせに、鬼のように怖いんだから!」
「「「「きゃーーー、なにそれ!! 受ける!!! 」」」」
大騒ぎのお姉様たちだ。
マチ子さんが時計を見る。
12時を回った。
そろそろこの迷子の子猫ちゃんをどうにかしないとねっと思った。
しかも、この迷い猫、絡み酒となって大変よろしくない状況だ。
絶対に蓮司に知らせないで!という美代の要望から、マチ子はハラハラしながら様子を見守る。
その時、思ってもいない人物が狭いゲイバーに入店してきた。その顔を見て、マチ子は、「ああ、ちょっと厄介なことになったわね」
と、溜息をついた。
美代が紙飛行機を投げた後のお話。
紙飛行機を拾い上げたおじいさんは、目に入ったものに驚いて『おお! これは!!』と声をあげた。
席を3、4人分程度開けたところに座っていた蓮司がその声に気がついて話しかけた。
「如何なされましたか?」
「だ、大丈夫ですよ。驚いてしまってね。いやー、こどもの遊びかと思いましたけど、内容が、ちょっとね」
距離的にそれがなんの紙だがわからない蓮司が、「そうですか」とただ相槌をうった。
お年寄りが大丈夫なら問題ない。
90歳以上に見えるお年寄りは、紙を大きく広げて、耳が遠いせいか、大きな声で話し出す。
「うーーむ、この大原美代さんって方は、誰と離縁したかったのかね~~。私にはもう妻はいないからね~~」
はっとした蓮司がそちらを振り向いた。
「え? 申し訳ありません。な、なんとおっしゃいましたか?」
取り巻きの女たちを振りほどいて立ち上がり、そのおじいさんに断りを入れてその元紙飛行機だった紙を凝視する。
まさかの離婚届。
しかも、大原美代って確かに書いてある。住所は書いていなかったが、生年月日は彼女のものだった。しかも、離縁する場所の旦那のところに、美代の字で何か書いてあった。
それを見て、蓮司は愕然とする。あたりを見回し、美代が逃げたことに気がついた。
一番近くの女子トイレに行き、出てきたばかりの女性に聞く。
「え、なかには誰もいらっしゃらないですよ」
SPたちが区役所の内部をくまなく探した。もちろん蓮司もだ。
どこにもいない。
SPの一人が黄色いつなぎらしい洋服をきたものがタクシーに乗ったと目撃情報を得る。
「美代、お前って奴は……おれを本気にさせるなよ……」
蓮司は携帯を取り出し連絡を取り始めた。
***
あの紙飛行機の後、美代は職員専用出口からうまく逃げ出していた。
そして、ノープランで逃亡した美代に運命の女神が微笑んだ。
まず、行き当たりばったりで出た出入り口が職員専用だっため、SPたちも盲点であり、見張りがいなかった。
次に、目の前でちょうどタクシーで降りてきた人がいたのだ。
無駄使いはだれよりも嫌いな美代であったが、こればかりはいま使うお金だと思った。
しかもこのタクシーの運転手さん、新人さんでした。道にあんまり慣れていなくて、一番近い駅ではなく、隣の駅に行ってしまったため、さらにSPたちの予想を超えてしまう。
そこからは順調だった。
駅で、例の黄色のつなぎを脱ぐ。着替えがバックに入っていたから助かった。
電車で乗り込んで、大学に行き休学届けを取り消した。
『こういうの困るんですよ。これからは気をつけてください』と何度もお小言をいただいたが、それは仕方がない。
ただ、あとこの休学届けの話を聞いてくる人がいるかもしれませんが、内密にお願いしますと学務課の人にお願いをする。
なにか込み入った事情があるのだと感じた職員は、ただ「わかりました。一応、秘守義務がありますから、大丈夫ですよ」といわれた。
それから、どうしようと思って考えた。
いまこのまま、蓮司会長のところに戻っても、このモヤモヤとした感情とどう向き合っていいのかわからなかった。
自分が変わっていくしかないのだ。
これは蓮司の問題ではないような気がした。
誰かに相談できないだろうか?
自分を変えてくれるような……。
今日は歩美ちゃんはなにか忙しそうだった。
七瀬くんにも相談するのも気がひける。
知らないうちに足は進み、また電車に乗り込み乗り継いで、前に蓮司と一緒に見たミュージカルの劇場の前に立っていた。
もう一度、このショウを見てみたかった。
チケットブースに聞いてみた。
開演時間があと一時間後だった。
「あの、チケット当日券ありますか?」
「申し訳ありません。完売です」
そうだよね。こんな面白いの完売だよ。
仕方がなく、喉が乾いたので、自動販売機でお茶でも買おうかと思った。
ああ、さすが都会のど真ん中。高級ホテルなどが立ち並ぶところなので、なかなか自販も見つからない。
ちょっと駅の方に戻ればあるかもしれないと思って、歩き始めた。
ところが、黒塗りのベンツ、しかも黒塗りガラスが自分の横で止まった。
驚いて横をみたら、窓ガラスが下がり、驚きの人が横にいた。
「あら、やっぱり美代ちゃん!! どうしたの? そんなに憂鬱な顔しちゃって!! もしかしてあの堅物宇宙人、蓮司会長になんかされたの? 」
あの舞台監督プラス演出家であったマチ子先生だった。ド派手メイクとサイケデリックな出で立ちで美代に微笑んだ。
マチ子さんは、どんよりとした表情と、蓮司会長っという言葉にびくっと反応した美代を見て、なにも聞かないで、
「美代さん、お入りなさい。なにか……あなたには、今、誰かが横にいる必要があると思うわ」
と言って、自分のベンツの後部座関のドアを開けた。
美代はすがるようにその車に乗り込む。
そして、そのまま、さっき美代がチケットを買えなかったショウの劇場裏口にたどり着いた。
「舞台裏、見てみない?」
「え? いいんですか?」
マチ子の特別な計らいで舞台の袖から、この前、蓮司と初デートにきた時のショウを観れることになった。
とにかく大勢の人が、あれこれを舞台裏では動いていた。まだショウの始まる前だった。
しばらくすると、舞台の幕の裏から観客たちの入場にともない、熱気が伝わってくる。
有紗も潤も健在で、美代を見てびっくりしていたが、潤などは、なぜか周囲を見渡して、『いないわよ。会長! だいじょうぶだから!』とマチ子さんに言われて初めて、『ああ、美代さん。お久しぶりです』と言って、握手をしてきた。
驚いたのが、その舞台裏の狭さだ。もっと広いのかと思ったのだけれど、都会のど真ん中の劇場のため、構造的に最小限の広さでいかに観客が楽しく舞台を見れるようにと設計されていた。大道具が多い舞台、いろいろな舞台用具がところ狭しとならんでいた。
マチ子さんが美代のためにパルプ椅子を舞台袖に用意してくれた。
「美代さんが望めば、席も用意出来るんだけど、でも、なかなか舞台袖で見るっていうのもオツでしょ?」
マチ子がやさしく微笑んだ。
舞台は始まる。あのヘンテコなおかしな物語だ。
この舞台を観ながら、蓮司の言葉を思い出す。
『これは俺がプロデュースしたんだ』
彼の甘い優しい微笑みを思い出す。
なんでこんなに卑屈になっちゃったのかな。
だ、大好きなのに。
な、涙が溢れそうだ。
急に潤演じる王子のセリフが耳に入る。
「迷っていいんだ。ただ他の男の腕の中ではだめだ!」
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な、なんか超聞いたことあるセリフだ。
『本当にこれを観て、なんにも感じないのか?』
この劇を見た後に蓮司に言われたことをまた思い出す。
感じる? なにを?
「ええ? ちょっと待って……」
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舞台では王子が叫んでいる。
「ああ、あいつはそのままでいいんだ。おばあちゃんの価値観でも、身なりがヘンテコでも、俺は彼女と一緒にいると、生きているって感じるんだ……」
観客がそのおかしなセリフに苦笑しながらも、潤の演技とマチ子のうまい演出で引き込まれていく。
「愛してる……。己の身を切り開いて、君に俺の苦しい想いを見せられたら、わかってくれるのだろうか」
二人が濃厚なキスをする。観客のため息も聞こえてきそうだ。しかも、この話のおかしいところは、ハッピーエンドだと思っているのに、おバカな姫がなぜか状況を勘違いして、王子を振り回し、王子にとって、とほほな状態がかなり続くのだ。
ま、まさか、、これって!!
おもわず、息をのんだ。
マチ子が知らぬ間に美代の後ろに立っていた。
小声で話す。
「美代ちゃん、どう?」
「ま、マチ子さん!! これって! もしかして!!」
「……美代ちゃん、まさか、やっと今わかったの? 確かにこの前はちょっと肩透かしな感想だったから、でも感激してくれて嬉しかったけど」
もう舞台は終盤だった。内容が頭にこびりつくと共に、違うことが頭を駆け巡る。
そして、自分の疑問に対して、決定打のように、最後にマチ子が美代の耳元で囁いたのだ。
「このお芝居、ぜーんぶ、蓮司会長からあなたへのラブレターよ」
「!!!!!!」
「ら、ラブレター?」
「そうよ、片思いだった蓮司会長から、愛の告白なの……! あーー、言っちゃった! マチ子! でも、あの宇宙人の会長がメロメロで素敵よねー」
頭の中がグチャグチャだ。
えーーーん、どうしよう。
蓮司に酷いことしちゃった。
こ、こんな凄いラブレター、も、貰ったことなんてない。
舞台終了後、有紗や潤、他の人たちといろいろ話したが、全く記憶がない。
そんな美代を心配したマチ子がみんなにいう。
「わたし、もう上がるわ。舞台はまた明日。ごめん、助監督、ちょっと反省会、お願いね。ちょっと女の子には女の子の時間って必要な時があるから……」
数時間後。
夜もくれる新宿のある一角。
所謂ゲイバーで、あれ狂っている美代がいた。
「なーーにが、愛しているよ! イケメン野郎。畜生!!」
先ほどの萎れて打ち拉がれている美代ではなかった。
「そうだ! そうだ! いってやれ! 美代ちゃん!」
「え、この子自慢してんの? それとも怒ってんの? どっち?」
「わかんなーーい! でも、面白いよ!」
「あんな凄い、ラブレターに、婚姻届けなんてさ!! ひ、卑怯じゃん!!」
「え、でも美代ちゃん、レンちゃんのこと好きなんでしょ!」
「す、ずきでずーーーっ」
鼻水と涙をためながら、また美代がわめきだす。
「こらこら、また泣かさないの。いろいろ考えすぎなのよ。この子は! ほら、なんか歌いなさいよ!」
マチ子が催促して、美代にカラオケを勧める。
美代が一人で勝手に歌い始めた。
演歌っという渋いジャンルのなかで、『一人酒場で待ってます~!』とか歌っている。
みんな、あちゃーーーという顔していた。
痛すぎる。
だめだ。歌わせると悪化する。
落ち着かせて、今度はもっと話させようとマチ子が試みた。
すると、いかに美代自身が、あのエロ大魔王の彼氏に精神的にやり込められているか説明していたのだ。自分が彼に釣り合えないという卑屈さももちろん含まれていた。
もちろん、マチ子先生以外は、その蓮司こと、連ちゃんと言われる人が何者か全く知らなかった。
「えー、かずくん、そういう強引な男性好き! ああ、もう痺れちゃう!」
「あ、マチ子さん、知ってるんでしょ、彼女の彼氏? レンちゃんってかっこいいの? やっぱり?」
「……知りたい? そうね、あんた、みんな全員、悶絶死するくらい、セクシーで、かっこよくて、ああ、あのバリトンで響く声! もう本当反則よね」
「「「「なにそれ!」」」」
ゲイバーのマチ子の友が絶叫する。
「しかも、壮絶な金持ち!」
「きゃー、なにそれ!」
「ちょっと、美代ちゃん、やっぱりその、凄いの? その連ちゃんって。夜の方は?」
「ばっか、そんなこと聞いたら悪いでしょ! まだ美代ちゃんは純情なんだから!」
マチ子が友達を叱咤する。でも、正直自分も興味があるので、強くはいえない。
「えー、だって、そんなセクシーなハイスペックな彼氏なんだから、やっぱり夜の方も凄いのかなー、なんて」
みんなの注目が美代に集まる。
ごくっと生唾を飲む音がする。
「え、まあ、スッゴいキス、されちゃいます」
酔っ払いの美代がいつもは絶対言わないようなことを暴露した。
だが、もっとエロいことを聞きたがっているお姉様達は、みんなが、「それでそれで、、!」と期待を持って見つめる。
「お、終わりです」
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えっと思ったお姉様一団がざわつく。小声でみんなが騒ぎ出す。
『ちょっとどういうこと?』
『その完全にSっぽい俺様彼氏が、まだ手を出してないの?』
『ま、マチ子さん、この子、まだ天使様よ』
『きゃー、わたし、泣いちゃう! ピュアよ! 愛よ!』
『その男、マジストレート? もしかして、うちら側なんじゃないの!? 妄想彼氏?』
「美代ちゃん、終わりって、それ以上は話せないってこと。それとも話すことがないってこと?」
「……うーん、ごめんなさい。違いがよくわからない」
「きゃーーーー、やばい! マチ子!! 何て子をここに連れてきたの! じゅ、純白のお、乙女よ。こんなところに連れてきて、そのS系の彼氏、最高に怒っているわよ。殺されるわよ。私たち!!!」
股間からアヒルの形をした玩具をつけているゴージャスミツコが叫んだ。
「わ、わかっているわよ。でもゲイバーぐらい安全な飲み屋はないわよ。女狙いの曲者はこないでしょ!」
「っきゃー、わたし、美代ちゃんに大人の知識教えターーイ!」
夜なのにランニング姿?でピンクの髪の毛のかずくんが悶える。
「そうね、そうね! きっと連ちゃんもかなり悶えて我慢しているのよ。だってこんなに小さくて、肌もピチピチだし、しかもノーメイクでこの可愛さ!! きゃーーーきっと彼氏だったら死んでる!!」
マチ子がどんっとガラスのコップをテーブルに置いた。
「ばかね、あんた達。この子の彼氏っていうか婚約者、ヨダレ物のイケメンなくせに、この美代ちゃんにぞっこんなんだから! へんなこと吹き込むとこの世から消されるわよ。まじかっこいいくせに、鬼のように怖いんだから!」
「「「「きゃーーー、なにそれ!! 受ける!!! 」」」」
大騒ぎのお姉様たちだ。
マチ子さんが時計を見る。
12時を回った。
そろそろこの迷子の子猫ちゃんをどうにかしないとねっと思った。
しかも、この迷い猫、絡み酒となって大変よろしくない状況だ。
絶対に蓮司に知らせないで!という美代の要望から、マチ子はハラハラしながら様子を見守る。
その時、思ってもいない人物が狭いゲイバーに入店してきた。その顔を見て、マチ子は、「ああ、ちょっと厄介なことになったわね」
と、溜息をついた。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
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